第11話 レイノンの崇拝
「なあ、レイノン。本当に、昨夜のこと、覚えてないのか?」
「え、待って。本当に起こしたの?いやいやでもどうせ、遠慮がちに名前を読んだとか、そのくらいでしょ?」
「このくらいしたけどな」
「わーゆーれーるー」
トーリスもいよいよ、手加減というやつを覚えたらしく、レイノンも遊び半分だと分かっている感じだ。
とはいえ、普通に話していたのも朝だけ。もう一歩というところか。時間が解決するという考え方もあるが――。
「ん、何?」
「いや、なんでもない」
旅をしている俺たちは、基本的には、全員一緒に行動している。
ただ、トーリスとは、夜に二人きりで話せるし、昼も大概、拠点で本を読んでいるから、居場所も掴みやすい。それに、泣いているから、悲しいのだと分かる。
けれど、レイノンは、ふらっとどこかへ出かけては、ふらっと帰ってきて、夜は気がついたら、寝ている。いつも笑顔、というまではいかずとも、ほけっとした顔をしている。
俺は、昼間には、本や食料品、新しい土地に馴染むための服を買い揃えるお金を稼いでいるから、なかなか、二人になる機会がない。俺が実は稼いでいる、というのはさておき。
「レイノン。今日は何か予定とかある?」
「ん?特にないよ。なになに?」
「嫌じゃなければ、ちょっと、付き合ってくれないか?」
「いいよー。じゃあ――」
「しっ」
トーリスを視界に入れたのを察知し、俺はレイノンの口を塞ぐ。トーリスは誘わない。
「見ろ、あれを」
「ん」
本を読むトーリスの横に、リアがちょこんと座り、じっと、俺を睨みつけていた。
「なんか、リア、めちゃくちゃ怒ってるね」
「一人でいると落ち込むから、着いてきてくれ……」
「ああ。そういうことなら」
今日は進むのをやめて、立ち止まろう。旅だからといって、進み続ける必要はないのだから。
レイノンと二人で歩き始めて、小一時間ほどが経過しただろうか。
「結構、遠くまで歩いてるけど、何か目的があるの?」
「ああ。このくらい離れてないと、トーリスに丸聞こえだからな」
「――」
この無言は、驚いているときの感じじゃないな。
「なんだ、知ってたのか。トーリスの耳がめちゃくちゃいいって」
「まあでも、正確にどのくらい離れればいいかまでは知らないよ?」
「森の中なら、このくらいでいい」
「そっか」
音は、トーリスにとって、毒だ。幼い頃、喚くレイノンの声がうるさくて、本当につらそうだった。だから次第に、レイノンは声を抑えるようになっていった。
「はぁ……」
「やっと気が抜けたか」
「ルジこそ、知ってたんだ?」
「そりゃあ、こっちはお前たちが生まれてからずっと見てきてるんだ。なんなら、レイノンのへその緒を切ったのは俺だし」
「え、そうなの?初耳ー」
レイノンは、トーリスにため息を聞かれたくなくて、遠出していたのだろう。しかし。
「いい加減、少しは弟離れしたらどうだ?」
「やあだね。トーリはルジよりも、もっと、僕と仲良くするべきなんだよ、僕と。あーあ、夜隠れて泣かなくたって、直接言ってくれればいいのに。まったく、トーリはかわいいなあ――」
一にトーリス、ニにトーリス、三、四もトーリス、五にトーリス。その先ずっと、トーリス、トーリス、と続き、トーリスで終わる。とっても単純で、おぞましい。
「それにしても、寝たふりと嘘が上手くなったね」
「僕はね、トーリの寝顔を拝むためなら、寝なくても大丈夫なんだ。だって、寝顔を見られるかもしれないって思うだけで、最高に栄養が得られるじゃん?」
恐らく、レイノンは睡眠時間が少なくても十分に回復できるのだろう。そういう人間も極稀にだが、いる。
「まあ最近、寝られなくてしんどそうだからな。レイノンもレイノンで、何も考えてないわけじゃないだろ?」
「そりゃあね。双子なのに別の種族だ、なんて言われたら……あ、トーリスのタマゴの殻って、取ってある?」
「ある。レイノンのへその緒もある。だから、続きを話すんだ」
「わーい。――まあ。トーリが素敵なおじいさんになるのを見られないのは、寂しいよ。正直ね。でも、まだ先のことだから」
「そうか」
「それよりも、トーリが可哀想で、それがつらい、かな。僕が人間なせいで、苦しませてることが」
レイノンという人間には、どこか、俯瞰している節がある。彼の中ではトーリスが一番――否、トーリスが唯一だ。
反面、自分を蔑ろにしがちなところがある。
けれど、それは俺にはどうにもできないことだ。
「まあ、もうちょっと、自分も大切にしてくれ」
「ははっ、雑!トーリには、あんなに親身なのに」
「お前は俺の手には負えん」
言葉よりもきっと、重く受け止めてはいるのだろう。けれど、飄々とかわすということは、俺には弱さを見せたくない、ということだ。そういう強さの保ち方だってあるし、無理に心をこじ開ける必要もない。
そもそも俺は、きっかけは外から与えられるべきだと思っているし。トーリスは、いつも寂しそうだから、ついつい声をかけてしまうだけで。レイノンにも声はかけたが、そんな優しさいらないというなら、そこまでだ。
「まったく。誰に似たんだよ」
トーリスは、白髪や赤目などの見た目も含めて母親のクレイアにそっくりだ。けれど、父親のミーザスは、レイノンと同じ黒髪黒目でありながら、どちらかというと、いつもオドオドしている感じだった。性格的には、レイノンと似ても似つかない。
「鏡でも見たら?」
その返答に鼻白む。
「――頼むから、俺のようにはなるなよ、レイノン」
「さあ?望んでこうなったわけじゃないしね」
レイノンが最後に、俺に本心を見せてくれたのは、人魔の差別をなくそうと決意した、あのときが最後だったかもしれない。
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