第1話 二種類の人
例えば、一つしかないものを、同時に欲しがったとき。
例えば、意見がまっ二つに割れてしまったとき。
例えば、親からの愛を、独り占めしたいと思ったとき。
まあ、結局のところ、どちらかが譲らなくてはならないとき。兄弟の関係性ってやつは、そういうところで顕著になると、俺は思う。
あるいは、くだらない意地悪だとか、揚げ足を取ったりだとか、嫌味たらしい言い方だとか。
好き嫌いに関係なく、縁を切れないと分かっているからこそ、そういう子どもっぽいことを、いくつになってもしてしまう。
まあ、俺には兄弟がいないから、想像が及ぶのは、姉弟のように仲が良かった二人のことだけなのだが。
仲が良い兄弟だっているだろう。互いに尊重し合って、素直に褒め合って、たまにする意地悪も、笑って許せるような。そういう兄弟。遠慮しないの程度を弁えている兄弟。
――そんな、穏やかな兄弟とは無縁で。
レイノンとトーリスは、ほんの一年前までは、たまに取っ組み合いの喧嘩をするような、犬猿の仲だった。
「なんで殴るんだよ、レイ!」
「トーリが先に叩いたじゃん……」
「そんなに強くやってない!軽くこうやっただけだろ!」
「でも、すごく、痛かったっ」
なんて言い合うのを、俺は適当に見守って、あまりにも手が出るようなときだけ、止めていた。子どもの喧嘩に大人が加わるものじゃないと思っていたからだ。
けれど、ある日、ふと気付いた。
この喧嘩は、種族の違いから生まれているのだと。その違いを理解していないからこそ、分かり合えないのだと。
正直、伝えずにいられるなら、そうでありたかった。いつか自然と気づくことになったとき、その流れで、少しずつ、受け入れていってほしかった。
「トーリス、レイノン。話がある」
伝えることを決心したのは、種族の違いだけで、お互いがお互いを嫌いになってしまっては可哀想だと思ったから。
俺以外に教える人がいないのに、それを黙ったままでいるのは、今、真実を伝えるのと同じくらい、酷だと思った。それなら、選択肢を与えるという意味で、伝える方がまだマシだ。
「お前たち二人は確かに、双子だ。同じ日に生まれ、ずっと一緒に育ってきた。同じ両親から生まれた、紛れもない、双子だ」
「それがなんだ」
「でも。クレイアの――お母さんのお腹の中では、二人とも、一人だったんだ」
「えーと、つまり……どういうこと?」
トーリスとレイノンが、揃って首を傾げる。二人とも、人がどうやって生まれるのか、きっとまだ、知らない。ぼんやりと、母親から生まれるということしか、分かっていないだろう。
「赤ん坊を見に行こう。二人がどうやって生まれたのか知るのは、とても大切なことだから」
本でも知識は与えられる。けれど、きっと本だけでは、違和感を抱けるほどの実感が湧かないだろうから。
それから、二人を連れて、初めて人里に降りた。ずっと他人を避けてきて、二人がまだ幼い頃は、海底や、火山の中にいたこともあった。最近は、森とか、氷山の洞窟とか、地底湖の畔とか、比較的安全な土地を転々としていた。
「フードだけは、外さないようにね」
人里は二人にとって、海底や火山よりも、はるかに、危険な場所だから。
そうして、人里を渡り歩くうちに、二人は嫌でも気づくことになる。
「ねえ、ルジ。僕たちって、本当に双子なの」
「明らかに、種族が違うだろ。レイノンは人間で、オレは魔族だ」
「双子だよ。同じ日に生まれたことは、確かだ。俺がこの目で見ていたからね」
――赤ん坊がどこにいるかなんていうのは、分かりようがないから、俺たちは旅を始めた。
二人はそのときも、小さなことで喧嘩して、わーわー騒いでいて。
「おぎゃー!」
人間の赤ん坊が生まれる瞬間に立ち会った。
案外すぐに、見つかった。偶然にも臨月の母親と出会い、同行させてもらったのだ。
とても小さく、それでいて、二人の喧嘩を打ち消すほどの大きな声で泣いて。
お腹の中で育って生まれてくるんだと、二人は楽しそうに話していた。
一方で、魔族の赤ん坊は、なかなか探すのが大変だった。二人は俺が何をそんなに見せたいのか分からなくて、歩きたくないとか、疲れたとか、悪態をついてばかりいた。
まあ、そんなのは無視して、旅を続けた。言葉で教えてしまっては、この旅の意味がないから。
そして、ついに、見つけた。
「タマゴだ」
どちらともなく呟いた。
人の頭くらいのタマゴを抱いている魔族を見かけた。声はかけなかったが、それだけで、十分だったろう。
タマゴを抱いていた母親の目の色は、トーリスと同じ、赤だった。
「もう分かったと思うけど、この世界の『人』には、ニ種類ある。
まずは、人間。目の色は赤以外で、ざっと百年ほど生きる。道具を扱うことができ、考えることによって種を発展させてきた。神の御姿も人間だ。
一方、魔族とは、哺乳類の中では珍しく、タマゴから生まれてくる。目は全員同じ赤を持ち、耳は尖っていて、黒い角と尻尾があり、人間の三倍の能力や魔力、そして――三倍の寿命を持つ。
それ以外の違いは、ない」
それを聞き終えると、二人は顔を見合わせて、すっと目をそらした。
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