第114話 魔物より恐ろしいもの
私たちはギルドで依頼を受けた後、森の中をニャンニャンの指示する方向に向かって歩いていた。今日は昨日と同じで太陽草の納品と、ニャンニャンが選んでくれた一角ウサギの角を五本納品する依頼を受けている。魔物の素材納品の依頼とか、自分たちだけなら絶対受けなかっただろう。ニャンニャンがいるし……それにみんなもいるから大丈夫だよね……?
大分、森の奥まで来たかなと思い始めた頃、突然、ニャンニャンが私の肩から飛び降りる。そして、少し開けたその場所を確認するように見渡す。
「この辺りがいいのです! 今日はケイさまがいないので、マヤは人や魔物が来ないか常に気にしていて欲しいのです」
マヤが返事をすると、大きなテーブルと人数分の椅子を出して何やら準備を始める。
「「えっ?」」
「何を驚いているのです? 今から授業を始めるから早く座るのです」
「えっ? 依頼は……?」
「太陽草ならすぐそばに群生地があるのです。それにウサギの角は期限が少し長いから、今日じゃなくても問題ないのです。それよりも人族は夜、目が見えなくなるのです。明るいうちに授業を終わらせなくてはいけないのです」
それを聞いてみんな納得したのか、椅子に座り始めたので私もあわてて座る。
「それじゃ、ケイさまから預かっている物を渡していくのです。ちゃんとケイさまに感謝して受けとるのです」
受け取った紙の束がのーとで、木の棒のような物がえんぴつ。そしてテーブルの上に立てて置かれた板がこくばんというみたい。
「今日は自分の名前と、仲間の名前の読み書きができるようになるのが目標なのです。じゃあ、まずあたちが書いて読むからよく見ておぼえるのです。あっ! ちょっと待つのです。あれを忘れていたのです」
にゃんにゃんは慌てて影からガラスの置物を取り出すと逆さにする。どうやらあの砂が落ちきると授業が終わりらしい。
「それじゃあ、始めていくのです!」
ニャンニャンはそう言うと黒板に白い棒のようなもので文字を書いていき、一文字書き終わるごとにその文字を読み上げる。
「ジュ・リ・ア。ジュリアなのです」
「えっ! 私の名前?」
初めて見る文字で書かれた自分の名前に嬉しくなる。その後もニャンニャンが同じように全員の名前を書いて読んでいく。みんなも自分の名前の時はやっぱり嬉しいのか笑みがこぼれる。
「それでは今度はノートを開くのです」
のーと……? あっ! 紙の束か! 周りのみんなの様子を見ながらのーとを開いてみる。
「ジュリアとルーナは逆なのです。反対側から開くのです」
ルーナを真似したのが裏目に出たみたい……正解だったマルチナとマヤを見て反対側からのーとを開く。そこには灰色で薄く文字が書かれてあった。
「あっ! 私の名前!」
ルーナの声でよく見ると自分の名前もそこには書かれてあった。
「そうなのです! そこには黒板に書いたのと同じ順番で、みんなの名前がいくつも薄く書かれているのです。それを声を出して読みながら鉛筆でなぞってみるのです」
そこからお互いの名前が飛び交う中、みんなで文字をなぞっていく。いつしかその周りの声や雑音も聞こえなくなり、自分の文字を読む声しか聞こえなくなっていく。そして、ひたすら文字をなぞっていると突然、頭の中に声が響く。
『ジュリア、武器を持つのです! 魔物なのです!』
その念話ではっとして顔を上げると、みんなはすでに武器を持って立ち上がっていた。私も急いで武器を持って立ち上がる。
「ちょうど良かったのです。この臭いは一角ウサギなのです。作戦通りにマヤが拘束して他のみんなで攻撃するのです」
「「はい!」」
少しして草むらから二匹の一角ウサギが姿を現す。意外と大きい! 普通の動物のウサギの三倍はありそう……。すぐさまマヤが影で拘束をしようと試みるが、動きが早い一角ウサギを拘束するのは難しいようで失敗してしまう。
「マヤ! 落ち着くのです。相手の動きを読んで動く先に影を設置させておくのです。他のみんなも麻痺させれたら大きな声で報告するのです。動けなくなった魔物から集中攻撃をして倒すのです」
そうだった! 武器に麻痺が付いたんだった。私が攻撃して動きを止めて……でも怖い……。躊躇していると、危険を知らせるニャンニャンの声が響く。
「気を付けるのです! 頭を下げたから突進が来るのです」
「危な~い!」
盾を持っていないマヤに一角ウサギが突進して行くのを見て、思わす叫んでしまう! しかし、寸前の所でマルチナの一撃が一角ウサギの脇腹に突き刺さり事なきを得た。マルチナの攻撃は凄まじい威力で、一撃で一角ウサギを絶命させていた。
「マルチナ! ありがとう!」
「マヤは私が守るって言ったでしょ!」
良かった~とほっとしているとまた、ニャンニャンの声が響く!
