第10話 9 自死



 虚しかっただけなんだ。

けど、空虚、そんなものじゃない。

虚無、その方があっているのかもしれない。

でも、言葉じゃないんだ。


 妹が老犬を抱きながら私を呼んでいる夢が続く。

呼ばれているのか?

そっちの世界には行けないんだ、そうは言えなかった。


 大切な妹だった。

両親からの迫害を二人で肩を合わせて耐えてきた。

妹の肩が震える。

私はもっときつく妹の肩を抱く。


 両親の居ない日曜日。

母は働きに出ている。

父は博打に現を抜かしている。


 二人きりの日曜日。

犬小屋から連れ出し部屋の中に入れる。

二人で犬と戯れる。

お腹かが空けばインスタントラーメン一袋を二人で分ける。

上手くいけば、昨夜の米が残っている時もある。

米は二人と犬とで三等分する。


 辛い時も安らぎの時も二人で過ごしてきた。

隣には、いつも犬が居た。


 そこへ行けば、此の世界とおさらばすれば、お前達に会えるのか?

そう思うと今を生きている意味が分からなくなった。

そもそも産まれ落とされたこの世界に存在価値があるのか?

疑問はさらに深い疑問を連れてくる。


 死んでみよう、そう思った。


 それなのに、私は今、訳のわからないペンギンと山奥の小屋の中で共に息をしている。


「随分な言い方やな」


「私は、死ねなかった」


「そりゃそうやろ、あんな紫外線で乾涸びたようなロープで首括ろう思うたんが、そもそもの間違いやしな」


「死ぬのにロープの質なんか関係ないじゃないですか」


「それが有るねんな。お前、ワイが自死の邪魔をした、そう思うてへん? ワイ、ただの通りすがりの者なんですけど? 汚いロープが千切れ落ちてて、そのお隣で気ぃ失った汚い男が倒れてた、それだけのことなんですけど」


「え?」


「お前、本気で死ぬ気あるの? まぁ、本気で死のう思うてる奴がロープの質に拘わったりすることはないと思うけど」


「・・・・・・。」


「それにな、その夢に出てきたんは、ほんまに妹と犬やったと思うてるの? 聞くけどやぁ、お前が、めっちゃ妹のことを思うてたんは分かったよ。それでもさぁ、妹もその気持ちを共有してたとは思われへん? 犬でさえもや。ほんまに相手のことを思うてる心って言うか魂みたいなもんがやで、その人の命を奪ってまで会いにきて欲しいと思うかな?」


「それは違います。妹は、私の苦しみを理解して、早くこちらに来て安らぎの中で過ごしなさい、そう思ってくれたからこそ、私を誘いに来てくれたんです」


「そうかぁ。もしそうやったら、妹さんは浮かばれてへんな。地獄からの誘いや。お前の妹さん自身が寂しいから、お前に来て欲しいって誘てるんやと思うよ。でも、安心したらええ。妹さんは、天国で静かに暮らしてる、間違いない。但し、お前らの言う天国いうところが存在するならやで。考えてもみてみ? ほんまに相手のことを思うてるんやったら、命を捨てて此処までおいでよ、って言うと思うか? ええか? その夢は間違いなくお前が作った妄想や。妄想だけで、そんなリアルな夢を見れるか! て言いたいんやろ? な?、 見るで。人は時々、自分以上の力を持つ時がある。良い意味でも、悪い意味でもな。今回は、悪い意味でや。お前が虚無の中で過ごしてる時にな、変なものが誘いに来るねん。でも、それはお前が呼んでん。お前のその心が呼んでん。人は時々、悪魔の誘いに乗ったとか、鬼に出会ったとか、変なもんが取り憑いたとか言うけど、それは自分で、その世界を作ってきたようなもんやねん。ええか? 大切なこと、それはな、人の心の中に悪魔も鬼も悪霊も住んでるって言うことや。誘われたんやない、誘って来るものを自分で育てたんや。怖れなあかんもの、それは、それを作る自分の心や」


「こんなにも、こんなに、疲れて、疲れ果てているのに、神も仏も助けてはくれない」


「残念やけど、それ、正解や。ワイらの星では、お前らの言う神も仏も居らへん。でも、この世界に、この宇宙に、とんでもない巨大なエネルギーが存在することは事実や。その人智を超えた力を神とか仏っていうんやたっら、そうかもしらん。その力は、助けてくれるもんやないねん。今、目の前にある困難をどうやって解決するかを見てるだけやねん。解決できたら拍手喝采をする代わりに、次の障害物を与えてくる。でもな、振り返った時にスッゲー成長した今の自分を知ることができる。この星の誰かが言うたよな? 温故知新、やろ? それな。せやし、創造主っていうんかな? 助けるどころか、誘うって? どういうこと? ちゃうねん。でもな、救いはある。そのためには生きて生きて生き抜かなあかんねん。お前の場合を教えたろ。何らかの障害に潰されて倒れたんやなくて、生きる力、夢とか希望とか、一切無くして、歩くことも出来ず、道端で転がって、このまま動かずにいられたなら、ってな。そうやって屍になることを望んでるだけやないか? 万が一哀れみを感じた何者かがいても、助けてあげようと思えるやろか? そないなもん、気持ち悪がって誰も手ぇだそうなんか思うわけないやん。そろそろ暗なってきたし、そこの戸棚に非常食が置いてあるねん。それ食って今晩は此処で休もうやないか」


「あなたは?」


「ワイも食べるよ?」


「いえ、その・・・」


「ああ、名前か、この星の人間は、ワイのこと、ぺペンギンって呼んでるな」


「ぺペンギンさん・・・。 私は、山本遼太郎、です」


「遼太郎、飯食ったら、休め」

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