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―次の日―


執事「おはようございます、お嬢様」


少女「おはよう!!」


執事「なんだか元気でございますね」


少女「ええ、今日はなんだか調子がいいみたいだわ」


執事「結構でございますね」


執事「朝食の前に、お着替えと洗面を」


少女「はあい」




執事「あ、お嬢様」


少女「なあに?」


執事「毎日とかしてもとかしても減らないものはなーんだ?」


少女「……」


少女「そんなアイスがあったら素敵ねえ」


執事「違います」


少女「髪の毛!!」


執事「おや、今日は朝から冴えてますね」


少女「えへへ」


執事「洗面と一緒に、その寝癖も」


少女「なおしてくるー」ゴシゴシ




ガチャーン


執事「ああ、今の音はまさか」


少女「いたーい」


執事「お嬢様、どうされました」


少女「手切ったー」


執事「ああ、ガラスが」


少女「いたいー」


執事「なめておいてください。すぐに救急箱を」


少女「うう」グス




執事「気をつけてくださいね」


少女「いたい」チュウチュウ


執事「傷口をそんなに吸わないでください」


執事「ほら、見せて」


少女「う」


執事「吸っても吸ってもなくならないもの、なーんだ?」


少女「……血」


執事「では、すったらすぐなくなるもの、なーんだ?」


少女「?」


執事「答えは、マッチでございます」


少女「ほー」


執事「あとお金でも正解です」


少女「ほほー」




執事「と、言っている間に治療完了です」


少女「あれ、そういえば消毒いたくなかったよ」


執事「魔法です」


少女「魔法!! すごい!!」


執事「私、魔法使いですから」


少女「そうなの? 知らなかった」


執事「人に言ってはいけませんよ。内緒ですから」


少女「内緒ね!! 言わない!!」




執事「先に朝食をどうぞ」


少女「あなたは?」


執事「私はここを掃除してから行きますので」


少女「あ、手伝うわ。私が割ったんだし」


執事「危ないですよ」


少女「ガラスを割って人に片付けさせる人、なーんだ?」


執事「え……それは」


少女「答えは人でなし!!」


執事「はあ……」


少女「いいからいいから」




カチャカチャ


執事「何をしようとして鏡なんか割ってしまったのですか」


少女「手にコップを持ってたのね」


執事「はい」


少女「で、鏡にハエが止まったのね」


執事「はい」


少女「で、その……くらっしゅ!!」


執事「クラッシュしたのですね」


少女「うん……」


執事「ケガが小さくてよかったです」


少女「ごめんね」




執事「ところで、割っても割っても粉々にならないもの、なーんだ?」


少女「え?」


執事「謎謎です」


少女「うーん、砂?」


執事「面白いですね」


少女「違うの?」


執事「正解は、数字でございます」


少女「あ、そっか」


少女「すごい!!」


執事「算数の問題ですが」


少女「これは嫌いじゃない!! わかりやすい!!」




執事「今日も少し牧場の方に行きますが……」


執事「ご一緒に行かれますか?」


少女「え!! いいの!?」


執事「ええ、気分転換に」


少女「やった!! 行く!! 行くう!!」


執事「そのかわり、勝手に私から離れてはいけませんよ」


少女「はあい」


執事「朝食を多めに作ってありますから、お弁当にしておきましょう」


少女「やったー!!」




執事「さて、では朝食を」


少女「そうね」


執事「今日はクロワッサンを焼いてみました」


少女「おいしそう!!」


執事「もっともっとレパートリーを増やしたいものですが…」


少女「何言ってるの、十分よ」


執事「恐縮でございます」


少女「こんな世の中に、立派なパンが食べられるなんて幸せよう」




執事「パンはパンでも食べられないパンはなーんだ?」


少女「古いパン!!」


執事「違います」


少女「私が焼いたパン!!」


執事「違います」


少女「フランスパン!!」


執事「よく知ってますね」


少女「本で読んだの!! 固いパンだって」


執事「でも違います」


執事「正解はフライパンです」


少女「あ、ああ……なるほど」




カチャカチャ


執事「さて、それでは牧場の方へ行ってみましょうか」


少女「ええ!!」ニコニコ


執事「嬉しそうですね」


少女「もちろん♪」


執事「ではこの安全帽をかぶってくださいね」


