第25話 24 最後のお弁当
葉子さんとは作業所内で時々会うが、今まで通りの挨拶で終わる。
笑顔を見せてくれるけど、ぎこちないような気がする。
私が勝手にそう思っているだけなのかもしれない。
息子さんが発熱した三日間で何かがあったような気がする。
何があったのだろうか?
これも私の思い過ごしなのであろうか。
いく日も、そんな日が続いたある日。
私は真っ直ぐにアパートへ帰らずに、ぺペンギンさん用の鮮魚を買いに、此の街のメインストリート、僅か10メートルくらいの商店街に寄ろうと歩いている時だった。
後ろから私を呼ぶ声がする。
葉子さんの声だと分かったが、私はわざと無視して歩いた。
葉子さんは、すぐ後ろまで来ると私の肩を叩いて前に出た。
「やっと追いついたわ」
「あ、済みません。考え事をしていたもので」
私は嘘をつく。
「そうなの、考え事してると周りに気づかないこともあるよね。ねぇ、少しお話ししない?」
「僕は、何も話すことはありませんけど」
「私が話をしたいの、聞いてくれない?」
「それは構いませんけど」
そう言うと二人並んで無言で歩いた。
商店街を過ぎると、商店の裏側に小さな公園がある。
ブランコと滑り台しかない小さな公園の隅にある小さなベンチに二人で腰掛けた。
あたりは暗くなって来ている。
電灯も無い暗い公園は、二人で座るには寂しかったけど、周りからは見られないのが好都合でもあった。
私は、急いでポケットから煙草を出すと火を付けた。
葉子さんは上着のポケットに両手を入れたままじっとしていたけど、ポケットから手を出すと2本の缶珈琲を持っていた。
「これ」
と言って一本を私にくれた。
私は、ありがとう、と言って受け取った。
気まずい思いは私だけなのだろうか?
私は堪らず、
「煙草は?」
と聞いてみた。
「うん、やめたの」
「そうなんだ。どうりで喫煙室でも会わなくなった筈だね」
「うん、ごめんね」
「煙草なんて体に悪いだけだから、謝ることなんてないよ」
「そうじゃないの。お弁当、作らなくなって」
私には、ほんの少しだけ期待していた言葉があった。
それは、作らなくなって、ではなくて、作れなくなって、だった。
作れないことに理由があったなら、何と言われても笑いながら、ありがとうって言えたのに。
「いいよ、そんなこと」
と言った。
「実はね、私、結婚するんだ」
「え」
「休んだ理由ね、子供が熱を出したなんて嘘。少し前から付き合ってた彼氏がいてね、その人が両親にあって欲しいて言って来たの。生まれは四国の人よ。海の向こうの人」
「そうなんだ。憧れの海の向こうに行けるんだね」
「うん、此のこと誰にも言ってないの。遼ちゃんだけには伝えたくて」
「うん」
「あのね、お弁当作ってあげたのって、遼ちゃんのこと気になってたからなの。いつも暗い顔して、たまに食堂で会ったら、おにぎりひとつだけを食べてて、ほっとけなくなっちゃたんだ。その時から彼氏はいたんだけどね、お弁当くらい作ってあげても浮気にはならないんじゃないかってね。でも、婚約してしまったら、いくら何でも、それは駄目だろうと思ったの。御免なさい」
「いいよ、そんなこと」
「良く無いよ、そんなことじゃない。遼ちゃんが私のこと好きだって分かっていたんだもん」
「だから、そんなことないって」
「馬鹿だね。そんなんだから・・・。もっと素直になりなさいよ。素直になってくれないから・・・」
「素直になっていたら、何かが変わってたのかい」
「そう、そうね、分からない」
「・・・・・・・。」
「私ね。絶対に幸せになるんだ。そう決めたの」
「うん」
「だから、遼太郎も幸せになれ、頑張って幸せになるんだ」
「うん」
葉子さんは、そう言うと、自分の缶珈琲を一気に飲み干した。
そして一週間後に退社した。
葉子さんが寿退社だっていうことは、葉子さんの言った通り誰も知らなかった。
葉子さんが働く最後の日、食堂の冷蔵庫に入れておいたおにぎりの横にお弁当があった。
いつもの緑のハンカチに包まれて。
私は胸がいっぱいになり、食べることができなく、アパートへ持って帰った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます