第3話 旅の理由

「三人で話すのは、まだ怖いか?」


 そう話しかければ、茂みから、トーリスが現れる。しょんぼりと俯いて白髪を揺らし、赤い瞳を潤ませる。


「うん……」


 ぽた、ぽた、と、音がするほど大粒の涙が、こぼれ落ちる。トーリスはここ最近、毎日のように泣いている。


 魔族と人間では、寿命も然ることながら、時間の感じ方に三倍のズレがあり、記憶に残る分、悲しみが癒える速度は三分の一――とはいえ、泣きすぎだ。


「レイノンも、トーリスと仲良くしたいって言ってたの、聞こえただろ?」


「オレは、仲良くしたくない」


「どうして?」


「オレが魔族で、レイが人間だからだ」


 トーリスは、それしか言わない。想像はつく。けれど、正確に何が嫌なのか、トーリスの中でもきっとまだ、上手くまとまっていないのだろう。


 俺がその白髪に手を伸ばしかけると、俺の背丈ほどの箜篌だったリアが、手乗りサイズのネコになって、トーリスの足元にすり寄る。トーリスは屈んでリアを抱き上げ、その胴に、顔をうずめる。


「ルジは、どっちなんだ」


 初めて、聞かれた。種族の違いを知ってから、ただ泣いているだけだったトーリスからの、問いかけだ。適当には答えたくない。


「んー、どっちなんだろうな?」


 だから、俺は、左目の赤と、右目の青で、顔を隠したトーリスを見つめる。


「なんだよ、それ」


 俺にだって分からない。オッドアイはたまにいるが、俺のように片方に赤を持つ存在は、多分、この世にいない。


 トーリスは、片目だけで俺の顔を見ると、すぐにまた、リアで顔を隠した。


「どっちでもいいじゃないか。俺が人間でも、魔族でも、今、トーリスの側にいることは変わらないんだから。――レイノンも」


「ん……」


 まだ、トーリスは何も失っていないのだから。あれこれ考えるより先に、今の尊さを知るべきだ。


 俺が今、言葉で言ったところで、それが理解できていない以上、伝わらないけれど。


 いつか、実感するときになって、すとんと落ちるように、点と点が線になるように、きっと分かるときが来る。


「――そのときに、俺はトーリスのことを、ちゃんと見ていたんだって、ドヤりたいんだ」


「ラー……」


 トーリスが寝てしまった後で、リアに話せば、呆れた、と返ってきた。


 明くる日。


「ねえねえ、トーリス。その本、面白い?」


「ああ、なかなかに面白いな。これまでの魔力因子降魔説とはまったく異なる、世界循環説について、こんなにも根拠が示されている論文は多分、公開されているものの中ではこれだけだ。これが立証されて世界にみとめられれば、魔法科学史を覆す大発見になるだろうな。降魔では外に向いていた視点が、内に向くこととなれば、気象予報も正確になるし、この惑星の寿命をより正確に算出することだってできるかも――すまん、レイノンには、興味なかったよな」


「全然!気にしないで。僕、これからちょっと出かけてくるけど、トーリス……は、えっと、その本の続きが気になるよね。ごめんね!行ってきます!」


「あ、いや、うん。行ってらっしゃい――」


 少し歩み寄った二人だったが、まだ、足りない。


 近すぎるからこそ、互いが何を思うか、推し量って、遠慮して、距離を取ってしまう。もともと、二人は興味や趣味、性格が似ているわけではないから、なおさらだ。


 人里で本を調達できるようになって、トーリスの知識がどんどん増えていったのも要因の一つかもしれない。


「きっかけは、俺じゃない方がいい。外から、与えられるべきだ。そのためには、もっと外と、関わるべきなんだろうな――」


「ラーウ」


 それから俺は、二人とリアとともに、きっかけを探す旅に出た。二人が仲良くなるきっかけの旅だ。

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