少女「これ重くって嫌い」


執事「そうおっしゃらずに」


少女「……わかったわよう」




執事「この安全靴も」


少女「これも可愛くないから嫌い」


執事「履かないと連れて行けませんよ」


少女「むう」


執事「ほらほら」


少女「歩くとき手繋いでくれたらちゃんと履く」


執事「ええ、手も繋いでいきましょう」


少女「じゃあ履く!!」




執事「さあ、行きましょうか」


執事「今日はみんな元気でしょうかね」


少女「私は久しぶりだけど、あなたは昨日も見に行ったじゃない」


執事「牛や鶏は一日で大きく変わるんですよ」


少女「そうなの?」


執事「今日は牛たちの模様が水玉になっているかもしれませんね」


少女「本当に!?」


執事「嘘でございます」


少女「……」




執事「でもお嬢様が前に見たときよりは大きくなっているかもしれません」


少女「そう?」


執事「ツヨシなどはもう立派に大きくなりましたよ」


少女「ツヨシに乗りたいなあ」


執事「うーん」


少女「ね、ダメ?」


執事「ツヨシが許してくれたらいいことにしましょう」


少女「やった♪」




少女「それにしても、この道は歩きにくいわね」


執事「私しか通りませんからね」


執事「今度舗装してみましょうか」


少女「できるの?」


執事「もちろんロボットの手を借ります」


少女「そんな便利なロボットあったかしら」


執事「まあなんとかなるかと思います」


少女「あなたが気にしないのなら、別にかまわないのよ?」


執事「まあ、暇があればということで」


少女「そうね」




ガサガサ


執事「!!」


少女「!!」


少女「今の……なに?」


執事「シッ」


……


少女「……」


執事「……」


ガサガサ




少女「……行っちゃった?」


執事「ええ、あまり大きくはないと思いますが」


少女「なにかしら」


執事「猛獣かもしれません」


少女「ひい」


執事「牧場までは、もうしゃべらないことにしましょう」


少女「ええ」


執事「手を離してはいけませんよ」


少女「うん……」




執事「ふう……なにも出ませんでしたね」


少女「うん……」


執事「もう一人で出かけるなんてこと、してはいけませんよ」


少女「絶対しない!!」


執事「約束ですよ」


少女「約束!!」


執事「じゃあ中に入りましょうか」


少女「うん!!」




ウイーン ガシャン


ウイーン ガシャン


執事「ロボットは今日もよく働いてくれているようですね」


少女「たくさん……」


執事「ああ、前のときよりも増やしたんです」


少女「すごおい」


執事「ではこれに着替えましょう」


少女「はあい」


執事「菌を入れてしまっては、牛たちが病気になってしまうかもしれませんから」




少女「ツヨシ♪ ツヨシ♪」


執事「ふむ、体調は良さそうですね」


牛「もうーもうー」


少女「乗ってもいいかな?」


執事「聞いてみてください」


少女「ね、ツヨシ、背中に乗ってもいい?」


牛「ももーう」




少女「なんて?」


執事「お嬢様ならいいそうですよ」


少女「あなたは?」


執事「重そうだから嫌、と言われました」


少女「あはは、残念ね」


執事「ええ」


少女「乗せて乗せて」


執事「はいはい。よいしょ……っと」グイ


少女「やほー」


牛「もーう」




執事「牧場の中なら安全でしょうから、私は少し他の所を見てきますね」


少女「はあい」


執事「じゃあ下ろしますよ」


少女「ええーもうちょっと」


執事「ツヨシが『早く降りろ』と言ってます」


少女「嘘!! 今鳴いてなかったもん!!」


執事「心の声が聞こえました」


少女「私は聞こえなかったもん!!」


牛「もーう、もーう」


執事「ほら」


少女「うう……」




執事「ではあちらの方へ行ってますので」


執事「あまり餌をやってはいけませんよ」


少女「ちょっとだけならいいの?」


執事「これだけなら」ファサ


少女「わかった」


執事「10分ほどで戻ります」


少女「はあい」




少女「ツーヨシ♪ ツーヨシ♪」


ロボット「……」ウイーン


少女「わ」


ロボ「……」ウイーン


少女「あ、ツヨシの餌!!」


ロボ「……」ウイーン


少女「私があげるのに!!」


ロボ「……」ウイーン


少女「もう!! ずるい!!」




執事「おや、どうしました?」


少女「餌……ロボットに取られた」


執事「おやおや、お怪我はありませんか?」


少女「ロボットずるい!!」


