第2話 上官
八人目の敵を殺してから数時間後、私は上官に呼ばれた。
何事かと思い、上官のいる部屋へと向かう。向かっている途中、数人の男性兵士に絡まれたが、上官からの呼び出しだと伝えるとぎょっとした様子でそそくさと去って行った。
“上官を怒らせたものに明日はない。”
そう噂されるだけのことはある。昨日も一人殺されたらしい。
大切な戦力が減るので今すぐにやめていただきたいものだ……。そんなことを考えているうちに上官の部屋の前に着いた。失礼の無いように軍服のしわを数回叩いて伸ばし、靴に泥はついていないか、拳銃や手榴弾などの武器は持っていないかを確認する…………まぁ、大丈夫だろう。
確認を終え、扉の前に立っている屈強な兵士に声をかける。
「名を名乗れ」
「パル=ジェルシャであります。上官殿の命により、参上しました」
背筋をピンと伸ばし、敬礼すると目の前の男はうなずきも、首を振ることもせず、「失礼の無いように」とだけ言い扉の前から退いた。
扉を二回ノックし、声をかける。
「どうぞ」
意外にも優しい声が返ってきて驚いたが、気にせず扉を開ける。
「失礼します」
「こんばんは、パル=ジェルシャ。君と会うのは初めてだね」
「え、あ……はい」
年は五十代後半といったところ……なかなか立派な腹太鼓をお持ちで。
「それでどのようなご用件で私をお呼びに?」
「ふふ、君はせっかちだね。まぁ、そこに座りなさい」
そう言いながら上官は目の前のソファを指さした。
要件だけ伝えてくれればそれでいいのに……。正直面倒くさいが、上官の命令に背くことはできないので渋々座る。
なかなかに座り心地のいいソファだな。いつも硬いコンクリートの床に座ってるから余計にそう思う。
「それで君への要件なんだけどね……」
なんだろう。もっと敵を殺せだの。裏切り者がいないか捜せだの言われるんだろうか。
「この間僕らが占領した土地があっただろう?」
「あぁ、ありますね。もう奪還されましたけど」
「そこに行ってほしいんだ」
「……は?」
「分かってるよ、君の言いたいことは。でも君にしか頼めないことなんだ」
「何のために?」
全くもって意味が分からない。どうしてあんな敵がいるところにわざわざ足を運ばなければならない。
自分が今どんな顔をしながら上官に向き合っているか分からないが、恐らく険しい表情をしているだろう。
「実はね、まだ僕らが占領していたとき、ある家に前々から爆弾を仕掛けていたんだよ。再び敵が攻めてきた時のためにね。でも起爆するためのスイッチをあろうことかその爆弾の横に忘れてしまったんだよ。だからそのスイッチを見つけてきてほしいんだ」
お前は……アホなのか?
思わず口にしてしまいそうになるのをぐっとこらえる。どうして今更そんなところへ?放っておいたらそのうち敵が勝手に自爆してくれるだろ。
というか、そんなにそのスイッチがほしいならお前が取りに行けばいい。
「失礼ですが、納得できません。そもそもなぜ気づかなかったのですか?」
「僕も早めの段階で気づいてはいたんだけどね。別の兵士に取りに行かせようとしたところで、ほらあの戦車」
「H421……」
「そうそう。H421の攻撃が始まって取りに行けなくなったんだよね」
「なら私も取りに行けません。その別の兵士が取りに行けなかったんですから」
「いやいや君にしか頼めないと言っただろう? 君は隠密行動がとても上手じゃないか」
そんな理由で……。
「いくら隠密行動がうまくてもこれとそれとは__」
「僕の命令が聞けないと?」
突然、悪寒が全身を襲う。
上官の目つきが変わった。するどく、冷たい目つきに。
声が出せなくなる。体が震える。
「……い、きま、す」
「ふふ、分かってくれたみたいだね。よろしく頼むよ」
上官の目つきが柔らかくなると私を縛っていた何かがスルスルとほどけていくようなそんな感覚に襲われた。
……一刻も早くここから出ないと。
重い足取りで私は部屋を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます