第6話 言霊の力

「でかした、レイノン!」


「すげえ……」


 俺とトーリスが粘ってもまったく釣れなかったアルマズリーバを、一本の杖で二匹、同時に釣ったレイノン。


 キノコ皿に川の水を汲んで、アルマズリーバを入れる。それを火にかけようとして、


「……あ。火が消えてる。どうりで寒いわけだ」


「裸だもんね」


「熱中しすぎたな」


 放置していた炭と焚き火が、消えていた。


「下ごしらえをしておくから、がんばって火をおこしてくれ」


 糸と針を外し、水の中で、アルマズリーバの口から杖を突っ込む。暴れて、水が跳ねる。


 表面は固くとも――いや、外が硬い分、内側は一段と、柔らかい。


 しかし、尾から杖を出すには、ダイヤモンドを突き破るしかないので、杖の先からダイヤモンドが炭化するギリギリの温度を狙って、炎を一瞬出し、杖を通す。


「っはぁ、きつい、もう歳だな……」


「ラーウ……」


「何言ってるんだ。ルジは若いだろ。ムキムキだし」


「結局、ルジって何歳なの?」


「内緒」


 もう一匹にも杖を通すのは、ちょっと無理かもしれない。とりあえず、そちらは後回しにして、まずは一匹目を、火にかける。


 炭を燃料とし、直火で炙ろうと思うが、二人の様子を見る限り、なかなか、炭の芯にまで火がつかないみたいだ。


「いらいらいらいら……」


 トーリスのいらいらたいむが始まってしまった。とはいえ、感情を表に出すのがトーリスだけというだけで、調理過程を楽しめるほど気長なやつは、この三人の中にはいない。待ち時間を短縮して、結果だけぽんと出てきてほしい。


「トーリス。本でも読んで気長に待っててくれ。レイノンも寝てていいよ」


「もう寝てるー」


 程よい石を枕にして、硬い石の上に横になるレイノンは、さすがだ。


 魔法を使えば楽なのだが、さっきの炎でだいぶ疲れたので、もうやりたくない。やりたくないから、やめやめ。


「リア――」


 その先を言わずとも、リアはすり寄ってきて、箜篌へと姿を変える。


「音楽で火がつくの?」


「いや、サボる気だろ」


「うん?つくと思うよ。音楽はこれまでずっと残ってきたし、多分、この先もなくなることはないだろうから。二人も、興味があるなら、何か楽器をやるといいかもね」


「ドユコトォ」


「因果関係がよく分からん……」


 箜篌の音色は、日によって変わる。主にその日のリアの気分によって。今は、どこか不安げだ。


「火〜よ、つーけつけ、燃え上がれ〜」


「ブフォ」


「なんて適当な……」


 ――ぼっと、炭に火が灯った。


 不意に灯った炎を視界に入れ、二人がそっくりな顔で瞬きをする。


「嘘だろ」


「え、本当に?」


「お前たち、言霊を信じてないだろ。言葉にはな、本当に、言霊が宿るんだよ」


 リアはネコに戻り、俺の首筋に巻きついてくる。不安だが、確信がないといった感じで、何が不安なのか教えてくれない。その頭を撫でれば、ちょっと、落ち着いたみたいだ。


 串刺しにしたアルマズリーバを水から出して、表面のダイヤを炎に触れさせる。スクラバダケが焼くのに便利だと言ったが、今日は使わない。もう一度言おう、使わない。


 温度が低いと火が通らないので、焚き火で調理するのはかなり難しい。最悪、炭にこすりつけるくらいはしないと燃えないだろう。


「言霊っていうか、たまたまだろ」


「ダイヤが黒くなってくょぅ……」


 焼けるのを待つ間に、俺は二匹目の調理に取りかかる。


「中からほじるか」


 杖を刺して心臓を仕留めたら、数カ所、内側から斜めに杖を通し、ダイヤに沿って身をはがしていく。途中途中で串焼きの様子を見てひっくり返しながら、中身をかき出す。


「刺し身でも美味いんだよなあ」


 取り出した身を斜めに切れば、真っ赤なお刺し身の完成だ。焼き上がるまでに出来上がれば上等。スクラバダケの上に並べていく。


 その間に一匹目を裏返しておき、ちりちりと表面を炙ってダイヤを焦がしていく。全体が黒くなったら、灰を手で払い、塩を振る。


「はい、召し上がれ。二人で仲良く分けるんだよ」


「なんか、においが――」


「おお、おぉ、美味しそう!食べていい!?」


「いいのか、ルジ?」


 目を輝かせるレイノンと、遠慮気味のトーリス。トーリスもちゃんと食べるんだよ、と言い聞かせつつ、


「じゃあ、ちょっとだけもらおうかな」


 醤油が欲しいなと思いながら口に入れれば、脂がとろけて、これだけでも十分に、美味い。


 川魚の臭みは主に水質が原因だと言われているが、ここは魔力が豊富で、水質がいい。


 それでも、前に食べたときは、もっと、飛び跳ねるくらい美味かったんだが……というか……ん?


「――そうじゃない」


 トーリスが低い声で断言する。俺が食べずにおこうとしたことに遠慮しているのかと思いきや、そうではないらしい。

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