第8話 7 青年期
高校へ入った。
入学式が始まるまでの間に空手道場に通った。
理由は簡単、苛められたくないから。
力さえあればと思っていた。
ピアノを覚えた。
近所に住む大学生が教えてくれた。
空手にピアノ、高校からは人生が変わるかもしれないと思えた。
空手は暫く続けることができた。
いじめを不憫に思ってくれた友人が居て、彼の父の道場に無料で行けたから。
勿論、其処にも苛めはあった。
苛めを受けていた彼には申し訳ないが、自分ではなかったことに安堵していたのは本音だ。
暫くして、彼は道場を去った。
私にとっての彼は、暫く道場に通って去って行った。
それ以外に何の記憶も無い。
ピアノは少しだけやって、すぐにやめた。
家にピアノは無い。
買ってもらえるような代物でもない。
空手は、習って良かったと思っている。
苛めはなくなった。
ピアノは、それでも弾きたいと思う日があった。
此の頃からアルバイトを始めた。
貯めたお金で安いキーボードを買った。
私は最初で最後になるかもしれないような笑顔で音楽に夢中になった。
作詞作曲もやってみた。
自分を表現できる世界をやっと見つけられたような気がした。
できた曲を芸能事務所に送ったこともある。
一度も採用された事はないが、私の世界を伝えたかった。
それだけで、自分自身の表現ができるだけで、生きている場所を見つけられたような気がしていた。
然し、絶頂期には何かが襲ってくるものなのです。
交通事故に遭った。
今でも左手に少しだけ麻痺が残っている。
そこには、さらに酷いことがあった。
それは、久しぶりに妹と一緒に犬の散歩に出た時の出来事だった。
犬を繋いでいたリードが妹の手から離れ、犬は走り出した。
妹が犬を追いかける。
私も妹と犬を追いかける。
出会い頭だった。
二人と犬が車にぶつかった。
私達二人は病院に運ばれた。
犬はどうなったのだろう?
妹は生きていると思っていた。
私が生きているのだから、てっきり妹も生きていると思っていた。
それは、とんでもない勘違いで妹も犬も即死だったらしい。
私は音楽をやめた。
できれば生きることもやめたかった。
あの辛い時期を、一緒に生きてきた本当の家族。
幼い妹、妹が大事にしていた犬。
全てが一度に無くなった。
・・・・・・・。
ただ、勉強だけは続けた。
こんな出来事がきっかけで、医者になろうと思ったから。
残念ながら受験した医学部は全て相手にしてくれなかった。
私は看護大学に入学できた。
「そうやって頑張った日々もあるやないか」
「はい、頑張った日々もありました」
「そうやって生きてきた日々を思い出して、また頑張ろうとは思われへんかったんか?」
「はい、不幸は、短い幸せの時に突然やってきて全てを失わせます。そして辛い日々は、また永遠のように続いていきます」
「そうやな、そうかもしれん。でもな、お前? そんな時期を超えてきたから今を生きてるんちゃうの?」
「自分でも頑張ったのではないかと思っています。空手をやったり、そりゃもうきつい修行の日々でしたし、音楽をやっていた頃も良い曲ができなくなって悩んでしまったり、精一杯頑張ってきました。それと・・・」
「ほう、それと?」
「それとですね、その頃には女の子に告られたこともあるんです。でも私、そんなことって今までで一度も経験したことがないし、どうしようかなって・・・」
「良かったやないか。それが人生ちゃうの」
「はい、とても可愛い子でした」
「ちょ、ちょっと待ってくれへん。お前さ、ペンギンが促すままに喋ってたら、何か調子に乗ってきてへん?」
「済みません・・・。そうでもないのですが・・・」
「また、寂しそうな顔になってきたな」
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