第131話 親族を名乗る女性

 

私が親族を名乗る女性が門に来ていると伝えると、ケイさまは喜ぶどころか困惑しているようだった。そして、しばらく無言で思案した後、口を開く。


「とりあえず、会ってみますね。多分、偽物だとは思いますが……」


「やはり、そうですか。 確かに従者もつけずにお一人で現れた時点で怪しいとは思ったのですが、ケイさまの親族で魔術師ならば一人旅も可能なのかもと思い直しまして……」


 今までも客人が来たという噂を聞きつけ、金を騙し取る目的で何人もの詐欺師があらわれた事はあったのだが、今回はケイさまの親族を騙ってきた事もあり、さすがに邪険にはできなかったのだった。


「ないですね。親族はこっちの世界……この世にはいないですし……」


「…………そうだったのですね。そ、それならばケイさまのお手を煩わせずとも、こちらで対処しておきます。一応、尋問をして背後関係も調べて、後でご報告いたしますね」


 ケイさまの言葉に動揺しながらも、詐欺師への対処について説明をする。聞き間違いでなければ、ご親族はすでにお亡くなりになっている? さすがに理由まではお聞きできないが……。


「…………え~と、何ていえばいいんですかね? え~と、もしかしたらなんですが、その女性はホルト師団長の可能性があるので、私が行った方が良いかもしれません。あっ! 正確にはホルト師団長に扮していた……者ですね。…………あれ? リオスさん! リオスさん?」


 私はこの一番安全ではなくてはならない領主の居城で、領主一族が簡単に危険にさらされてしまう今の現状に危機感を覚える。こんな時に旦那様がいてくれれば……。今回起きた事の報告と、帰還をお願いする為の早馬を向かわせてはいるが、さすがに今日中に戻ってくる事は無理だろう。そんな事を考えていたのだが、ケイさまが自分を呼んでいることにここでやっと気付き、慌てて返事をする。

 

「はっ! 申し訳ありません! それよりも、それが本当なら急いでパトリシア様や騎士団長さまにご報告を……」


「今回は大丈夫だと思いますよ。ニャンニャンもいますし」


「ニャンニャン?」


 その言葉で気にも留めていなかったケイさまの従魔の事を思い出し視線を向ける。すると、その頼りになるという猫はベッドの上で書物まみれになっていた。この猫が……? そこで私はやっと、ケイさまが私を落ち着かせる為に冗談を言ってくれていた事に気付いたのだった。





 ♦ ♦ ♦ ♦





 この後の大体の流れを話し合い、リオスさんは急いでパトリシア様に報告しに向かい、オレとニャンニャンは門へと向かう。そして待合室に到着すると、扉の横に兵士が立っていたので元の勤務に戻ってもらう事にする。本来ならここで部屋に突入するべきだったのだが、戦いを出来るだけ避けたいので扉をノックする。すると、中から『ど~ぞ、お入りください』と返事が聞こえてきた。


 部屋に入ると、黒髪でローブ姿の女性が涙を流しながら立ち上がり左手を差し出す。右手はマントとローブに隠れて見えないがおそらくは……。


「ああ、会いたかったよ。こんなに大きくなって」


「近づくな!」


 オレはそう言って剣を抜き、女性を牽制する。


「な、何を……わかったから乱暴はやめておくれ。私の事を忘れちまうなんて悲しいね。でも、おぼえていなくても、まだ赤ん坊の頃だったし仕方ないのかもしれないね。あんたはどんなに泣いていても、私に抱っこされると不思議と泣き止んだもんだよ。懐かしいね」


 そういう設定にしたんだ……少しおよがせて話の続きを聞いてみたくもなったのだが、被害が出てからでは遅いので、早速、決着を付けることにする。


「それで、その右腕はどうしたんだ? ニャンニャンお願い!」


「こ、この腕は――うわっ!」


 相手の返答が終わる前に、影の帯が床からのび女性に絡みつく。


「な、何を! 遠路はるばる会いに来た叔母さんに、何でこんな酷い仕打ちをするんだい」

 

「抵抗するなよ! 少しでも暴れたら今度はその首を切り落とすぞ。あと、オレに叔母はいない」


「…………わ、分かりました。分かりました。本当の事を話します。私があなたの叔母だと言うのは本当は嘘です。街でたまたま、化け物から腕を切り落としたという噂を聞いて一目だけでもみれないかと――」


 嘘は嘘を呼ぶと言うが、正にその通りの状態になっている。もう聞いてはいられないと話を遮り、最後通牒をつきつける。


「――最後のチャンスな! すべてを正直に話して、オレの仲間や知り合いに手を出さないと誓うなら、その腕を治してやってもいい。どうする?」


「…………こ、この腕を本当に治せるのか?」


 急に声色が太い男の声に変わる。それには少し驚いたが、こちらの方が上だという事を分からせる為にも動揺を隠して話を続ける。


「ああ、約束は守る。お前がさっきの条件で、契約コントラクトの魔法を使う事を受け入れるならな」


「う、腕の再接着は高位の神聖魔法か光魔法が必要なはずだ、本当にお前に使えるのか? 騙して契約だけさせるつもりだろう? 証拠をみせろ」


 それを聞いていたニャンニャンが口を開く。


「ケイさま、もう面倒くさいから、始末した方が早いのです」


「黙れ! 人族ごときにへつらう獣風情が! さっさとこの拘束を解除しろ」


「け、獣風情……」


 女性を拘束していた影の帯が口や鼻、そして、首にまで巻き付き始め、一斉に締め上げる。女性はくごもった呻き声をあげ苦しむ。


「ニャンニャン、ダメダメ! 落ち着いて! まだ聞きたい事、聞けてないんだから! どうどう!」


「はっ! ケイさま! 侮辱されてつい……ごめんなさいなのです」


「うんうん! 気持ちは分かるけど落ち着こうね」


 女性は口、鼻、首の拘束を外してもらい、呼吸を整えながらもこちらを睨んでいる。


「う~ん! 証拠ね……。とりあえす高位の魔法をみせれば納得するって事かな?」


 そういって女性の前に立ち、高位であろう魔法を目の前で発動する。

 すると、その女性は『おお、神よ……』とつぶやき、涙を流した。

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