第5話 杖で釣れるかな
「泳ぐダイヤだ!」
そう叫ぶと同時に、レイノンが川辺の藻か何かでバランスを崩す。
――瞬間、トーリスが駆け出し、尻もちをつきかけたレイノンの下に飛び込む。
バシャン。
「……わ。ト、トーリ、大丈夫!?」
「大丈夫。レイノンこそ、怪我はないか」
「僕は大丈夫だけど……」
「なら、よかった」
はっとして、立ち上がり、差し伸べたレイノンの手を取って、トーリスは立ち上がる。
レイノンは水しぶきがかかった程度で、ほとんど濡れてもいないが、トーリスの服はびちゃびちゃだ。
石だらけの川辺に生身で飛び込んだ点については、魔族なのでまず、怪我はない。だが、まったく痛くないかと言うと、そういうわけでもないだろう。そもそも、痛みの感じ方なんて人それぞれだから、比べようがない。
「トーリス、服を脱げ。乾くまではこれを着てろ」
トーリスに手ぬぐいを渡し、鞄を石の上におろして、自分の服を脱ぎ、トーリスに渡す。それから、火をおこして、炭を燃やしていく。
「なんか、ルジの体って、なんか、線が細い割にムキムキしてて、なんかこう、やっぱり、気持ち悪いな……」
遠回しに言うなら、最後まで頑張れよ。
「いつかトーリスにも、この良さが分かる日が来るさ。なあ、レイノン?」
「ひゅー。いい体してるねえ」
「誰に吹き込まれたんだそれ……?」
人里に降りると、こういう、ろくでもないことを覚えてくるから、気が抜けない。
「それで、チェパリースハニレッドだけど。水から出したその瞬間から、体表面のダイヤモンドを分解し始めるんだ。先に削っておかないと、質屋につく頃には、ただの鮮度が落ちた魚だよ」
どうせすぐには、炭に火が入らないだろうと判断し、背負っていた鞄から、杖と釣り糸、針を取り出し、それぞれ巻きつける。
「エサはサンマでいいかな」
「なんか、このサンマ、黒いね。腐ってる?」
「塗ってあるんだよ。赤の中でも見やすいようにね」
「色々言いたいことはあるが、とりあえず、杖は、釣り竿じゃないだろ……」
「えー?だってこれが一番、手に馴染むし、折れないんだもん」
川に釣り糸を垂らす。川底を泳ぐアルマズリーバが見えるくらいに、赤い水は、透き通っていた。
魚が逃げないよう、沈黙を保つ。なかなか、釣られてこない。
「……トーリス、さっきは、ごめん。痛かったよね」
その沈黙を破って、レイノンが謝る。たまに、レイノンの勇気は、俺にも見習いたいものがあるなと思う。
「なんだ急に。これまで、お互いに謝ったことなんてなかっただろ」
「うん、そうだね。……うん」
それは、謝らなくても大丈夫だという、ある種の安心感があったからだ。本気で腹は立つけれど、だからといって、そう簡単に縁を切れるわけじゃないから。今は、お互いの気持ちが見えなくて、不安なのだろう。
「ところでルジ……釣り、下手くそだな」
「うぐっ。そこまで言うなら、トーリスがやってみなよ」
「おう」
トーリスに杖を渡し、しばし放置。
「ほら、別に俺が下手なわけじゃないんだよ」
「なんでこねえんだよ……!」
そこにいるのに、釣られてこない。エサは目の前で、気づいているはずなのに。
「罠だってバレたんじゃない?」
と、眠たそうなレイノン。沈黙の中でたまに、かくんと、首が落ちている。
「いや、釣れる。釣ってみせる……!」
「トーリス、俺たちじゃ無理だ。ここは、レイノンに任せよう」
「そう言われても、別に僕だって上手ってわけじゃないよ?」
レイノンが糸を垂らす横で、リアが魚をじっと見つめ――しゃっと、猫パンチすると、小魚が爪に引っかかった。
「この中で一番、釣りが上手いのは、リアかもしれないな」
だが、アルマズリーバのように、口の中に爪を立てるしかないとなると、なかなか難しいだろう。
ともあれ、自給自足していて、とてもえらい――なんて思っていたら、鼻をひくひくさせた後で、小魚を前足で蹴り、リリースした。
「あっ……」
三人でハモってしまい、妙な気持ちになる。
まあ、リアは箜篌だから何も食べなくてもいいのだが、一体、お魚さんに何の恨みがあったのやら。
「あ、かかった」
ひょいと、杖を上げれば、針の先に、魚がぴちぴちとぶら下がっていた。
「なんか、二匹釣れたんだけど」
しかもなんか、二匹に増えてた。
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