第8話 トーリスの自責
「じゃあ二人とも、おやすみ」
「……」
「って、レイノンはもう寝てるか」
トーリスはまだ寝るつもりはないらしく、三角座りして、赤の瞳で熾火を見つめていた。
丸い耳と尖った耳。
色んな目の色と、赤だけの瞳。
何も無い頭と背に、格納できる角と尻尾。
たったそれだけの違い。
ハムスターとゾウほどの違いがあるわけじゃない。
けれど、人間と魔族は、別の種族だ。
差が少ないからこそ、比べてしまいがちで。無自覚に決めつけてしまったり、傷つけてしまうことが多い。
声をかけようかどうか悩んで、結局、かけてしまう。
「ときに。トーリスは、最高で何日くらい起きていられると思う?」
「三週間が限界だな。三日くらいは起きてないと、あくびも出ないし、眠くもならない」
魔族は、三日くらいなら、平気で起きていられる。夜が暗く、やることがないから床につくだけで、実際は眠っていないことも多い。
夜が来ない日には、魔族は普通に起きて活動している。
その習慣が長く続いているだけで、毎日寝ている魔族に体力的な疲れなど、ほとんど存在しないのかもしれない。
となれば、魔族のトーリスが朝起きるのも、そこまで疲れていないからと考えれば妥当だが、起きている理由は、そこではない。
「ふーん。その言い方は、試したことがあるみたいだね?」
「ぎくっ」
「トーリ――そういう面白いことは、もっと共有してくれないと!困るよ、まったく」
「いや、怒るとこそこじゃないだろ」
トーリスは、ぎゅっと、膝を抱き寄せる。その姿はまるで、もっと幼い子どものようだった。
「レイノンは――普通の人間は、どのくらい起きていられるんだ」
俺は、魔族でも人間でもないけれど。それを活かして双方の生活を見たことがあるから、なんとなくは分かる。
「丸一日起きてるのすら、しんどいだろうね。一日の三分の一か、四分の一くらいは寝ないと、次の日がしんどくなる人間がほとんどかな。子どものときはなおさら、たくさん眠るものだよ」
「……そうか」
魔族の能力が人間の三倍だというのなら、三日起きていられるのはおかしいと思うかもしれない。だが、体力が三倍ある上、エネルギー効率も三倍であれば、九倍動けることになる。「三倍の能力」というのは、なかなかに複雑だ。
「オレは、本当に、馬鹿だな」
涙はなんとか、堪えられるようになったが、それでもトーリスは、自分を責めることをやめない。
「ちょっと前になるけど、レイノンに、どっちが寝ないでいられるか、勝負しようって言ったことがあったんだ」
ちょっと前、と言っても、二年くらい前のことだ。結果は、トーリスの勝ちだったのを、俺も知っている。知らなくても分かるが。
「レイノンは、すぐに寝たよ。当然だろ。人間の、それもまだ、五歳だったんだから。でも俺は、レイノンを無理やり、起こし続けた。――レイノンが風邪を引いたのは、それからすぐのことだった」
あのときの風邪はかなり悪化して、長引き、咳が止まらなくて肺炎にもなりかけていた。
魔族の国では人間のレイノンを医者に診てもらうこともできず、トーリスにレイノンを背負わせて、ひたすらに走ったのを覚えている。
けれど、俺は知っていて、止めなかった。
「トーリス。俺はお前に、そんなことを思ってほしくて、人里を学ばせたわけじゃない」
むしろ、そんな風に思ってほしくないから、隠してきたんだ。
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