第15話 赤のない国
――すんなり入国したはいいが、やはり、ねっとりとした監視の目が、居心地悪い。目の見えないトーリスは、レイノンと手を繋いで歩いていた。
何か怪しい動きをすれば、一瞬で捕らえられるのは目に見えている。
ヘントセレナ国民の中でも過激派にいたっては、見えていないなら眼球を取り出したって構わないだろう、と言い出してもおかしくはない。
過去にそうして紛れ込んだ魔族がいれば、目の色だけでも確認するかもしれない。そうなれば逃げるしかない。
とはいえ、かろうじて、俺の右目が青なので、左目を瞑ってさえいれば、人間にしか見えない。勝手に俺の子どもだと思ってくれれば、まず二人も人間であると考えるはずだ。
人間が魔族に協力したことは、これまでに一度もないだろうから。
「なんか、ルジ、難しいこと考えてそう」
「こうなると、周りの音がまったく聞こえなくなるからな、ルジは」
「ラゥ〜」
「寝てるリアに、尻尾でペチペチされてるけど、全然気づいてないの、ウケる」
「なんだそのかわいい光景。オレも見たかった……」
素顔を見せない限り、信頼されることはないだろう。ここで冬を越すとなると、四ヶ月ほど過ごすことになるが、その間、一ヶ月どころか、ずっと監視されるかもしれない。
それでも二人が魔法を使えないことは、魔力探知で分かるだろう。魔法が使えるとなれば、子どもでも容赦なく監視されるが、使えなければ、ある程度は緩和されるはずだ。
――恐らく、ここが世界で最も、それこそ異常なほどに魔族を嫌っている国だから。
理性が効かないほど幼くては、国柄的にも、環境的にも、来ることなど到底、できなかった。かといって、魔法が使えるようになってからではかえって危険だから、今なのだ。
「よし。まずは西の海を目指そうか。四ヶ月で国の全部を見て回るから」
ぽかんとした顔――いや、二人ともフードで顔は見えないが、そんな雰囲気を感じる。
「ん、どうした?」
「いや、四ヶ月って、だいたい一二〇日だろ。五〇〇〇キロ歩こうと思ったら、一日に四二キロだろ。……端を歩くだけでも、レイノンだと、一日一〇時間くらいかかるんじゃ――」
「僕無理」
「ああ、そこは大丈夫だ」
「ナニガァ……?」
山の麓――海沿いには、魔族が暮らしていることもある。特に東の海岸は北からの冷たい海流が流れ込み、寒さが厳しい。
また、海を泳ぎ渡る魔族が休憩する地としても使われている。要は、人間の領地を越えるために使われているわけだ。
とはいえ、少数規模であり、栄養源も少ないため、領土奪還を目指すにしては、戦力が足りない。だからといって、一掃するわけにもいかない事情がある。
「ここ、ヘントセレナより北にはね、魔族の桃源郷とも呼ばれる地が広がっているんだ。山の麓に魔族のための場所を残しておかないと、北にたどり着くのがかなり厳しくなって、いよいよ魔族も、本気で攻勢を仕掛けざるを得なくなるから、仕方なく、ね」
遠回りという以外に海沿いを避けた理由があるとすれば、治安が悪いからというのが一つ挙げられる。
魔法が使えるようになっても、空はまだまだ、鳥が独占している状態だ。それに、船や飛行というのは、とにかく、目立つ。
その点、魔族はエネルギー効率、肺活量、筋肉量などなど、全身を使う遠泳が得意であり、寒さにも強い。
また、ヘントセレナ国内なのであまり言えないが、海にはモンスターが住みついており、魔族たちが排除してくれることで助かっている面もあるのだ。
「オベンキョ、ムズカチィ」
「露骨に話をそらしたな」
トーリスの指摘に、遅れて、レイノンがはっとする。
「バレたか。しかし、こうして見ていくと、本当に鮮やかな建物が並んでるね」
俺に話す気がないと判断すれば、二人は何も言ってこない。俺の方が頑固だと知っていて、諦めさせられている。
まあ、その話はさておき。
「レイノン。街の色を教えてくれ」
トーリスは目をつぶったままだから、せっかくの景色を楽しむことができない。代わりに、レイノンの目を借りる。
「緑、青、黄、紫、白、水色、茶色、オレンジ――ん、何か足りないような……あ、赤だ」
「何を言ってるんだレイノン。赤は魔族の色だから、縁起が悪いじゃないか」
監視の目を気にして、あえてそう言えば、刹那だけ、レイノンの心には揺らぎがあったが、すぐさま、そりゃそうだ、と取り繕った。
しかし本当に、ここには赤色のものがない。それに準ずる桃色でさえほとんど見られない。あるいは、オレンジや紫など、赤との混合色も少なく、あったとしても赤みが少ない。
建物の壁に絵が描かれていたり、二色以上、用いられていることも多いが、それでも、徹底的に、国から赤を排除している。
――緑の建物が多く、屋根の色に、白はほとんどない。ただ、この辺りには、緑の壁に黒の屋根は見られない。
とすれば、俺達が進むのと反対側――寒さの厳しい東側の方が魔族差別は深刻で、過激派も多いのだろう。
「ねえ、この、地面にたまにある丸い蓋?って何のためにあるの?」
「ああ、それは――」
「パパ、あっちでお菓子買ってー!」
「しょうがないなあ、ムーテは」
そんなときだった。ムーテが、誘拐犯と手を繋いで歩いてきたのは。
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