第16話 三人の始まり

「この人、人殺しです。ぽっけの中に、ブリェミャーの杖があります」


 先ほどまでパパと呼んでいた相手を指差し、少女ははっきりと、宣言した。目を大きく開き、口角だけをにっとあげた、毒のような笑顔で。



 少女が肩口でそろえられた桃髪をかきあげると、そこには、あるべきはずの右耳が、なかった。



 傷口から流れ出す真っ赤な血液が、虚空に吸い込まれていく。


 ざわっと、周囲の空気が変わる。


「私は殺しなんてしていない。それに、ブリェミャーの杖って、あの、伝説の杖のことだろう?そんなものが、ここにあるはずない」


 ――ブリェミャーの杖は、時を司る杖だ。その杖で振るった魔法は永遠のものとなり、その杖でつけた傷はいかなる魔法を持ってしても、癒えることがない。


 肘から手首ほどの長さで、杖としては短め。折れた枝をそのまま杖にしたような形状で、杖の根本には翠の宝石が埋め込まれている。


 何より特徴的なのは、杖の中ほどから、線のように細い枝が絡んでできた、振り子が吊り下がっていること。先端にくるみのような重しがついている。


 とうもろこしの言う通り、普通なら子どもの戯言だと笑ってしまうような、ここにあるはずのない代物。


 しかしちょうど、手を突っ込んでいるポケットに収まりそうではある。


「ルジ――っ!」


「フーッ!」


 思うところはあるが、トーリスの声で、ムーテの言葉が嘘ではないと。リアの威嚇で、そこに本物の杖があるのだと、確信する。


 大活躍だった黒髪の子ども――レイノンもすでに、俺の後ろに戻ってきている。人質にされる心配はない。


「さて、どうしたものか」


 見たところ、相手はかなり強そうだ。とうもろこしのヒゲのわりに。


「――はは、ムーテ。あんまり大人をからうんじゃない。ほら、戻っておいで?今なら、怒ったりしないから」


 周囲の空気を敵に回すまいと、男は冷静に、諭すように、笑いかける。


「私、とーりすと結婚するから。無理」


「弟をあげると言った覚えはないよ」


 ――ムーテは幼いのに、ずっと笑顔のままで、何を考えているのか、よく分からない。レイノンはひとまず置いておいて。


 男も、二度は隙を見せない。動く前にと、一瞬で距離を詰めようとするが、


「はぁ。よく分からないが、和平を捨てるってことか」


 ポケットから、杖を取り出し、差し向ける方が早い。――その形状が、あまりにも、ブリェミャーの杖を体現していて、野次馬たちのほとんどが逃げ去っていく。


「母親がどうなってもいいんだな」


「うーん、それは困るなあ。だから、助けて。顔のいい人」


 こんなときでも、ムーテは笑顔だ。――しかし、顔のいい人と言われては、俺が助けるしかないな。


「リア、いけるか」


「ラー!」


 男に真正面から走り向かう俺の腕に、リアが飛び込んでくる。


 リアは灰色のネコから、吹き戻しのように膨らみ、一八三センチの、艷やかな箜篌へと姿を変える。


「ハープ……?」


「ごめんね、リア。許さなくていいから」


 その男の呆けた顔面めがけて、リアを、思い切り、振り降ろした――。

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