どうせみんな死ぬ。〜始まりの塔〜(仮)
さくらのあ
プロローグ
「パパ、あっちでお菓子買ってー!」
「しょうがないなあ、ムーテは」
前方から、桃髪に黄色の瞳の女の子がニコニコ笑顔で、金髪の男性と手を繋ぎ、歩いてくる。
男性は片手をポケットに突っ込んでいた。季節はもすっかり秋で、子どもは風の子でも、大人には少し、寒く感じられる。
俺はその横を、俺のヘソくらいの背丈の二人にフードを深く被せ、前を歩かせて、進んでいく。俺が背負っている鞄の上では、灰色の小さなネコが、退屈そうに丸まって寝ていた。
街並みに黄色や桃色、水色、紫など、色彩豊かな家が多いのは、ここ、ヘントセレナ特有だが、長い歴史の中では、つい最近できたもの。
それよりも、一年を通して気温が低いため、一階が地面の中に埋まっている構造のほうが、よく見かけ、こちらが一般的だ。
時たま馬車が流れていくが、通行人のほとんどは徒歩。俺たちも例に違わず、国の中ほどより入国してから、海の見えない土の上を、随分と歩いている。
国の東西が海に面しているものの、ほんの七年前まで、大陸の中央には水が行き渡らず、この辺りは厳しい生活を余儀なくされていた。
それが今や、噴水を上げるようになったのだから、ここ数年の進歩には、目を疑うばかりだ。
――と、鞄の上のネコが、もぞと動く気配がした。
「くぁ」
「起きたのか、リア。まだ寝てていいよ。……どうした?」
向かい来る親子を、リアがじっと見つめる。そして、
「おい、待て。そこの変態クソ野郎」
今まさに通り過ぎようとした父娘に向かって、前を歩かせていた白髪の少年が、暴言を吐きかけた。
――おかしいな。見ず知らずの親子に喧嘩を売れとは、教えていないはずだが。それに、彼は両目を閉じていたはずだ。
振り返った金髪の父親の顔は、あからさまな作り笑いだ。俺の洞察力が優れているとは言えないが、そのくらいは分かる。
「……坊や。それは、私のことかい?」
「貴様以外に誰がいるんだ。その子から汚い手を離せ。とうもろこしみたいなヒゲ生やしやがって」
とうもろこしから、お前が親か、注意しろ、みたいな視線を感じるが、残念ながら俺の子どもたちではない。
とはいえ、早くに両親が亡くなっている以上、すべての責任は、ここまで育ててきた俺にある、か。
「さすがにちょっと、言葉遣いが乱暴すぎるな、トーリス」
「でも……」
「ラーラー」
何か言いたそうなトーリスに、同調するように鳴くリア。
「ああ。――後は任せろ」
それでも、おぎゃーと生まれて今日まで、はや七年半、ともに過ごしてきたが、こんなことは一度もなかった。
俺はリアを地面に降ろして、トーリスたちの一歩前に歩み出る。
「大変、失礼をいたしました。――ですが、トーリスはわけもなく、他者を侮辱することは決して、ありません。その女の子と少し、お話してみてもよろしいでしょうか」
「そんな言葉遣いをする子どもの親と、うちのムーテを、会話させると思いますか」
ぐう正論。だが、動揺している。間違いなく、何かを、隠している。
俺の教育不足だ。トーリスには、ちゃんと言っておかないと。「気に食わんやつにこそ、丁寧に接し、こちらを咎める理由を作らせない方がいい」と。
しかし、トーリスより一つばかり幼そうな女の子が満面の笑みだったから、大丈夫だと思ったのだが。トーリスが言うなら、そうなのだろう。
「お前、親じゃないだろ」
トーリスは確信を持っている上、引き下がることを知らず、俺の後ろから断言する。
「は。何を根拠にそんな――」
「はあ??どう見たってその子、怒ってるだろ。お前、殺意も感じ取れないのか。明らかに、その歳の子どもが親に向ける程度を超えてる」
どこがどう怒っているのやら、俺にも分からん。怖がっているのを隠している、なら、まだ分かるが。
――少し、人に注目されすぎている。無理やり引っ張っていくわけにもいかない。けれど、トーリスが詰め寄るほどに、男の警戒心も高まっていき、交渉がしにくくなる。
と、もう一人の少年がフードを取り、真っ黒な髪と、同じ色の目を陽光の下にさらす。
「ごめんなさい、お兄さん!僕の弟、ちょっと思い込みが激しいところがあって。気分を悪くされましたよね……?」
「ああ、その通りだ。誰が、とうもろこしのヒゲ――」
「は?レイノン、何言ってるんだ。このままだとあの子が危ないんだぞ!?」
「この通り、僕も弟の扱いには困っていまして。声も大きいし、言葉も荒っぽいから、女の子に怖がられることも多くて。人と話すのにフードもとらないし」
偽父を遮って、トーリスが叫ぶ。それすらも、きっと黒髪の計算のうちだ。
「この通り、僕も弟の扱いには困っていまして。声も大きいし、言葉も荒っぽいから、女の子に怖がられることも多いんですよ」
レイノンは俺を越して、するりと女の子の前に行くと、空いている手を握り、微笑みかける。その流れがあまりにも自然で、偽父親が止める間もなかった。
「大丈夫だった?ムーテちゃん。今なら、何でもさせられるから」
レイノンは賢い。この問いかけは、トーリスに何かさせるという意味ではなく、助けを求めているか否かを問うている。
その意味が正しく伝われば、少女の口からは助けの言葉が発されるはず――。
「おい、勝手に、何でもなんて」
「じゃあ、頂戴」
ぱっと、レイノンの手を振り払い、女の子は、その後ろの、何か言いかけていて不満げなトーリスを見つめ、ニコニコ笑顔で言う。
「――トーリスを、私に頂戴。お義兄さん」
「断る」
「ほえ?」
トーリスが、まぬけな声を漏らすより早く、レイノンが笑顔で拒否。男はぽかんとした表情で、絶句している。
「……え、え?」
え?しか言えないトーリスだけでなく、すれ違う人でさえ、少女の言葉の意味を考えている中。
「はい。じゃあ、ムーテは、トーリスのお嫁さんになったということで。めでたしめでたし」
「え、あ、いつの間に……!?」
ムーテは自らの意思で、男の手をするりと抜けて、走って飛び込んできた。
そうしてトーリスの手をぎゅっと握り、笑顔のまま、男を指差して、
「この人、人殺しです。ぽっけの中に、ブリェミャーの杖があります」
あどけなさを残しつつも、よく通る澄んだ声で、主張した。
――振り返って見たその表情は、おぞましい、笑顔だった。
この三人が始まってしまう前に、少し遡って、レイノンとトーリスという兄弟の話をしたいと思う。長くはなるが、ムーテとの出会いはしばし、先に置かせてほしい。
出会いは変化を生むけれど、きっと、二人の変化を知るのには、その前があった方が分かりやすいだろうから。
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