第123話 冒険者ギルドの受付嬢

『ふう……もう、大丈夫なのです。みんな尻尾を放すのです』




 ニャンニャンは空を飛ぶ謎の人族が、かなり離れるまで待ってから四人に危険が去った事を伝えた。すると全員が安堵の溜息を吐き、ゆっくりと尻尾を放していく。




「ふっ~~っ……ニャンニャンちゃん、あれは何だったの? 悪者?」




 ルーナの質問にニャンニャンは顔をしかめ、ガタガタになった尻尾をさすりながら答える。




「悪者かどうかは、人族ではないあたちには判断が難しいのです。でも、とても嫌な魔力だったのです。これは一旦、街に戻った方が良さそうなのです」




「えっ? 依頼はどうするの?」




「…………太陽草はあといくつ必要なのです?」




「多分、太陽草は足りてるけど、角があと三本? だっけ?」




「それなら帰りに出会ったら倒して、出会えなかったら明日にするのです。それと太陽草の管理と納品は…………ルーナに任せるのです。しっかりやるのです」




「……は、はい。が、頑張ります」




「何でルーナなの?」




「それは計算が一番正確だったからなのです。ジュリアがやりたかったのです?」




「違う違う! ただ何でかな~って思っただけ……」




「……そんなことより、みんな事の重大さをわかっているのです? さっきの奴が戻ってきたら、今度は四人を守れないかもしれないのです。だから急いで荷物をまとめて、ケイさまのいる街に早く帰った方がいいのです」




 それを聞いて、やっとのんびりしている場合では無いと気づいたのか、全員が一斉に走り出した。










 ♦ ♦ ♦ ♦




 






「到着いたしました」




 御者の男は師団長の屋敷の前で馬車を止めると、御者台の後ろに付いている小窓を開き、到着を伝える。




「あ、はい! どうも、ありがとうございました」 




 中の女性がそうお礼を言って立ち上がった頃には、御者の男はすでに回り込んで扉を開け、手を差し出していた。




「はやっ! プロですね~!」




「ぷ、ぷろですか?」




 確かメイドたちから聞いた話では、このケイさまは遠方の異国から来た高貴な女性という事だった。やはり今のは異国の言葉なのだろうか?




「プロというのはですね、私の国の言葉でスペシャリスト………これも通じないか……え~と……熟練とか極めているって感じですかね。あと、これはほんの気持ちなのですが……」




「も、勿体いお言葉です……だ、大銀貨……? こ、こ、こんなに、よろしいのでしょうか……?」




 手に握らされた硬貨は、何と大銀貨であった。余りの高額な心付けに手が震える。


 


「あなたの仕事ぶりに感心させられました。どうぞ、遠慮せずに受け取って下さい」




「……あ、ありがとうございます。ありがとうございます」




 十年近くこの御者という仕事をしてきたが、これほど高額な心付けを貰ったことなどなかった。ましてや、お褒めの言葉に至っては、かけてもらった記憶すらない。何か自分がやってきた仕事が認めらた気がして胸が熱くなる。




「それじゃあ、私は行ってきますね」




「は、はい! 行ってらっしゃいませ! 私はそこに馬車を移動してお待ちしております」




「えっ? 待っていてくれるんですか? そんなに早く終わるのかな?」




「大丈夫です! 待つのは慣れていますので……」




「あ~それじゃあ……これ、パンと果実水なんですが、良かったら、どうぞ!」




「そんな……受け取れません! 心付けも頂いたというのに……」




 その時、タイミングよく男の腹がグゥ~っと鳴る。一瞬、時が止まり、そして二人の笑いと共にまた時が動き出す。




「ほら、お腹すいてるんじゃないですか~。お腹が空いていては最高の仕事はできませんよ」




 そう言って、ケイさまは無理やりパンと果実水の入った瓶を私に渡すと、女神のような笑顔を私に向ける。




「……お、お恥ずかしい所を……有難くいただきます」




「別に恥ずかしい事なんかじゃないですよ。お腹が減ったら誰だってお腹は鳴りますし……。じゃあ、出来るだけ早く終わるように頑張ってはきますが、呼ばれたり他に用事が出来たら、気にしないで先に帰ってもらって大丈夫ですからね。では行ってきます」




「いえ、何があってもお待ちしております。どうか、お気をつけ下さい!」




 一瞬、驚いた顔をしたが、ケイさまはまた女神のような笑顔を私に向けると、騎士が集まる屋敷の方に走って行き、見えなくなった。




「貴族にもあんな方がいるんだな……。自分も従者を何人も無くしお辛いはずなのに、そんなお辛い時にも他人にも優しく出来るなんて……本当に物語に出てくる聖女さまのようだ……」




 このどこからか広まったケイの話は、一部の貴族女性が勝手に想像して作り上げた話が元ネタなのだが、この話が単なる噂話だったとはこの御者の男には知る由よしも無かった。










 ♦ ♦ ♦ ♦








 


 肩にニャンニャンをのせたジュリアを先頭に、街の冒険者用の城門をくぐる。服装が変わりお面を付けているせいなのか、今日は私たちだけでも門番に絡まれることなく通ることが出来た。




