第14話 平和的解決
仮に、人間の視認限界を四・五キロとしよう。警備は九キロメートルの感覚で並んでいれば侵入者を捉えることができる。
しかし、大陸の幅は五〇〇〇キロメートルほどであり、山頂から見た限り、警備同士の感覚は三〇キロメートルといったところ。標高から考えて、二〇〇キロ先までは見渡せるだろうと考えれば、概算はできる。
「急に算数始めないでぇ……?」
「魔法で対策した上でのこの人数と考えれば、視点を高い位置に置くことで遠くまで見渡すことができる魔法を使っていると考えるのが自然だ。すると、自分の周りが手薄になるから恐らく、視認範囲はお互いを視認可能な、三〇キロメートルほどまで広がっていると考えていいだろう」
「トーリスまでぇ……?」
「となると、仮に、警備同士の真ん中を通ったとすれば、警備との距離は十五キロ。一対二対ルート三、ざっくり一・七三二として、大体、国境の二六キロ先から視認されると思ったほうがいい」
「ルジって、走るの速いか」
「まあ、二六キロなら、二〇分くらいかな」
「いや、時速七八キロはもはや馬の全力超えてるぞ、おかしいだろ」
「ラーウ……」
レイノンの頭にはてながいっぱい見える。そう難しい話はしていないから、丁寧に教えてやれば理解できるだろうが、今はやめておこう。リアはあまりにもつまらないので、俺の肩の上で丸くなって眠ってしまった。
そもそも、単位の呼び方だけは昔から統一されているものの、明確な基準はまだ、定められていない。
「とにかく、魔法がある以上、無理には通れない。そうだな……こういう作戦はどうだ?」
トーリスの肩にレイノンがのっかり、フード付きのローブでその身を隠す。名付けて、一心同体!
「いつまで乗せてればいいんだ」
「うーん、一ヶ月くらいは監視されるだろうから――」
「さすがに一ヶ月このままは無理があるだろ」
没になりました。三倍の力じゃあ、確かに無理だ。
「作戦、その二!」
「お、なにか思いついたのか、レイノン?」
「すっごい怖い人のフリをする!……んじゃテメェ、はっ倒すぞ――みたいな?」
「怖すぎるだろ……!」
七歳児の脅しなんて全然、怖くなーい。まあ、いずれにせよ。
「平和的解決を望む。却下」
それは最終手段といこう。
「んじゃ、作戦その三。ルジと同じで目が開かないことにする。俺がずっと目を瞑ったままでいるんだ」
「え、一ヶ月何も見えないけど、大丈夫なの?」
「音があるし、レイノンもいるからなんとかなるだろ」
確かに、日頃は目に頼りがちだが、目が見えなくても、周りの支えがあれば生きていける。
「じゃあ、その作戦でいこうか」
***
一番近くの警備員の元まで歩くとなると、最大で一五キロ歩かなくてはならないわけだが、国境に近づけば、目の前に人が現れた。人壁を形成している警備ではなく、本部からの派遣だろう。魔法があればこそ、瞬間移動だって可能だ。
「ようこそ、ヘントセレナ共和国へ」
ようこそ、という言葉のわりに、歓迎されている気がしない。無機質な鎧を纏った兵士は、こちらの言葉を待っている。
あえて、トーリスのフードを半分、上げて見せ、両目が見えないことを示す。
「この子は魔族によって、幼くして両目をくり抜かれて――っ。この国で、復讐を果たさせてください」
「念の為、見せていただけるか」
どうせ入国したらずっと見張るんだからと、通してくれる人もいるが、今回はそういうわけにもいかないようだ。
仕方なく、閉じている左目を半分開けて、赤を示せば、兵士は恐れおののき、後ずさる。
「実験の過程で、魔族の眼球と入れ替えられたのです。人間と違って、魔族は卑劣で外道で、どこまでも、心がありませんから。私は魔法があるため、こうして形だけは残り、幸いにも片目を穢されるだけで済みました。けれど、この子は魔法が使えないため、植え付けられた眼球も腐り落ち、今は両目のあったところに、ただの空があるだけです。なんとか逃げ延びて、ここまで来ました」
これで、元が魔族で人間の目を――とは言われずに済むだろう。まあ、元から半分赤目のヒトなんてこの世にいないから、説得力はあるはずだ。魔法があるため、というのも、言い訳にしやすい。
「……それは、つらい思いをしたな。入れ」
ほとんどの旅人が魔族を憎んで北上し、ヘントセレナに定住するため、怪しまれることもなかった。まあ、片目だけ赤を埋め込まれるなんていうのは、さすがに誰も経験していないだろうが。
何より、門番がネコ好きだったのが大きい。リアの灰色の毛並みと、ぐっすり眠ったかわいさに釘付けになっていて、これはいけるな、とひと目で思った。というのは、さすがに冗談だが。
しかし、ないことになっているトーリスの目を確認しようとなんてすれば、最悪、排除しなくてはならなかったから。何事もなくてよかった。
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