第117話 貴重な計算方法

 全く魔力操作が出来る気配のない三人にニャンニャンは焦っていた。何故かというと、今日中に全員に魔力操作を覚えさせると、ケイと約束してしまったからである。




 何でこんな簡単なことが出来ないのです? 肉球に魔力を集めるだけなのに…………はっ! 人族には肉球が無かったのです! だから、出来ない……ってマヤは出来ているから関係ないのです。そう思ってマヤに視線を向けると、杖を持って魔力操作の練習を続けていた。それを見た瞬間、ある事を思い出す! ――当たり前の事すぎて説明もしていなかったのです! 魔力に触れてこなかったこの子たちが、知っているはずがなかったのです。大事なことに気づき、急いでみんなを自分の前に集める。




「みんなごめんなのです……あたちの国では余りにも当たり前の事すぎて、説明すらされない事なのです。それでみんなも知っていると思い込んで、重要な説明をはぶいてしまっていたのです」




「えっ! ニャンニャンちゃん、謝らなくていいよ! 私たちも教えてもらって助かってるんだし! ねぇ、みんな?」




 ルーナの言葉にみんなが頷く中、ジュリアが口を開く。




「そう、そう! 謝らなくていいから早く教えてよ!」




 ルーナはとても優しくて良い子なのです。でもジュリアは何か可愛くないのです。




「……分かったのです! じゃあ、教えるから忘れずにおぼえるのです。これは魔法を使う為にはとても重要な事なのです。魔法は触媒と呼ばれる金属や杖などを使用すると、魔力の効果上昇、さらには操作や発動の助けになるのです。だからケイさまから貰った首輪を意識して、同じ練習を続けてみるのです」




「「首輪……?」」




 その助言を基にみんなが練習に戻る中、マヤだけを引き留める。




「マヤは魔力操作は大分できているから、影で物をつかむ練習を始めるのです。試しにあそこに止まっている鳥を狙ってみるのです。上手くいけばケイさまへのお土産になるのです」




「えっ! できるかな……? でもやってみるね! ……えい! ああ~」




 その鳥は大きな音を立てて飛び去って行く。残念ながら最初の獲物は逃がしてしまったのです。




「最初は仕方がないのです。でも今のは影を出現させる場所が獲物から遠すぎたのです。影で捕まえる時は、出来るだけ獲物に近い場所から影を出すと避けられ難くなるのです」




「そうか~! 遠いとそれだけ気づかれやすくなっちゃうもんね! 獲物の足元から影を出せば良かったんだね! ありがとう! 次は頑張ってみるね!」




「マヤは理解が早くてお利口なのです! 次の獲物が来るまで、その辺の石や木に影を巻きつけて練習するといいのです。じゃあ、あたちは他の子をみてくるから頑張るのです」




 マヤの良い返事にニャンニャンは満足げに頷き、残りの三人の下へ向かった。 










 ♦ ♦ ♦ ♦










 先程まで大泣きしていた妹ちゃんは、休憩でクッキーを食べた事ですっかり上機嫌となり、姉と喧嘩していた事も忘れたようだ。そのおかげで無事に算術の授業も始める事が出来たのだから、クッキーさまさまである。いつも教えているアイラさんの話では、一桁の計算は二人とも大丈夫そうだという事なので、まずは問題を出してどのぐらい出来るか試してみる事にする。




「じゃあ、アイラ先生のお話では二人とも一桁の計算はバッチリみたいだから、問題をだしてみようかな?」




「え~っ! 一桁~? 簡単すぎ~!」「うん! 私もできる~」




「ほうほう! それじゃあ、問題ね! 答えが足して十になる問題を、出来るだけ多くノートに書いてみて」


 


「「えっ!」」




 普通に『1+1=2』のように解答していくと思っていた二人は固まってしまう。




「ほらっ! 先生たちは書き始めてるよ! 二人も書いて書いて!」




 それを聞いてさっきまでの自信はどこへいったのか、二人は周りを見回した後、やっと書き始める。その後ろでは何故か算術の授業にも参加している教師たちとパトリシアさまも、嬉々として問題に取り組んでいた。パトリシアさまはやる事ないのかな? もしかしたら普段から結構、暇なのかもしれない。




「なるほど、こういう問題の出し方もあるのですね! ケイさま! 今後の授業でも参考にさせていただきます」




 解答を書き終わったのか、鉛筆をおいてアイラさんが目を輝かせて話しかけてくる。




「どうぞどうぞ、教える助けになるならいくらでも参考にして下さい。他にも引き算、掛け算、割り算ででもやってみると面白いですよ」


 


「えっ! 掛け算や割り算をこの子たちにですか? まだ計算機の使い方も二人は覚えていませんが……」




「えっ? 計算機なんていらないですよ! やるとしても二桁ぐらいまでの計算ですし、筆算を覚えれば直ぐに出来るんじゃないかな……」




「ひっさん……なるものを使えば計算機が必要ないという事でしょうか? 誠にお恥ずかしいのですが、そのような新たな解き方が開発されていたとは、寡聞にして存じませんでした。是非ともそのひっさんなるものを、私にも教えていただけないでしょうか……」




 ほへ~! 筆算自体がないって事? まあ、書いて計算するから紙が高価なこの世界では、ちょっと広まり難い計算方法なのかもしれない。




「それは構わないんですが……今日はやったとしても足し算までですよ」




「もしかして、ひっさんというのは足し算、引き算、掛け算、割り算で別々にあるという事でしょうか?」




「え~と、そうですね…………確かに別々ですね……はい……」




「そうですか……四種類も新たな解き方があるのですね…………本当に図々しい申し出なのは百も承知なのですが、支払いを分割にしてはいただけないでしょうか……? 足りない分は実家に工面してもらってでも必ずお支払い致します。教師として新しい知識を得られる機会を、逃すわけにはいかないのです」




 アイラさん? 子供たちの授業中なんですが……それにお金を取るって一言も言っていませんよね? 他の教師たちも我も我もとそれに便乗して、分割にしていただけるなら是非とも教えていただきたいと言い出し始めるし……。そうか~こういう知識も普通は無料ただでは教えないものなんだな。




「え~と、パトリシアさまには言ってあったのですが、使用人の方々で希望する人には文字の読み書きと計算を教える予定なので、そちらなら無料ですので筆算を習いたい人はそちらに参加して下さい」




「なんと! 無料で使用人に……」「そんな貴重な授業を無料で……」「是非参加させていただきます」




 それまで黙って聞いていたパトリシアさまが大きな声を出す。




「ケイ! あなたは学院卒業の教師も知らない貴重な計算方法を、使用人に教えるつもりだったというの?」




 それを聞いていた使用人たちも目を丸くしている。そんなに驚く事かね……? でも改めて何でもホイホイ教えるのは良くないと学んだ気がする。ていうか何でも金になるんだな……。


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