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少女「ねえ、聞きたいことがあるの」
執事「なんでございましょう」
少女「どうしてここには、あなたと私しか、いないの?」
執事「というと?」
少女「他の人……そう、たとえば、私の『お父さん』や『お母さん』」
少女「それに『友だち』は、なぜ、いないの?」
執事「……」
執事「いつか、その質問をされる時が来るとは、思っていました」
執事「その答えは、そうですね……」
執事「世界が、そう、なったからございます」
少女「そう?」
執事「私と、お嬢様だけの世界に」
少女「どうして?」
執事「その理由は……わかりません」
執事「それに、もうだいぶ昔のことです」
少女「?」
執事「お嬢様は、おそらく覚えておられないでしょう」
少女「私にも、家族っていうものが、いたの?」
執事「おりました」
執事「旦那様も、奥様も、お兄様も」
少女「そうなの……」
執事「とても良くして頂きました」
執事「素晴らしい生活でした」
執事「ですが、簡単に壊れてしまったのです」
少女「壊れちゃったの?」
執事「お嬢様がまだ4つのとき、ふざけて地下のシェルターを閉めてしまったことがありました」
少女「覚えてないわ」
執事「旦那様しか知らないはずの暗証キーを、なぜかお嬢様が知っておられました」
少女「……」
執事「私と、お嬢様と、そこに7日間閉じ込められることになったのです」
少女「……ごめんなさい」
執事「謝ることではありません、すんだことですから」
執事「それに、まだとても幼いころです。仕方のないことです」
少女「……うん」
執事「そして……」
少女「その間に、なにがあったの?」
執事「なにがあったのか、正確にはわかりません」
執事「その間に、旦那様も、奥様も、お兄様も姿を消しておりました」
少女「……」
執事「人間がすべて消滅してしまったのです」
少女「……」
執事「核爆発か、あるいは宇宙人でも襲来して来たのか……」
少女「怖い」
執事「死んでいる者すら、いなかったのです」
少女「でも、牛や鶏やロボットは元気よ」
執事「そうなのです、人間だけが、なぜか消滅したのです」
執事「この島以外の誰とも、連絡が取れませんでした」
少女「どうしていなくなっちゃったの?」
執事「私にもわかりません」
執事「あるいは、人間だけに効くウイルスでも流行ったのでしょうか」
少女「ウイルス?」
執事「病気の素です」
少女「ああ」
執事「しかし、原因を考えても、きりがありません」
執事「それに、お嬢様はまだ4つ」
執事「私が育てあげると、心に決めたのもその日でした」
少女「そうだったの……」
執事「お嬢様は周りのものすべてに興味津々でしたから、言葉をお教えするのが大変でした」
少女「そうだったかしら」
執事「最初お嬢様は、『リンゴ』という言葉を覚えました」
執事「あの日のことはよく覚えております」
少女「それから何年も何年も、私のお世話をしてくれていたのね」
執事「お嬢様が不安になるとは思っておりましたが、極力そのことに触れないよう努めてまいりました」
少女「なんだか、頭がパンクしちゃいそうだわ」
執事「そうでしょう」
執事「たくさんのことをお話しして申し訳ありません」
少女「それはいいの」
少女「ねえ、あなたも、いつかいきなり消えるなんてこと、ないわよね」
執事「ない、とは言い切れませんが、お嬢様を残して消えるわけにはいきません」
少女「……」
執事「お嬢様が消えてしまわないかも心配です」
執事「あれから何年も、そのことを不安に思わない日はありませんでした」
執事「朝起きて、お嬢様の声を聞くとほっとするのです」
少女「私も、あなたの声を聞くとほっとしたわ」
執事「同じですね、私たち」
少女「おそろい!!」
執事「さて、夕食までは少し時間がありますが……」
少女「少しお腹がすいたけれど、今はなんだか、離れたくないの」
執事「そうですか……」
執事「私も実は、ここを離れたくなかったところです」
少女「おそろい!!」
執事「おそろいですね」
少女「じゃあ、他のお話をして」
執事「そうですね」
……
少女「あなた、やっぱり、お話するのが上手ね」
執事「そうですか」
少女「聞いていて、よく内容が分かるもの」
執事「それはお嬢様の想像力が豊かだからです」
少女「いいえ、あなたの力よう」
執事「ははは、お褒めにあずかり光栄です」
少女「あ、あのね」
執事「はい?」
