第14話 13 希望
私は、ぺペンギンさんが何を言いたいのか分からなくなり、尋ねてみた。
「そろそろって、何がですか?」
「うん、せやね。このままでもええねんで。でもさ、欲しい物とかないん?」
「ありませんよ、このまま、生きていければ、それだけで十分です」
「ええことやと思うよ。何も望まず、現実を受け入れて、文句は言わず、淡々と生きて行く。素晴らしいな」
「ですよね」
「で、お前さ、いつ頃、出家するつもりなん?」
「え?」
「うん、その素晴らしい生き方で、このまま入山して、悩める人々を救う、ええね。お前のこと見直したわ」
「え、あの、誰が出家するんですか?」
「え、お前ちゃうの? 出家するんやろ?」
「誰が、そんなこと言いました?」
「嘘やん? 出家するからこそ、そないな生き方してはるんちゃうかったんですか?」
「いったい誰の話をしているのか分かりませんけど」
「あら? おかしいな? 人は誰かの為に生きてるもんやとばかり思うてたけど? うん? 違うか?」
「あの、それ、誰の話ですか? 出家するとか、人のために生きるとか?」
「ああー、せやね、お前は今、自分のためだけに生きてるんやもんね。それでええねんで、子供達が喜ぶようなお菓子を箱に詰める。これって子供達のためにもなるしな」
「あのー、そんなつもりなんて毛頭ありませんが?」
「ええ! そんなつもりもなしにお菓子を箱に突っ込んでたん? びっくりしたわ」
「ええーとですね、何を仰りたいんですか?」
「なぁ、人って何歳まで生きる? お前の年齢やったら後五十年は生きて行くと思うねん。喩えばやで、箱の中にお菓子の入った袋を詰めて行く作業、これを誰かがやらんと出荷することがでけへんようになる。それはそれで素晴らしい仕事や、間違いないと思うよ。でも、その作業をしている周りの人を見てみ? ほぼ全員が定年退職したおじさんや、家計を少しでも助けようとしてる主婦やないか? みんな、理由があって、その仕事をしてると思うねん。退職金だけでは、この先不安があるとか、少しでも家計に余裕のある生活をしたいとかな? で、お前はどうよ? みんな自分のために生きてる。当たり前のことや。でもね、その向こう側には、家族があって、その家族のことを思うて働いてる場合が殆どちゃうかな、って思うのよ。で、もう一回言うけど、お前、出家する?」
「・・・・・・。」
「今の落ち着いたお前の生活に水を刺そうなんて思うてないで。お前はどうよ? って聞きたいだけなんや」
「このまま生きていければって思ってます」
「うん、ワイ、さっき出家するつもりか?って聞いたよな? 人は誰もが自分のために生きてる。否定しようと思てるわけやないねん。でも、それだけで、ええんやろか? 疑問に思うたことない? 多分あると思うねん。でないと、医学部目指したり、受験に失敗したらしたで看護大学に目標を変えて、病院で働いた時期はなかったんやないかと思うねんけど、どう?」
「それは・・・」
「うん、黙って聞いてな。今のお前は、傷つくことを恐れているだけにしか見えへんのよ。せやからこそ、言うてるねん」
「・・・・・・。」
「なぁ、挑戦せよ、って言うてるんちゃうねん。恐れるな、って言いたいねん。ワイが相談に乗ったった奴で市木清田いう奴がおるねん」
「それって、小説家の?」
「そうや、芥川賞を取った奴や。どうしようもない奴やってんで。予備校卒業してからも、アルバイトばっかりして一文字も書かれへんのに原稿に向かって、ああでもないこうでもない、言うてるばっかりやってん。ある日、結婚してな、そりゃーもう可愛い子でな、気も良うてな。ただ、子供の頃は、お前と同じように親から虐待を受けてたような子やってんけどな。それでもよう頑張ったと思うよ。で、清田の話やねんけどな、結婚したら、それは家族を持つ言うことやろ? あいつ真面目な奴やったから頑張りよってん。でもな、頑張ったんはええねんけど、頑張りすぎて潰れよったんや。それを助けたんが、あいつの奥さん美咲っていう子や。自由に生きてみろってな。そして、今がある。其処に辿り着くまでには、ようさんの苦労があったと思うねんで。それでも頑張りよった。けど、もしかしたら才能もないのに頑張ってたら、どん底に落ちてたかもしらん。それはワイにも分からんことや。でも、あいつやったら、小説で失敗しても別の何かを求めて動き出してたと思うねん。それを、希望、って人は言うんちゃうかな?」
「・・・・・・。」
「ええか? 恐れるな、それだけを言いたかっただけやねん」
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