『どうやら街は安全みたいなのです。でも一応、納品を見届けたら、あたちはケイさまの所に今日は戻るのです』




「……荷物はいいの? ケイの荷物をまた領主さまの所に届けるって言ってなかった?」




『そうだったのです……。じゃあ、納品をしたらみんなで一緒にお城まで行くのです』




「おっけ~」「「わかりました」」




「おっけ? ジュリアちゃん、そのおっけって何?」




 マヤちゃんの質問にジュリアが得意げに答える。




「えっ? 知らないの? じゃあ、教えてあげるね! ケイの国では了解したことを『おっけ~』って言うんだよ。ねっ! ルーナ!」




「あ~~そういえば、色々服とか貰った時に教えてくれたね」




『あた、あたちも知っていたのです。ず、ずっと一緒にいるから当たり前なのです。おけなのです』




 ニャンニャンちゃん、ジュリアと張り合おうとしてるけど『おけ』じゃなくて『おっけ~』だよ……。他の二人は張り合うような事はなく、今度から使ってみようと教えてもらった事を喜んでいた。




『じゃあ、とりあえず、冒険者ギルドに行って納品なのです』




「「「「おっけ~」」」」










 ♦ ♦ ♦ ♦










 ニャンニャンちゃんに納品を任された私は、ギルドの前でみんなから太陽草を渡してもらう。




「じゃあ、納品に行ってくるね」




「ちょっと待って、ルーナちゃん。ケイさまはもっと綺麗にまとめて出してたよ」




「確かに……」




「ニャンニャンちゃん、ケイさんがどうやってたか分かる?」




『……確か向きを合わせて、十本を一まとめにした束を作れるだけ作っていたのです。でも受付の話しぶりだと、ケイさま以外は誰もやっていない感じだったのです』




「間違ってたって事?」




『違うのです。こんなに数えやすく綺麗にまとめてくる冒険者は、今までいなかったと褒めていたのです』




「うっ……! 私たちだけで納品して、評判落とすわけにはいかないよね」




 それからしばらく全員で向きもそろえて綺麗な束にまとめなおし、そして、さらには数の確認も一人一回数える念の入れようで万全を期して納品に挑む。




「じゃあ、みんな行ってくるね」




「絶対、褒められるよ! 頑張って! ルーナ」「頑張ってルーナちゃん」「絶対、大丈夫です。頑張って」「ふわぁ~~」




 みんなの応援を背に……ニャンニャンちゃんはあくびをしていただけだけど……勇気を出して空いている受付に向かう。




「あ、あの納品に来ました」




「あら、あなたが噂のキツネちゃんね!」




「えっ? 噂ですか?」




「そっ! かなり噂になっているわよ! その小さい体で大男を投げ飛ばしたんでしょう?」




「あっ……それは私じゃないです」




「あら、やだっ! わたしったら……ごめんなさい。お面を付けているって聞いていたから、てっきりあなたが、その娘だと……え~と……納品だったわね……依頼書と冒険者プレート見せてくれる?」




 その言葉に従い、鞄から依頼書を出し、冒険者プレートを提示する。




「ふむふむ、えっ! 太陽草の納品? …………あなた、ブロンズだったの? まあ、そうか、じゃなかったら、こんな大した稼ぎにもならない納品なんかやらないわよね。じゃあ、雑草を混ぜたり、数を誤魔化してないか調べるから、ここに太陽草をだしてみなさい」




 何かこの人、凄く嫌な感じ……。そうは思っても逆らえるわけもなく、指示にしたがって受付カウンターの上に太陽草をのせていく。




「多いわね……どっちみち全部、数えるんだから、いちいち縛られても困るのよね……」




 そう言うとその女性はカウンターの上に、束をほどいて向きもごちゃ混ぜにして太陽草を積んでいく。




「えっ! あっ! それは数えやすいように十本を一束にしてまとめてあるんです……それに混ぜるにしても数えてから――」




「――あ~もう、うるさいわね! 何で私があなたの言うやり方で数えなきゃいけないのよ。ほら、あなたも解くのを手伝って……」




 みんなで一生懸命に準備したのに、こういう人たちはいつもそうだ。自分が絶対に正しいと思っていて、私たちのような弱い者を思うように従わせようとする。余りの怒りに思わず拳をぎゅっと握る。するとそこに一人の職員が現れる。




「ケイシーさま、そろそろ休憩に行かれてはいかがですか? 草を数えるなんて私がやっておきますので……」




「……それもそうね! じゃあ、後はお願いね」




 私が呆気に取られていると、その職員は後ろを振り返って、あの失礼女がいなくなったのを確認すると小声で話し始めた。




「あなた、何でよりにもよって、あの人の受付に並ぶのよ! 誰も並んでいなかったでしょ! 空いているにはそれなりの理由があるものなのよ」




 どうやらあの受付の女性は貴族の末娘らしいのだが、冒険者を平民と見下し、物言いや態度もあんな感じなので、誰も並ばなくなったほどのハズレだったみたい……。つくづく自分の運の悪さに悲しくなったルーナだった。

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