執事「仕事ですからねえ」


執事「指示通りではあるのですが、やはり融通は利きませんねえ」


少女「ユウズウってなに?」


執事「優しさです」


少女「ロボットにはないの?」


執事「あまりありませんね。特にここで使っている旧式には」


少女「んんーもう」




執事「お嬢様、乳搾りをやってみますか?」


少女「いいの?」


執事「ええ」


執事「ただしツヨシではありませんが」


少女「こっちの子?」


執事「ええ」


少女「この子、名前はなんだったかしら?」


執事「こちらの牛はリョウコですね」


少女「わかった」


少女「リョウコ、お乳出すわよー」




少女「じゃあロボット来ないように見張っててね」


執事「かしこまりました」


少女「ふふふ」


ギュー チョロロロロ


少女「やたー♪ いっぱい出る♪」


執事「ときにお嬢様」


少女「ん?」




執事「ミルクが一瞬で固くなってしまいました。なーぜだ?」


少女「うーんと……」


執事「……」


少女「乳化剤を入れたから!!」


執事「よく知っていますね、そんなもの」


少女「違うの?」


執事「ええ、謎謎ですから」


少女「じゃあ……」


少女「凍らせた!!」


執事「違います」




少女「降参!!」


執事「正解は……」


少女「うんうん」


執事「逆から読んだ、です」


少女「?」


執事「ミルクを逆から読むと?」


少女「クルミ!!」


執事「クルミは?」


少女「固い!! ほんとだ!!」


執事「ふふふ」




少女「いっぱい絞れたよ」


執事「本当ですね」


少女「うふふ」


執事「よく冷やして、明日飲みましょう」


少女「うん!!」


執事「さあ、卵をもらって帰りましょうか」


少女「え、もう?」


執事「今日は畑の方も見ておかなくてはいけませんから」


少女「大変ねえ」




執事「あ、お肉も昨日使ってしまったので、補充しておきましょう」


少女「冷凍スペースに行くの?」


執事「ええ」


少女「じゃあ……待ってる」


執事「そうですか?」


少女「あそこ、寒くて苦手なんだもん」


執事「では……」


執事「優しい人が持っている武器ってなーんだ?」


少女「?」


執事「私が帰ってくるまでに考えておいてくださいね」




少女「優しい人……」


少女「武器……」


少女「優しい人は武器なんて持たないわ」


少女「でもそれじゃ答えにならないし……」


少女「涙!!」


少女「は……女の人の武器だし」


少女「微笑みの爆弾!!」


少女「は……なんか違う気がする」




執事「わかりましたか?」


少女「はやいわよ!!」


執事「では、ヒントが必要ですか?」


少女「うん」


執事「『ヤリ』です」


少女「ヤリ……」


執事「私も持っています」


少女「あなた、優しいもんね」


執事「ええ、それはもう」


少女「自分で言ってる」




少女「あ、わかったかも!!」


執事「ほう、言ってみてください」


少女「『重いヤリ』!! つまり『思いやり』ね!!」


執事「正解です!! 素晴らしい」


少女「ヒントもらったからだけどね」


執事「いえいえ、素晴らしいです」


少女「思いやりは大事よね」


執事「ええ、お嬢様もちゃんと持っておられます」


少女「えへへ」




少女「さあ、畑に行きましょう」


執事「そうですね」


少女「卵とお肉は?」


執事「こちらに」


少女「……オムレツが食べたいなあ」


執事「私は卵かけご飯が食べたくなりました」


少女「それもいいわね」


執事「では」


少女「ん」ヌギヌギ




少女「この道も歩きにくいわねえ」


執事「舗装しておきましょう」


少女「暇なときでいいからね」


執事「はい」


ガサガサ


少女「!!」


執事「!!」


?「グルルル……」


少女「ひっ」


執事「お嬢様、私の後ろに」


少女「……」ガタガタ




執事「大丈夫、獣は火を怖がります」


シュボ


ボボボボボボボボボ


?「!!」ビクッ


少女「それは?」


執事「護身用のバーナーです」


ガサガサ


少女「行っちゃった……」


執事「少しひやっとしましたね」




少女「こ、怖かった…」


少女「あなた、冷静ねえ」


執事「それは、お嬢様をお守りする身で怖がっていてはいけませんから」


少女「頼もしい♪」


執事「ふう……しかし油断できませんね」


執事「昨日はこんなこと、なかったのですが」


少女「さっきのはなんだったの?」


執事「私も獣には詳しくありませんので……」


