第16話 野球とサッカー


 リングに一陣の風が吹いたかと思うと、俺の目の前にまるで瞬間移動をしたように西山が現れる。


 同時に蹴りシュートの動作に入る西山、その視線は俺の両足へと向けられていた。


「まずい! 足を上げてガードしろい!!」


 セコンドのクマのオッサンが身を乗り出して叫ぶ、これ以上ローキックを貰ったら本当に足は動かなくなるだろう。


「させっかよ──ッ!」


 飛んでくる西山の右のローキックに対して、俺は左足を上げて受けようとする。


「甘い────」


 西山の右足が俺の左足に当たった瞬間であった、俺は奴の蹴りを完璧に受けたと思った矢先、いきなり体が右回りに宙を舞いながら回転したのだ。


「うおおっ──!?」


 俺はバランスを失い、そのまま地面へと落下する。


「ど、どうしたんだ!!??」


「──インサイドキックだわ……!」


 間近で見ていたオッサンもわけがわからぬ状況だが、洋子はその西山の蹴りの種を見破った。



 サッカーのシュート、いわばキックには様々な蹴り方がある!


 今まで西山が東谷を蹴る際に使っていたキックの種類は、『インステップキック』!


 インステップは足の甲で打つ威力重視の蹴り、それは相手を倒すにはもってこいの蹴り方である。


 しかし、今放った西山の蹴りはインステップでは無く──『インサイド・・・・・キック』!


 インサイドとは足裏の土踏まずでボールを浮かす様に蹴る技術!


 西山はそれを東谷がガードした左足のすねめがけて放つ、土踏まずが東谷の足にフィットするように当たると、相手を浮かすような蹴りで東谷の体を回転させたのだ!


「まず──っ」


 非常に危ない状況、まずいと思った俺は倒れた体を起こそうとした瞬間──無慈悲の蹴りが飛んでくる!



『サッカーボールキック』──!



 バチィィィィィンッッッッ!!



 西山の左足の渾身の蹴りが俺の胴体へと当たり、肉が弾けるような音が高く轟く!


「〜~〜~〜~ガ……っ」


 呼吸さえ出来ぬ痛みが体を襲う、だが──俺はその痛みと引き換えに西山の左足をがっしりと片腕で掴んでいた。


「ケンちゃん!」


「拳坊! チャンスだあ!!」


 俺は右手で西山の足首を掴みながら立ち上がる。


「……たいしたもんだ、頭を狙ったんだが胴体で受けてキャッチするとはな。さしずめ"肉を切らせて骨を断つ"と言ったところか」


 足首を持たれた西山だが、その冷静さは失わない。素直に東谷を褒めると、他人事のように鼻でため息をもらす。


「……はあ、はあ、はあ……やっと、捕まえたぜ……!」


 反撃の時! 俺は掴んだ奴の足を引っ張りながら、渾身の左ストレートを放った!



『マッハストレート』──!!



 豪速球の如き左腕が伸びる! 狙うは顔面、そのキザな顔をキャッチャーミットに見立てて豪腕が飛んだ!



 バキィッッ──!!



 ────めり込んだ。



 攻撃が、顔面に食い込むようにめり込む。




 そして、深くダメージが貫かれ、倒れたのは────『東谷』であった。



 カンカンカンカンカン──!


 試合終了ゲームセットのゴングが鳴った。


「決着──ッ!! 勝者──『西山 蹴』!!」


 レフェリーがリングに立つ西山の腕を取り、勝ち名乗りを上げた。


「け…………拳坊──!!」


 熊三の叫びは届かない、東谷はすでにリングに伏し、その意識は無かった。


 東谷の顔の側面には大きなアザ・・がついている。


 一体なにが起こったのか──?


 それは瞬時の出来事であった。東谷の『マッハストレート』は偽りなく西山の顔面に当たる筈だった。


 だが、西山は自身の足首を持たれた不安定な状態にも関わらず、ふわりと浮くように地に付いている片足を宙に放る。


 浮いた片足はそのまま鋭いやいばへと変わった。


 例えるなら格闘技で言うところの『胴回し回転蹴り』に近い、西山は宙で身を捻りながら足の甲インステップで東谷のボールを蹴ったのだ。


 東谷のマッハストレートはリーチ差で届かない。体勢不利の状況だったが、一瞬の攻防で西山は勝利を勝ち取ったのだ。


「ケンちゃん…………!」


「洋子ぉ! 濡らしたタオルだ! 急げ!」


 リングに南方親子が入って東谷の看護をする。リング下ではサッカー協会関係者が笑みを浮かべながら握手を交わし合い、野球協会各人はがっかりと肩を落としてうなだれている。


 今宵、世間の目に触れることなき野球とサッカーの試合結果は、サッカーへと軍配が上がった。


 西山はその勝利を喜ぶ事もなく静かにリングを下りると、そのまま廃ホテルの出口へと真っ直ぐに向かう。


 外に出た西山は怪しく空に浮かぶ満月を見上げながら、自身の目標にまた一つ近づいた事に少し安堵をした様な表情をした。


「────!」


 胸に痛みが走った。覚えのない痛み──いや、そうかこれは……あの時・・・のものだ。


 あの野球のあいつのパンチをマルセイユ・ルーレットで躱した時だ。


 奴のパンチを完全に殺して軸に回したつもりだったが、どうやらわずかにダメージが通っていたらしい。


 西山は少しだけ『やるな』と思った、これがクリーンヒットならどれだけの威力だっただろうか。


 外国の強豪国と試合した際に感じるような、そんな凄み・・をその胸の痛みから感じた。


 そしてこれは始まりにすぎない──本トーナメントは自分のような信念の炎を燃やすものが待ち構えているだろう。


 西山は静かな夏空に浮かぶ満月を強く睨むと、この先の厳しい闘いに勝利ゴールを定めた──。










 日本プロサッカー協会代表──『西山 蹴』、スポーツマンバトルトーナメント出場決定────。






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