第113話 初めての授業

 授業が始まると入り口には護衛が立ち、使用人たちは少数の世話係を残し部屋から出て行った。やはり貴族ともなれば、子供一人一人に専属の世話係や護衛が複数ついているのが当たり前らしい。


「そ、それでは始めましょう……」


 ただでさえ見学の教師がいて緊張しているのに、パトリシアさまと執事のリオスさんも残るという事で、かなりのプレッシャーの中、授業を始める。


「まずは二人に、描く練習をして貰おうと思います」


「「はい!」」

 

 二人はすでにテーブルの上に置かれていた書字版を、元気に返事をして自分の前に引き寄せる。


「あ~っ! ごめんごめん! 今日はそれは使わないで、私が持ってきた物を使ってもらいたいと思います! アメリアさん! お願いします」


 オレの指示でアメリアさんが、二人に箱と少し厚めの紙を渡していく。


「わ~凄い! 綺麗な箱!」「綺麗~!」


「二人はその箱に書いてある文字は読めるかな?」


「え~と……お姉さまは読める?」


「…………く、くれ、くれ、くれよん……ですか?」


 どうやらお姉さんのローラの方は、まだ思い出しながらで少し時間が掛かるものの字は読めるようだ。


「おっ! 正解! それはクレヨンといいます。では、開けてみましょう」


「わあ~! 美味しそ~~……お菓子?」


 えっ! 美味しそうか? 確かにライスワックスと植物で作ってるから、食べれなくはないけど……。


「それは絵や文字をかくのに使うものだから、食べないでね! 食べたらお腹が痛くなっちゃうかも」


 それを聞いていた教師やパトリシアさま達から笑いが起きる。


「もう! アシュは食いしん坊なんだから!」


「お姉さま! ひどい! アシュは食いしん坊じゃないもん」 


「はいはい! 喧嘩しない、喧嘩しない! じゃあ、二人ともその紙を裏返してみて!」


「あっ! 動物とお花の絵~!」


「そう! 今日はその絵に色を塗ってもらいたいと思います。出来そう?」


「できる~!」「簡単~!」


「おっ! 頼もしい! 色は自分の好きな色で良いから、出来るだけはみ出さないように綺麗に塗ってみよう! じゃあ、始め!」


 姉のローラは素早く塗り始めたのに対して、妹のアシュレイは姉が何色を使ったか確認してから、真似をして塗っていく作戦のようだ。そんな二人が塗っているのを眺めていると、座っていたはずの教師たちがいつの間にか周りに集まって来ていた。


「これは絵の授業なのでしょうか?」


「この授業の狙いについて教えていただいてもよろしいでしょうか?」


「この教材の名前を教えていただけますか?」


 塗り絵に狙いって言われてもね……。ただ楽しませたいだけだったんだけど……。次々にされる質問に適当に理由を付けて答えておく。


「これは塗り絵というのものなのですが、いきなり直線や曲線をかくことは意外と難しいものなので、こういったもので楽しみながら描くことに慣れてもらって、文字を書くことにつなげていくって感じですね……」


「なるほど……そんな理由が……」「ということは文字の授業になるのでしょうか……」


「いえ、そうとは言い切れないんじゃないかしら、絵などの芸術の面にも確実に影響していると思うわ」


 教師たちはオレの説明を聞き意見を交わし合った後、書字版を開き何やら一生懸命に書き込み始める。覗いてみると木枠に蝋を流し込んだものにひっかくように書いているだけなので、とても見にくいものだった。紙とインクはやっぱり高価で気軽には使えないから、メモ一つするのもまだまだ不便なんだな……。


「やっぱり、あの絵の描かれた紙とくれよん? ですか? あれはケイさまの商会の商品なのでしょうか?」

 

「そうですね……まだ売り出してはいませんが……皆さんもやってみます? 塗り絵……」





 ♦ ♦ ♦ ♦




 

 半分冗談で言ったのだが無料だと聞くと、教師たちの全員が喜んでその提案を受け入れ、そして何故かパトリシアさまも塗り絵を楽しんでいた。よく考えれば娯楽が少ないこちらの世界では、塗り絵は十分楽しめるものなのかもしれない。リオスさんとアメリアさんもやりたそうだったので、誘ってみたのだが二人には勤務中という事で遠慮されてしまう。今はやる事がないから良いかと思うが、使用人的には難しいか……。


「じゃあ、後でアメリアさんにリオスさんの分も合わせて渡しておくので、お暇な時にでもやってみて下さい」


「……しかし、このような高価なものを頂いては……」


「高価? ……そうか~……それじゃあ、商品を作る際の参考にしますので、感想だけ聞かせて下さい。それが対価という事でいかがでしょうか?」

 

 逆にここまで言われて断る方が失礼だと思ったのか、二人とも受け取り感想を伝えてくれることを約束してくれた。アメリアさんは上司が断りそうだったので、半分ぐらい諦めていたのだろう。貰えるとわかると目を輝かせて喜んでいた。こういうのが好きな人なのかな?


