第4話 ぎこちない日常

 木の根元に生えているスクラバダケを探す。ピンクに紫の水玉模様の傘で、硬く、食用には向かない。


 が、水にも油にも容易には溶けず、熱を伝えやすいが、温度では変性しないため、この上で食材を焼くのに向いている。加えて、熱伝導性の低い柄は、端のほうに斜めについていることが多く、持ちやすいので、便利だ。


「これは?」


 とスクラバダケを指差し、問いかけてくるは赤い瞳。


「それは柄が真ん中に寄り過ぎてるから、ちょっと不便かな」


「んじゃあ、こっちは?」


 と問いかけてくるは黒い瞳。


「それは傘が浅いから、あんまり盛り付けられないね」


「これは?」


「傘が丸いから置きづらい」


「あ、これいいんじゃない?」


「うーん。ちょっと大きいかな」


「全部ダメじゃないか!」


 キレるトーリス。リアは俺の肩の上で、とうに眠っていた。


 まあ、自然の植物なので、ぴったり来るものを探すのは、なかなか至難だ。群れで自生するため、一つ見つければたくさんあるし、たくさんあるなら、こだわり抜いて選びたい。それに。


「えー。だって、ご飯を作るのは俺だろ?だから俺には、持ちやすいスクラバダケを選ぶ権利がある」


 スクラバダケは毎食変えてもいいが、水で洗えば再利用可能だ。とはいえ、植物である以上、引っこ抜かれればいつかは寿命が来るわけで。


 まさに昨日、硬度や熱伝導性など、自らを守る機能を失い――寿命がきて食べやすくなって、めでたく、キノコとして食された。


「別に、その辺の木に刺して、焼けばいいじゃん?」


 と、本気で面倒そうなレイノン。まあ、調理するという観点だけでいえば、それで済むわけだが。


「うーん。お皿の代わりにもなるし、欲しい」


「……ルジって、言い出したら聞かないよな」


「トーリスにだけは言われたくない」



 ――トーリスとレイノンも、七歳になった。


 他人と関わる中で相手との距離感を学び、この世界の大きな問題――人魔の棲み分けについて実感していることだろう。


 棲み分けと言っても南北にきれいに分かれているような、そんな単純なものではない。山や川といった地形を挟んで、点在しているのだ。


 棲み分けているからこそ、山のように大きな区切りを越える者がいなく、道も整備されていない。魔法がない時代には、山の向こうに人間がいるのか、魔族がいるのか、分からないこともあったから。


 だというのに、互いの存在だけは認識しており、嫌い合っているというのだから、たちが悪い。


 そんなわけで。旅をしている俺たちには、人里にいる時間よりも、山や川を越えるための時間のほうが、長かった。


 旅人をよく思わない国には無理に立ち入ることができないし、文化が点在しているため、貨幣もバラバラ。お金もないのに宿に泊まることは不可能だ。



 その道中でスクラバダケの群生地を見つけ、俺の気に入るものを探すこと数十分。なんとか、三つ揃った。



「さて。次は食材の調達だな」


「僕もう、へとへと。無理、寝る」


「なかなかいいのがなくて、すまない。寝てていいよ」


 トーリスは魔族だから、別に大して疲れてはいないだろう。だから昔は、「こんなんで何泣き言言ってるんだレイノン。ルジに甘えるんじゃない」とか言って、喧嘩になっていた。そもそも、体力が三倍違うのだから、疲れやすくて当たり前だ。


 レイノンも、疲れないトーリスが遠い存在に感じられただろう。共感されないことで、自分はどこかおかしいんじゃないかとさえ、思っていたかもしれない。この山を越えてくるだけで、相当の負担がかかっていることを考えれば、きっと妥当だ。


