第115話 蛮族のような娘たち

 砂時計の砂の大体半分ぐらいが落ちたので、一旦、塗り絵は終了して薄く書かれた文字をなぞる練習に移行する。二人にはそれ用につくったノートと鉛筆を渡し、自分の名前と家族の名前を練習してもらう。それを見た教師たちが、またしてもその周りに集まる。


「この筆記用具はインクを使わないのですね! それにのーとですか? さっきの紙よりも大分薄い気がします」


「薄いだけじゃありませんよ! 質もかなり良さそうです! ほらっ! 表面がつるつるしています」


「先生! 邪魔しないで!」


「ああっ! ごめんなさいね! 先生も初めて見たものだから……」 


 確か普段は読み書きなどを教えているんだったかな? そのアイラさんが妹ちゃんのノートを触って怒られていた。 


「その鉛筆で書かれたものを消す道具も私の故郷にはあったのですが、こちらではまだ材料が見つかっていないので作れていません。ですから商業ギルドや知り合いに探してもらっている所なんですよ」 


「書いたものを消せる……そんなものもあるのですね! それなら悪魔のいたずらも怖くありませんわね」


 悪魔? 何かと思ったら誤字脱字は、悪魔のいたずらや仕業だと昔から言われているらしい。迷信で片づけたいところだけど魔物や妖精がいる世界だしな……。もしかして、これも本当にいる? 


 



 ♦ ♦ ♦ ♦





 四人は十までだったら数える事が出来て、簡単な足し引きの計算ならできるようだ。しかし、数字の読みは辛うじてできるものの、書く事はまだ難しいようだった。人族の親は何をしているのです? 普通は教師をつけるとまではいかなくても、親が子供に教えるものなのです。そんな疑問を持ちながらも、今日は数字の読み書きを徹底しておぼえてもらい、少し余った時間で軽い計算をやらせてちょうど時間となった。


「それじゃ今日の算術の授業はこれで終わりなのです! この後はけいさまが持たせてくれた昼食を食べて、少し休憩したら魔法の練習をするのです」


「「は~い!」」「ケイさまの作ってくれた食事? やった~!」


「マルチナが喜ぶ気持ち、私もわかるよ! やっぱりケイの作った食事が一番、美味しいんだよね! 宿の食事も今まで食べてたものとくらべたら、かなりの御馳走だと思うんだけど美味しく感じなかったもん」


「ジュリアちゃんもそう思ってたんだ! そうだよね! あんな美味しいもの食べちゃうと、他のものは食べれなくなっちゃうよね」 


 それにはあたちも同意するのです。他の二人もうなずいている。


「こうなったらケイに責任取ってもらって、全員お嫁さんにしてもらわないとだね! ケイってどんな人が好きなんだろう? にゃんにゃんは知ってる?」


「ケイさまはとても綺麗好きなのです。だから不潔なメスは絶対に無理なのです。あと汗臭いのは好きじゃないとも言っていたのです!」

 

「……そ、そうなんだ……ふ~ん……」


 みんなが急に黙り込んで自分の腕や体のにおいを嗅ぎ始める。しばらくその異様な光景を見ていたが我に返る。


「そんな事している場合じゃないのです。早くしないと帰りが遅くなってしまうのです。今から昼食を配るから取りに来るのです」


 全員にソーセージをはさんだパンを渡す。今日は理由があってパンは一つなのです。あとは鍋に入ったスープと水差しに入った果実水をテーブルにおいて、各々自分で取ってもらう。あたちはみんなとは別で、はんばーがーというネズミの肉をパンではさんだものを食べる。このパンは肉が柔らかくてかむと肉の汁が溢れてくるのです。今まで食べた事がない美味しさなのです。


「んっ? にゃんにゃんだけ違うの食べてない?」


 目ざとく見つけたジュリアが、ソーセージパンを食べながら近寄ってくる。


「これはみんなが食べないって言ったネズミの肉なのです。だから、あたちとケイさまで仕方なく食べているのです」


「ああっ! 毒を持ってるネズミの肉なのね! でも美味しそうだね」


「美味しいのです!」


「そうなんだ……お腹は痛くなってない?」


「ケイさまが浄化したのです。これ以上に安全な食べ物は、この世に存在しないのです」


「…………じゃあ、一口頂戴!」


「あっ! 私も食べてみたいです」

 

 マルチナもそういって立ち上がると駆け寄ってくる。この二人はあたちの食べ物まで欲しがる、とんでもない食いしん坊なのです。


「ケイさまの言っていた通りなのです。あたちが美味しそうに食べてると、必ず欲しがる娘がいると言っていたのです。残りの二人は良いのです?」


 もじもじしている二人はほっといて、テーブルに人数分のはんばーがーをのせる。


「食べたい人は持っていくのです。こうなる事を予測していたケイさまが渡してくれたのです」


 素早く二人は包みを開けると、少し躊躇したもののはんばーがーにかぶりつく。


「わあ~! 何これ美味し~!」「本当! お肉もパンも柔らかくて美味しいね」


「二人も早く取りに来ないと、この二人に食べられちゃうのです」


 あたちがそう言うとルーナとマヤも急いで取りに駆け寄る。これでまだまだ残っているネズミの肉も、この娘たちの胃袋がなんとかしてくれそうなのです。こんなあたちの食事まで欲しがる蛮族みたいな娘たちも、食後の休憩では濡れた布で体を拭いたりしていたので、意外にもこの娘たちはケイさま程じゃないけど、綺麗好きなのかもしれないのです。

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