「それにしても、これだけ正確に同じ絵を何枚も描けとは……ケイさまのお抱えの絵師は相当な腕前なのですな」


 まったく同じ塗り絵に夢中になっている人たちを見て、リオスさんが独り言のようにつぶやく。まあ、そうか! 印刷もまだそんなに普及していないから、凄腕の絵師の仕事だと思ったのか……いや、普及どころか印刷自体がまだ無いのかもしれない。そう思い一応、その辺の事を聞いてみると、本などの複製は写本がまだ主流らしい。印刷の事も聞いたことがないそうなので、少なくともこの周辺の地域ではまだ普及していないようだ。


「版画とかもないのかな……?」


「誠に申し訳ありませんが、はんがという物を私は存じ上げません。写本に関する事でしたら教会で修道士がおこなっているので、彼らか少数ではありますが写本師や写本家と名乗る者たちがおりますので、そちらの者たちに尋ねるのがよろしいかと存じます」


 えっ! 写本って教会でもやってるんだ! そういえば、この街の教会にはまだ行ってなかったな……。





 ♦ ♦ ♦ ♦





 ★ジュリア視点★

 




「ぎゃっ! 何これ?」  


 副リーダーのニャンニャンを肩に乗せて、冒険者ギルドに入ると数多くの冒険者が床に倒れていた。


「おおっ! あんたか! 心配するな! 床に転がっている奴らは、ここぞとばかりに朝まで酒を飲みまくって寝ているだけだ! おい! お前ら! もう帰れ! ここからは金を払ってもらうぞ!」


 まだ飲んでいる冒険者にそう言うと料理人らしきおじさんは、空いた食器やコップを持って厨房に消えていった。それを聞いた酔っ払いたちは、ほとんどがそのまま眠りに落ち、かろうじて眠らなかった何人かは、何故か私にお礼を言って帰っていった。


「人が倒れてるし、急にお礼を言われるし驚いちゃったよ! でも、何で?」


「多分、仮面で誰が誰だかわからないから、ニャンニャンを乗せてるジュリアをケイさんだと思ったんじゃない?」


「あの人たちにケイが何かしてあげてたのかな~? でも身長も全然違うのに、ふつう間違えるかな?」


「酔っぱらってたからじゃない? それにしても凄いお酒の臭いだね!」

  

「本当だね! お祝いでもあったのかな?」


『そんな事はいいのです! 早く依頼を受けて森に行くのです』


 みんなで話していると頭の中でニャンニャンの声が響く! これは念話というらしいけど、私には聞こえるだけでまだ使えない。私でも使えるようになるらしいけど、私だけ出来なかったらどうしよう……。そんな事を考えているとルーナがみんなより前に出て振り返る。


「じゃあ、私が依頼受けてくるね! 昨日と同じでいいよね?」


『待つのです! 今日は冒険者がこんな感じだから、きっと報酬の良い依頼も残っているのです』


 ニャンニャンの指示で掲示板の前にみんなで向かう。私たちは字が読めないのでおまかせなのだけど……。


『う~ん! これにするのです! それと昨日と同じ依頼も一緒に受けるのです』


「えっ? そんなにいっぱい大丈夫なの?」


『問題ないのです』


 ルーナがニャンニャンが指し示す依頼の紙をはずして戻ってくる。 


「ニャンニャンちゃん、これで間違いない?」


 ルーナはニャンニャンに確認してもらうと、その紙を持って受付に向う。そんなルーナの背中を目で追っていると、それを見ていた子供たちの話している声が聞こえてきた。


「もしかして、あの仮面の人たちって従魔に依頼書を読んでもらってる?」


「やめろ! 聞かれたらどうするんだよ! さっき酔っ払いの人たちが仮面のパーティーの誰かが、突っかかって行った冒険者の腕をへし折って、身ぐるみを剥いだって話してたぞ……あれ? 鼻だったかな?」

 

 馬鹿にして笑っていた男の子の顔が青ざめていく。どうやら代読で小遣いを稼いでいる商家の子供のようだ。こういう私たちを馬鹿にして見下してくる奴らを、いつか絶対に見返してやるんだから……顔はおぼえたから覚悟しておきなさいよ!





 ♦ ♦ ♦ ♦



  近況ノートを更新しました。内容は登場人物の紹介になっています。


 一応、イラストもありますが、素人ですので期待しないでみてください……。


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