「うーん……やっぱり、一緒に行く」


「別に、疲れたなら、休んでればいいだろ」


「ううん。まだ大丈夫」


 それ以来、トーリスはレイノンを気にかけ、レイノンは少し、無理をするようになった。けれど俺にも、トーリスにも、レイノンがどのくらい無理しているかは、分からないから、その言葉を信じるしかない。


 キノコ皿――スクラバダケを持ったまま、川沿いを進んでいく。


「今日は何を狩るご予定?」


「今日はアルマズリーバを釣ります」


「アルマズリーバ?」


「アルマズリーバとは。ものすごーく硬い、キラキラ光る透明な魚だよ」


「へー。ところで、この川、すっごく赤いね」


「俺の目の色みたいだ――」


「もうちょっと、興味持ってくれよ」


 アルマズリーバ語りが足りないが、まあ、キラキラの魚よりも、赤い川が気になるのは、ごく自然なことだ。


 今日はこの辺りを拠点にしようと考えていた。


「――昔は魔の川、なんて呼ばれて、人間たちから怖がられたこともあったけど、単に魔力が溶けてるだけなんだ」


「ほへー?」


 砂糖や塩が水に溶けるように、魔力も水に溶ける。溶けやすいというほどではないが、飽和に近い状態になると――つまり、めちゃくちゃがんばって、究極に溶かすと、赤色になる。


 ちなみに、魔族の瞳が赤いのも、虹彩の中の魔力が原因だと言われている。


「なぜ魔力が豊富なんだ」


「チェパリースハニレッドが底に沈んでるからね」


「ああ、チェパリースハニレッドか。なるほどな」


「ナニソレェ……。ちぇすれっど?」


 予備知識のあるトーリスに対し、知らない呪文でも唱えるようなレイノン。


「簡単に言うと、魔力を出す石のことだよ」


「へー」


「その説明だとだいぶ省略されているから、半部くらい嘘だな」


「ウソナノォ……?」


 レイノンがもうよく分からんって顔をしている。確かに、かなり省略した部分はあるが、だからといって、この世の魔力には非活性のものと、活性化されているものがあって――なんて今説明しても、分からないだろうし。


「うーん。太陽ってものすごく熱いから、おひさまの光ってあったかいよね、ってくらいには本当の話だよ」


「ほー」


 レイノンは半分くらい分かっていなさそうだが、なんでもかんでも聞くところは偉い。トーリスは理解するまで考え続けるから、そのための予備知識も多い。


 そもそも、レイノンは眠たいところを無理についてきているわけで、思考力も低下している。一方で、トーリスのとことん考えることへの執着も、あれはあれで、ちょっと異常なくらいだ。


「それで、アルマズリーバは主に、川の中の有機物――微生物とかから炭素だけを取り出して、体の表面にダイヤモンドを作り出すんだよ」


「ダイヤモンド!?え、じゃあ、取り放題じゃん!」


「取る方法がないだろ。魔法でも簡単に削れないんじゃないか」


「その通り」


 魔法が使えるようになって、ダイヤモンドを掘削する魔法技術の研究が進められたが、結論はすでに出ている。


 ――人の手から放たれる魔法が機械のような正確さを持つとしたら、それは職人技だ。


 結局は魔法も、それ以外の技術と同じだということ。魔法は普通に暮らしているだけで回復する力だが、その分、揺らぎが大きく、一概にどちらがいいとも言えない。


「でもさあ、それなら、どうやって食べるの?別に僕、ダイヤを食べたいとは思わないかな。お金になるなら欲しいけど」


 ――なんとなく、レイノンはお金が貯まらないタイプな気がする。


「ダイヤなんだから、燃やせばいいだろ」


「さすがトーリス。物知りだね」


「え、燃やしちゃうの?え、燃えるの……?」


 そんなことを話しながら、サクサクと川沿いを歩いていくと――キラッと、水の中が光るのが見えた。


「泳ぐダイヤだ――うわあっ!?」


 それに気を取られたレイノンが、川辺のぬかるみで足を滑らせ――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る