少女「でも……」


執事「でも?」


少女「……なんでもないわ」


執事「畑では、絶対に私から離れてはいけませんよ」




少女「……」


執事「……」シャワシャワ


少女「手伝いましょうか?」


執事「いえいえ、結構ですよ」シャワシャワ


少女「大変じゃない?」


執事「ロボットの足りないところを水やりするだけですから、それほど苦では」シャワシャワ


少女「そう」


執事「足元に気を付けてくださいね」シャワシャワ


少女「はあい」




少女「ねえ、あれはなに?」


執事「あれ?」


少女「あの、空の、きれいなの」


執事「え……」


少女「きれい……」


執事「そう……ですね……」


執事「きれいですね……」


少女「どこかで見たような気もするのだけれど……」


執事「私は、初めて見ましたよ?」


少女「うーん」




執事「お嬢様、お昼を食べたら帰りますよ」


少女「うん」


執事「ここなら周りが見渡せますから、安心ですし」


少女「そういえばお腹、すいたかも」


執事「紅茶も用意してあります」


少女「あ!! ずるい!!」


執事「もちろんお嬢様の分も」


少女「やた!!」




少女「あの空の、きれいな模様はなんていうの?」


執事「私は……存じません」


執事「初めて見ました」


少女「じゃあ、名前付けよ」


執事「どんな名前にしますか?」


少女「んー」


少女「思いつかない」


執事「はは、ゆっくり考えてください」




少女「せっかくだから、海の見える丘まで行ってみたいわ」


執事「ダメです」


少女「どうして?」


執事「前にも説明しましたが、あそこには大きな穴が開いているのです」


少女「そうだったかしら」


執事「ですから近づいてはいけません」


少女「そう言われると見たくなるなあ」


執事「万が一お嬢様が落ちては大変ですから」


少女「むう」




執事「さて、帰りましょうか」


少女「そうね」


執事「忘れ物はないですね」


少女「うん」


少女「帰りながら、謎謎しましょうよ」


執事「そうしたいところなんですが……」


少女「あ、また獣がいたら、まずいか」


執事「ご理解が早くて助かります」


少女「我慢する」


執事「ええ」




執事「ふう、無事に屋敷につきましたね」


少女「そうね」


執事「これからは少し防備を強化しておきましょう」


少女「……?」


執事「転ばぬ先の杖、です」


少女「?」


執事「お嬢様には少し難しかったですね」


少女「……そうね?」




執事「では、今日はどうしましょうか」


少女「本を読んでほしいわ」


執事「かしこまりました」


少女「お茶も飲みながら!!」


執事「はい」


執事「ではお部屋でお待ちください」


少女「はあい」




ガチャ


執事「おや、姿勢が悪いですね」


少女「待ちくたびれたー」


執事「手ではかけないのに、お尻でかけるもの、なーんだ?」


少女「……」


少女「尻字?」


執事「そんな言葉をどこで……」


少女「あなたの本で」


執事「ああ……」


少女「違うの?」


執事「違います」




執事「正解は、椅子でございます」


少女「なるほど!!」


執事「さて、今日はどれにしましょうか」


執事「これにしましょう」


少女「なあに?」


執事「昔々、あるところに一人ぼっちのお姫様がおりました」


少女「ふんふん」


執事「お姫様が望むものは魔法使いが魔法で出してくれました」


執事「しかし、友だちや家族は、魔法で出してはくれませんでした」


少女「……」




……


執事「こうして、お姫様はほんの一瞬だけ、友だちと、家族とを手に入れることができたのです」


少女「ふぅぅ……」グス


執事「と、言うお話でした」


少女「……悲しい」グス


執事「お嬢様は、けして一人ぼっちにはさせませんからね」


少女「あなたが居なくなったら、私、生きていけないわ」グス


執事「このお姫様のようには、しませんからね」ニコ


少女「うん!!」




執事「お嬢様は、友だちがほしいですか?」


少女「いらない、あなたがいるもの」


執事「では家族がほしいですか?」


少女「……」


少女「いらない、あなたがいるもの」


執事「そうですか……」


少女「だから、あなたは、いなくなっちゃ、ダメよ」


執事「かしこまりました」


少女「絶対よ!!」


執事「はい、わかっておりますとも」


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