第122話 ライリーとデーヴィド
とりあえずゴブリンであることは伏せて、師団長が本人ではなかった事を三人に伝える。
「対峙してわかったのですが、恐らくあの師団長は人ではありませんでした。目的や何者かまでは分かりませんでしたが、おそらくは師団長に姿を変えて魔術師ギルドにもぐりこんだのだと思います」
それを聞き、三人は共に青ざめる。
「それと本物のホルト師団長の行方も気になりますね。師団長は昔からレンドール領にいたんでしょうか? いずれにしても、まずは本人の自宅を一度調べた方が良いかもしれません」
そんなオレの疑問にはグレゴール団長が答えてくれた。
「…………確かホルト師団長は魔術師ギルドが出来る前は、冒険者としてこの街で活動していました。現在は魔術師ギルドのすぐそばの屋敷に住んでいたはずです。私が今から騎士団を連れて確認に行ってまいります」
「……そうね! 早い方が良いわね! でも、この領にいる実力者は主人と鉱山の視察に行っているし、ケイも騎士団に同行してもらえないかしら?」
どうやらこの領の精鋭部隊といえる領主専属の護衛と、実力のある冒険者は最近見つかった鉱山の視察に出かけてしまったらしい。う~ん……行きたくはないけど流石にレッドキャップが一匹だけ? 一人だけ? どっちでも良いけど複数いないとは言い切れないから、この騎士団だけじゃ無理そうだし行くしかないか……。そんな理由で渋々ながら引き受ける事にしたのだが、そこに木剣を携えた二人の息子たちが駆けつける。
「お母さま! 大丈夫でしたか?」
「ええ、ケイのおかげで傷一つないわ」
「ああ、お母さま! 無事でよかったです!」
そう言って弟のデーヴィドが、パトリシアさまも腰に抱きつく。そして、忌々しものを見るかのようにオレを睨むとライリーが話し出した。
「くそ~~! 僕がいればあんな魔術師ごときに後れは取らなかったのに……。オークを倒したというのも疑わしいものだな……」
突然のオレへの暴言にパトリシアさまとリオスさんは顔をしかめる。そして真顔の団長とは目が合った。
「ライリー何を言っているのです? 今すぐケイに謝りなさい」
「そうですよ! ライリー坊ちゃま! ケイさまがいなければ、今頃どうなっていたか……」
「兄さま! 僕も窓から見ていましたが、やられた騎士団やお母さまを守りながら必死に戦ってくれていました。それは余りにも失礼です」
「うるさい! そ、それは騎士団が弱いから悪いんだ! お前はうちの騎士団が何と言われているか知っているのか?」
「――ライリー! もういいから部屋に戻りなさい!」
「ですがお母さまたちが、宿や食事目当ての平民に騙さ――」
「――もういいと言っています! 部屋に戻りなさい」
『みんなは騙されているのです』と叫びオレを睨むと、ライリーは城へと走り去っていった。
その後はとんでない空気の中、パトリシアさまとリオスさんから謝罪をされ気まずい時間が流れる。
あの子は今何を言っても多分、無駄だな。平民と見下しているオレばかりが褒められるのも許せないだろうし、自分がすでに持っている先入観や考えを肯定するため、自分にとって都合のよい情報しか信じられないぐらい拗らせちゃってるからね……。
「……謝罪は受け入れます。ですが私の授業を受けさせたりするなど、到底無理だと思いますが……」
「……そうね! 授業はデーヴィドだけお願いする事にするわ。授業の日程はまた改めて決めるとして……デーヴィドもそれで良いわよね?」
「はい! お母さま! 先生! よろしくお願いします」
この子はまともなのかと、胸をなでおろす。
「それとあの子には食事を別の部屋で食べさせる事にするわ」
その提案を聞き、オレはある事を閃く!
「いえ! それには及びません。そんな事をすれば、彼も今以上に頑なになってしまうでしょうし……食事は家族で食べた方が美味しいものです。今後、同席がどうしても必要な時以外は、私は自室で食事をさせていただくという事でいかがでしょうか?」
「……そう言ってくれるのは、ありがたいのだけど……あなたはとても大事なお客様だし……」
そこでリオスさんと目が合ったのでオレが頷くと、リオスさんも何かを察して頷く。
「パトリシアさま、ここはケイさまのお言葉に甘えさせていたたくのがよろしいかと……。ここでライリー坊ちゃまを別室で食事をさせるとなると、自分が見放されたと思うかもしれません」
「…………そ、そうね……ケイ、申し訳ないけどそうしてくれるかしら?」
「もちろんです。家族は一緒が一番ですよ」
こうしてオレの思惑通り、あの不衛生な食事に悩まされる日々が終わり、そして何故か想像以上にオレの株が上がったのだった。
♦ ♦ ♦ ♦
ニャンニャンと四人は魔力操作の練習をある程度した後、依頼の太陽草を採取に来ていた。
「どうしよ~! 私だけ魔力操作が全然できなかった」
「え~っ! ジュリアだけじゃないよ! 私も出来なかったよ! でもみんなに魔力の源があるみたいだから、頑張れば出来るようになるよ。一緒に頑張ろう」
「頑張りはするんだけどさ~……って何でマルチナはにやけてるのよ」
「えっ! にやけてました? 実は採取しながら魔力操作の練習をしていたら、少しコツを掴んだかもです」
「えええ~っ! うそうそ? どうやったの? 教えて~」
会話が聞こえてきたのでそちらに目をやると、確かにマルチナの右の手のひらには魔力が集まっていた。
「確かに上手く魔力を操作出来ているのです。その調子で頑張るのです」
マルチナは嬉しそうに返事をした。
「はい! 先生!」
その時、ニャンニャンは空を飛ぶ強大な魔力をもった何かが、こちらに近付いて来ている事に気づいた。
『不味いのです! みんなこっちに来て、あたちに触るのです』
「えっ!」
『静かにするのです! どこでもいいから早く触るのです』
みんなを呼び寄せて草むらに隠れるように促す。あの生物はケイさまほどではないにしても、確実にあたちよりは魔力が多いのです。あれが魔物や悪意のある者ならこの四人を守りきれないだろう。ここは隠れてやり過ごすしかないのです。
ニャンニャンは種族スキルの隠密を使い、草むらでやり過ごす選択をする。
「何なの―」
『黙るのです。あたちでも倒せそうにない何かが近付いて来ているのです。あたちに触れば一緒に気配を消すことが出来るのです。急ぐのです』
それを聞き、みんなの顔が真剣なものに変わる。そして誰かが無遠慮に尻尾を握りしめたかと思うと、それに倣ったかのように他の三人も雑に尻尾を掴む。文句を言おうとしたその瞬間、木々の切れ間の空にその何かが通過していく。
「えっ? 人が飛んで――むぐっ!」
あたちが言うまでもなく、他の三人が空いている方の手でジュリアの口をふさぐ。一瞬過ぎて良く分からなかったけど、人族がふらふらしながら飛んでいたように見えたのです。まさか妖精族のあたちより魔力の多い人族が、ケイさまの他にもいるなんて……。人族は妖精族よりも劣っているという考えは、改めなくてはいけないかもしれないのです。
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