第17話 16 思い



 ぺペンギンさんには、いろいろな話をしてきたと思う。

しなかった話もたくさんある。

それは隠したいからじゃない。

話があちこち飛んでいって、纏まりが無くなるからだけ。


 いっぱい話したい事があるのに、関連性も何も無いから話さなかっただけ。

私は何を考えているのか?

ぺペンギンさんには、何んでも話せる?

信頼?

そんな言葉が世の中に存在していたような気がする。


 私は、そんな事を考えながら出勤する。

そして、いつものようにお菓子の箱詰めをする。

子供達のために?

だんだん分からなくなってくる。


 そう、自分の為だ。

自分って誰?

誰かのために?

やっぱり分からない。

分からないんだ。

そんな生き方は駄目なのか?

良いじゃないか。

満足できていたんだ。

それで良いじゃないか。

満足って何?

そんなことを考えながら作業を進めていると、


「遼太郎君? どうしたの」


 葉子さんだ。


「いえ、別に何も・・・。」


「なんだか浮かない顔してるわよ。てか、いつもの顔か? 違うな、いつもより暗い」


「仕事は仕事と割り切っていますから」


「そうなんだ、そうかもしれないわね」


 葉子さんは、そう言うと自分の仕事に戻って行った。


 此処には定年退職後のおじさんや、中年の主婦ばかりが働いている訳ではない。

若い人間もいる。

と言っても二人だけだが。

私と葉子さんだけだ。


 彼女とは休憩時間に喫煙所で会う事がある。

葉子と書いて、はこ、と読むらしい。

葉子、つまり、はこさんは私よりも年下だが、よっぽどしっかりしているように思う。

人生経験?

それに尽きるかもしれない。

彼女は若い時期に結婚して、子供も居てるらしい。

夫と呼んでいた男とは離婚して、今はシングルマザー、子供と二人暮らし、らしい。


 年齢が近い者同士、適当な話をする。

深い話はしないが。

でも、葉子さんは、自分のことを何んでも喋る。

私とは違う明るい性格。


 ひび割れが見える小さなアパートの小さな部屋に帰る。

ベルのようなお椀の上に、これもまた小さな冷蔵庫の冷凍室から氷を三つだけ取り出して、お椀の上に載せる。

生魚は昨日買っておいた鯛の刺身。

三枚とって、ぺペンギンさんサイズに包丁で切って、もう一方のベルのようなお腕に載せる。

仕上げは上場だ。


 すると背後でタバコの匂いがする。


「よう、お帰り」


「目覚まし時計から出ていたんですか?」


「おう、見てみ、今日は夕焼けが綺麗やな」


 ぺペンギンさんが腰掛けていた窓際の向こうに、山が赤く燃えている。


「本当だ、綺麗だなぁ」


「せやろ、世界は喜びに満ちているんやなぁ」


 そう言うとぺペンギンさんは、紫の煙を吐く。


「今日も葉子さんとお話ししましたよ」


「ああ、葉子ちゃんな」


 ぺペンギンさんは、あったこともない葉子さんを気軽に、ちゃん、付けしている。

ぺペンギンさんらしいと思える。

この人?このペンギンさんのそういうところが、人の心を開かせるのであろうか?

やっぱり、この人も私とは違う。


「何んか、ですね、暗い、って言われました」


「普通に当たってる」


「ですね、てか、いつも以上に暗い、って」


「それ以上暗い顔してる奴は見たこともないけど」


「ええ、何んだか、葉子さんには気持ちを見透かされているっていうか、人生経験、なのかな?って」


 ぺペンギンさんは、煙草を燻らせるのをやめると、お刺身を食べながらシングルモルトを飲み始める。


「人生経験な」


「それです。私よりも若いのに人を見る力があるっていうか、そんな気がします」


「まぁ、そう言うこともあるわな。人は若さとか年寄りとかで決めれるもんちゃうところがあるからな」


「そう思います」


「要するに経験の数やない、って言うことやね」


「そうでしょうか? 生きてきた年数で決まるものではないと思っています。でも、そこにはたくさんの経験がなければいけないと思うんです」


「当たってるようで、遠いな」


「どう言うことでしょうか?」


「経験は数やない。経験は考えた数や。感じた思いや。どんな小さいことでも、どんな大きなもんでも、感じ、思い、考えた奴だけが身につけれるもんなんや」


「でも、経験数が豊富だから、それをできるんじゃないですか」


「経験ってな、そない簡単なもんやないねん」


「少ない経験でも、一生懸命に感じ、考えた奴だけが、そこから脱出できるんや。成長、それはな、確かに数も大切かもしらん。でもそれを一つ一つ解決してきた奴、いや、解決できんでもええねん。解決しようと努力してきた奴だけが経験として身につけることができる。それを成長って呼ぶんやないかな」


「そんなものですか」


「お前は、自分の事、葉子ちゃんに何んにも話してへんやろ? 葉子ちゃんは、どうや? お前と逆やろ? その話を聞いてどう思た? 経験豊富な人やなぁくらいか? それは、ちゃうやろ。それだけ苦労して生きてきても、笑顔を忘れんと生きてる。一生懸命生きてきた人やからこそ出来ることやと思わへんか? お前が苦労してきてないって言うてるんちゃうねんで。その辛かった出来事を越えられてない。せやし、暗い顔して生きてるんちゃうかな? もう一回、満足って何か? 考えてみてもええんちゃう?」


「ぺペンギンさんは、何に満足して生きておられるのですか?」


「ワイは、煙草とシングルモルトがあれば充分に満足なんよ」


「そんなもので満足して生きて良いのですか?」


「お前なぁ、誰に向かって言うとんのじゃ! 今すぐにロープ持って木にぶら下がってこいや!」

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