「お礼なんか言ってる暇はないのです! 次に備えるのです」
「「はい!」」「あっ! そうだった!」
それを聞いて今更もう一匹、魔物がいた事を思い出す。急いでもう一匹に目を向けると、すでに影によって拘束されていた。
「マヤ! 凄いじゃん!」
マヤはみんなの視線に気づくと杖を両手で持って、全力で首を横に振っている! えっ? 違うの?
「みんなが一匹目を倒しただけで気を抜いていたから、あたちが拘束していたのです。これからはあたちとケイさまの手助けがなくても、戦えるようにならなくてはいけないのです。だから、敵をすべて倒しきるまでは気を抜いては駄目なのです」
「ごめんなさい!」「わかりました。ごめんなさい」
「分かってくれれば良いのです。それじゃあ、マヤがこの魔物を拘束してみるのです」
マヤが急いで駆け寄り、ニャンニャンの拘束の上からさらに拘束をする。
「た、多分出来ました!」
「多分では駄目なのです! 仲間の命に係わるのです!」
「ご、ごめんなさい! ちゃんと拘束出来ました」
「正確に報告することはとても重要なのです。じゃあ、あたちは放すのです! 放したらジュリアとルーナで攻撃! マルチナは周辺の警戒をするのです」
みんなが大きな返事をして指示通りに行動を始める。そして私の最初の一撃がウサギを痙攣させ、動きを止める事に成功する。
「あっ! 麻痺したかも」
「ジュリア! それもちゃんとみんなに分かるように報告するのです」
「は、はい! 麻痺しました」
「他のみんなもそれが伝わったのなら、返事をしなくては駄目なのです」
「はい!」「き、聞こえました」「わ、わかりました」
「マルチナ! 聞こえましたって何なのです? 聞こえていても理解してなかったら意味がないのです」
「あっ! ごめんなさい! り、理解しました」
戦闘の後半は魔物よりもニャンニャンのダメ出しの方が、四人には恐ろしいものだった。
♦ ♦ ♦ ♦
無事に魔物を倒し終わり、その後はウサギの処理をしながら、先程の戦闘の反省点を聞かせてもらう。まず、私だが魔物が来た時に一人だけ声に気づかず、読み書きの練習を続けていた事を注意されてしまった。だから念話で話しかけられたみたい……もう少し周りの気配に気を付けるように言われた。そしてマヤも読み書きの練習に夢中になってしまい、探索魔法での索敵を忘れてしまっていた事を注意されていた。他の二人も何か言わていたが、ウサギの処理をしていて聞けなかったので後で聞かせて貰おう。
「マルチナはこの中では一番、戦闘に慣れているのです。だから、しばらくはサポートに回って、みんなが戦闘に慣れる助けをしてあげるのが、良いかもしれないのです」
「わかりました」
「本当にマルチナは凄かったもんね! 一発でグサッてやっつけちゃったもんね」
「うんうん! 凄かったね」「私もおかげで助かったからね! いつもありがとう!」
「そ、そんなこと……みんなでもすぐに……」
後半は何言ってるか聞こえなかったが、マルチナは褒められて照れてしまったようだ。
「それじゃあ、魔物の処理も終わったし、少し休憩して次は計算の勉強をするのです」
「「は~い」」
「あっ! 私、おしっこしたい!」
「ジュリア! 絶対に一人で行っては駄目なのです。必ず二人以上で行くのです」
ニャンニャンにそう言われ、結局、私たちは全員でおしっこに向かった。
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