第8話 プロテスト
──都内某所、プロテスト会場。
広めの体育館のような場所の中央には、
引き締まった身体を持つ全員がシャープな筋肉を纏い、本日に向けてその拳を
彼等はシャドーボクシングをしながらアップに
「よし……! アップはしっかりとやっとけよ拳坊、ションベンは済ませたか? ストレッチは万全か? 朝飯食ったか? 爪は伸びてないか?」
「何回同じこと言うんだよ! はじめてのおつかいか! さっきから大丈夫だって言ってるだろ!」
周囲の熱気とは裏腹に、やけに落ち着かないクマのオッサンがそこにはいた。
「もうお父さん心配しすぎよ、どうしたの?」
「なんだかよう……やけに嫌な予感がするんだ。朝から下駄の鼻緒は切れるわ、自転車はパンクするわ、黒猫が前を横切るわ、ションベンが便器からはみ出るわで……」
「いや最後の汚ねえな!」
俺は思わずツッコミをいれる。今日が大事な日なのはわかるが、どうにもオッサンは気が気でないようだ。
「はあ……お父さんって変にジンクスとか気にするタイプなのよね。ごめんねケンちゃん、気にせず頑張って!」
「おうともよ! ……それで、プロテストってただ勝てばライセンス貰えるの?」
無知な俺に洋子ちゃんはふふ、と笑うと俺に説明してくれた。
「そうねプロテストは実技を測るから、これからケンちゃんはリングで戦うことになるわ。基本的な技術と体力さえあれば合格は必至よ!」
「へーなんか思ってたよりも簡単そうだな」
俺は首をコキコキと回しながら、楽勝といった感じでストレッチする。
「ボクシングのプロテストの合格率ははっきり言って"高い"。よほどのヘボじゃなきゃ受かる寸法だ。だがな、油断は禁物だぞ……実力はあっても運悪く相手が強かったりして、何もできずに本来の力が発揮できなく落ちる奴も少なからずいる。だからケツの穴引き締めて行けよ」
オッサンがギロリと睨んで言ってくる。
「はいはいわかってるよ。ノーアウト満塁くらいの気持ちでやれってことだろ、腕がなるぜ」
腕をぐるぐると回しながら俺は答える。しかし、自分としてもこういった形式のあるテストのようなものは初めての経験だ。
プロ野球はドラフトで指名され入ったから、俺はこうした角張った"プロテスト"というものに少しだけわくわくを覚えていたのかも知れない。
「えー、お待たせしました。それでは実技のテストに移りたいと思います。名前を呼ばれた方はリングに上がって下さい」
スタッフの呼びかけが始まると、周辺の空気が一段とピリついた。緊張感と闘志が混じった、俺にとっては半年前まではマウンドで味わっていた感覚、どこか懐かしくも得難い──心が勇むような雰囲気だ。
最初に名前を呼ばれた選手二人が、ヘッドギアをつけてリングに上がる。ゴングが鳴ると、落ち着いた立ち上がりから後半に向けてギアが上がるように鋭い殴り合いが続く。
やがて1ラウンドが終わり、2ラウンドが始まると今度は初手から互いに猛攻が繰り広げられ、終了のゴングが響くと両者は満身創痍といった感じでリングを降りた。
「おお~……初めて他人のボクシング試合を見たけど、中々に迫力あるな」
「そうよ。プロテストは2ラウンドで終わりだけど、プロになればもっとラウンド数の多い試合になるからこれ以上の激闘になることが多いわ。だから筋力だけじゃなく、ロードワークのようなスタミナトレーニングも必要なの」
洋子ちゃんがトレーニングの重要性を説くと、隣でクマのオッサンがうんうんと頷いた。
「次──"東谷拳"選手、"
試験官が俺の名前を呼ぶ。
「おっ、もう俺か!」
「拳坊! 教えた通りやるんだぞ! ちゃんと試合の組み立てを意識しろよ!」
「頑張ってねケンちゃん!」
グローブをバスバスと打ちつけあって、俺は意気揚々とリングに上がる。
そんな俺とは反対に相手は涼しい顔をしながら、
相手の歳は俺より少し下くらいか? 気合の入ったウルフカットでバランスのいい肉付き、180センチほどの高身長は俺よりも数センチ高い。スポーツのできそうな大学生と言うのが率直な感想だ。
「なんか相手の人……強そう」
「うむ……若いのに雰囲気があるな……」
リング下のパイプ椅子に座りながら様子を見守る南方親子。すると、ななめ後ろの席に座る男二人の会話が聞こえてきた。
「あらら、あの相手かわいそうだな」
「ああ、あの
その会話を聞いてお茶を飲んでた熊三は盛大に吹き出した。
「お父さん!?」
「こ、こりゃ天中殺だ……」
しかしリングの上ではもう、後戻りはできない。静かに、淡々とゴングが鳴ると、両雄ははじめの一歩を踏み出した──!
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