第7話 におう

「におうだろ」


「におうって、何が?」


 手づかみでアルマズリーバの刺身を食べかけているレイノンが、その手を止めて尋ねる。


「本気で言ってるのか、レイノン」


 におうと言われて意識してみれば……なるほど、確かに、臭う。そういえば、ミーザス――二人の父親も、色んな刺激に敏感だったな。


「何の臭いだ、これ……」


 これは。


「すまない、今日はアルマズリーバはなしだ」


「え、ど、どうしたの?ここまで作ったのに」


 食べたのが俺だけでよかった。どうりで、リアも食べないわけだ。


「ネコのリアでも、はっきりとは分からないくらいだから、本当に些細だけど、よくない臭いがする」


「よくないって?」


 まだ確認してはいないが、恐らく、そうだろう。


「魚が病気だったみたいだ。すぐに気づいていればよかったんだけどね」


 けれど、真実を教えてしまうのは、あまりにも、酷だ。


 ――恐らく、この川のどこかに、人の死体が沈んでいる。それも、石鹸死体の状態で。


 石鹸死体――死蝋化というのは、特定の条件を満たすことにより、体の表面が蝋のようになり、きれいなままで遺体が残る現象のこと。


 空気に触れていないことが最大の条件であり、この深さの川であれば、普通は浮かんで顔が水面から表出したりするだろう。


 そうなれば腐って骨だけとなるだろうが、腐敗臭であればまず確実に気がつくし、人骨のにおいは嗅ぎ取れない。


 あまり見たことがない上に、死臭は人によって異なるため、思い出すのに時間がかかってしまった。



 つまり、遺体は、今もこの川のどこかに、沈められている。


 ――魔力の多い川では、浮力により、ほとんどのものが浮かぶ。とすれば、故意に沈められているから、人なのではないかと予想した。



 いずれにせよ、水が大量に入っているため、蝋化していたところで、ひどい有り様だろう。できれば俺だって見たくはない。が、


「――可哀想だ」


「うん……」


 病気の魚が可哀想だと思ったのか、レイノンがしゅんと俯く。


「それで、アルマズリーバは川に流すのか?投棄はよくないが、川のものなら、いずれは川で分解されるだろ」


 確かに、それでも悪くはないだろう。いずれは、他の魚たちが食べるなり、微生物が分解するなりして、海に還る。


 けれど、その魚を、また別の魚が食べていけば、いつかは、何も知らない人間が食べるかもしれない。被害がないとしても、俺は、いい気がしない。


「ごちそうさま」


 結局、俺が全部食べた。骨は麻袋に入れて、持ち帰る。


「病気のお魚さん食べて、大丈夫なの?」


「うん。俺だからね」


「すごい理由だな」


 二人には木の実や植物で我慢してもらった。今から別のものを探すのは、ちょっと無理がある。少し前までなら間違いなく、俺だけ美味しいものを食べてずるいずるいと、喚いていたレイノンも、おりこうになったものだ。


 ――焚き火で服も乾いたし、もう寝る時間だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る