少女「昼間見た、あのきれいな模様の名前、思い出したの」
執事「え?」
少女「あなたの本で見たの、写真が載ってたの」
執事「そ、そうですか」
少女「オウロラって言うのよね、あれ」
執事「……」
少女「きれいだったなあ」
少女「写真もきれいだったけど、本物はもっときれい」
執事「オウロラ……」
少女「ね」
執事「そうですね、本当にきれいでした」
少女「明日も見れるかなあ」
執事「そうですね、見れるといいですね」
少女「うふふ」
執事「……」
執事「お嬢様、ときに」
少女「ん?」
執事「空の上にあるのは、なーんだ?」
少女「空の上?」
少女「あ、雨じゃない?」
執事「いいえ」
少女「え、でも」
執事「雲の上、が雨でございます」
少女「あ、そっか」
執事「謎謎ですから、ソラの上は……」
少女「シ!!」
執事「正解です」
少女「やた!!」
執事「これは謎謎ではありませんが、夏の次はなんの季節でしたっけ」
少女「春!!」
執事「そう、正解でございます」
少女「それがどうかしたの?」
執事「雲の上に雨が降るのも、夏の次に春が来るのも」
執事「この地でオウロラが見れることも、本当は異常なのです」
少女「イジョウ?」
執事「おかしい、普通じゃない、ということです」
少女「そうなの?」
執事「私たち以外の人間が消えたときから、ずっとそうなのです」
少女「イジョウなの?」
執事「ええ」
執事「お嬢様はずっとそれが普通だと思って生活してこられましたが……」
少女「じゃあなんで普通じゃなくなったの?」
執事「それも、わかりません」
執事「もしかすると、世界の……」
少女「世界の?」
執事「……」
執事「世界のなにかが、おかしいのでしょう」
少女「わかんない」
執事「まあ、きれいなものが見れるというのはいいことですからね」
少女「そうね♪」
執事「私はもう長いこと生きてきましたが……」
執事「お嬢様と二人っきりになってからの日常は、それまでの非日常でした」
少女「どういうこと?」
執事「普通じゃない状態に慣れるまでが大変だったのです」
少女「ヒニチジョウもイジョウと同じ意味?」
執事「そうですね」
少女「うーん」
執事「たとえば、明日ツヨシの模様が水色の水玉になっていたらどう思いますか」
少女「変!!」
執事「それから、私がとても若くなっていたら……」
少女「ステキ!!」
執事「あ、ああ、そうですか」
執事「じゃあ私が4本腕になっていたり、女になっていたら?」
少女「……変」
執事「そうですよね」
執事「いきなりそんなことになって、それに慣れるのは大変だと思いませんか」
少女「うん」
少女「もう、そんなことには、ならないよね?」
執事「ええ、そう願います」
少女「……」
執事「さて、ではそろそろ食事の用意を」
少女「離れたくない」
執事「そうですよね」
執事「なので今日は一緒に作りましょうか」
少女「私、お料理下手だよ?」
執事「でも私ひとりでつくるよりも、楽しいでしょうから」
少女「そっか」
執事「では、お料理の前に謎謎です」
少女「ん?」
執事「あなたが『それ』を殺しても、あなたが『それ』を引き取るまで」
執事「『それ』はあなたにつきまといます。『それ』ってなーんだ?」
少女「……」
執事「ゆっくり考えてください」
少女「あなた」
執事「違い……いや、違わないですが違います」
少女「まあ、絶対殺さないけどね」
執事「もっと身近なものですよ」
少女「あなたよりも身近なものなんて、ないけど」
執事「ははは」
少女「引き取る……引き取る……」
少女「殺す……それを殺す……」
執事「……」
少女「!!」
少女「わかった!! 息ね!!」
執事「おお、正解です!!」
少女「やたー」
執事「ちなみに」
少女「ん?」
執事「今ので本日5回目の正解です」
少女「え、本当!?」
執事「新記録ですね」
少女「やったー♪」
執事「今日のご褒美は、なににしましょう」
少女「んっとねー」
執事「……」
少女「私が息を引き取るまで、そばにいること!!」
執事「ほう」
少女「絶対離れちゃダメ!!」
執事「なるほど」
少女「してくれる?」
執事「ええ、お嬢様がお望みとあらば」
少女「私も、あなたから離れないから」
執事「ええ、私もそれを望んでおります」
少女「えへへ」
★おしまい★
【SS】なーんだ? モルフェ @HAM_HAM_FeZ
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