第33話 32 驚きの珈琲
狭い部屋に戻ると、私は小さなちゃぶ台に、買って帰った綺麗な布をかけてみた。
台所も綺麗に掃除して、洗っただけの食器を、馴染みの喫茶店のマスターみたいに新しい布で一つ一つ拭いていった。
そして、これも買ってきたカップとお揃いのお皿のセットをテーブルの上に置いてインスタントコーヒーを淹れてみた。
インスタントコーヒーの粉を別の容器に入れて、お湯を注ぎ、長いスプーンでって?このスプーンも何か名前があるのだろうか?
先に丸いものがついているが・・・。
お匙になっていない・・・。
などと思いながら珈琲カップにインスタントコーヒーを注ぐ。
「美味い」
と声が出た。
すると向こうから声がする。
「おう、ホットコーヒーか」
「え、はい、インスタントですけど」
「ワイの分、あるの?」
「勿論です」
私は別のコーヒーセットを袋から出すと、台所で綺麗に洗い直し、丁寧に拭いて、珈琲を温め直して、ぺペンギンさんように買ったデミタスに珈琲を注いだ。
「おう、いつものインスタントやのに美味い、ような気がする」
「珈琲、飲めるんですね」
「酒飲めるペンギンが、珈琲はあかんて、ちょっとおかしいやろ」
「好みもありますから」
「どんな変化があったんや」
「え?」
「こないなシチュエーション作るって、なんか理由があるんやろ?」
「ああ、それ、ですか。いつも行く喫茶店のマスターにシチュエーション作りも大切だって教えられたことがあって、今日、やってみようって思ったんです」
「その喫茶店って、この町で一軒しかないあの喫茶店か?」
「ええ? ご存じだったんですか?」
「存じるも存じないも、あの店のマスター、銀座でも有名な店やっててんで。お前、それ知らんと行ってたん?」
「そんなこと、知るわけないじゃないですか」
「そうかぁ。で、あそこの店の可愛いウエイトレスさん、あのマスターのお孫さんや」
「何で知ってるんですか!」
「うん、ワイ、馴染みやから。あの子な、可愛いけど、自閉症やねん」
「何処まで知ってるんですか!」
「両親がちょっと特別でな、勉強せいとか煩い存在でな、成績落ちたらご飯抜き、とかするねんで。ちょっとおかしいやろ? 学校での苛めも加わってな、マスターが無理やり両親から引き取ってな、その頃には自閉症やって診断されてたから、両親も勉強せいとか言わへんようになってたけど、今度は無視や。それで、マスター、銀座の店閉めて、この町で喫茶店始めはってん」
「あなたは誰ですか!」
「ワイか? ペンギン」
「そうじゃなくて、どうして、そこまで」
「ああ、それな。ほら、お前が腐った紐で首括ろうとしてた山、見事に紐切れて地面に激突した山な」
「余計なことは言わなくていいです」
「いや、余計なことちゃうねん。あの山な、ワイはマスターと一緒にしょっちゅう登りに行っててん。で、あの山小屋は銀座で儲けてはった時に、地主さんに許してもうて建てはってん。勿論、地主さんもマスターの珈琲のファンでな、東京行った時は必ず喫茶店で珈琲飲む人でな」
「ちょ、ちょっと待ってください。どんな話の展開ですか?」
「ええ、分からん?」
「分かるとか分からないの問題ではなくて、あなたは一体誰なのですか?」
「ワイ? ペンギン、知らんかった?」
私は、既にインスタントコーヒーの味さえも分からなくなってきた。
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