第112話 初対面

 今日はオレもニャンニャンも教師初日ということもあり、早起きをして最終確認の打ち合わせをしていた。

 

「本当にこの砂が全て落ちたら終わりでいいのです? 短くないです?」


 ニャンニャンは渡した砂時計をみて首を傾げている。


「最初は一時間……え~と……半刻ぐらいでも長いかもね! 慣れるまでは集中も続かないし、そんな状態でだらだら続けても、結局は身につかなくて勉強が嫌いになっちゃうからね。慣れてきたら少しずつ時間を延ばすのが良いと思うよ」


「確かに長時間授業を受けていると、ずっと集中しているのは難しかったのです。わかったのです! 今日はケイさまの言う通りにやってみるです」


「まあ、最初は勉強に慣れてもらうのが目的だからね。みんなの様子を見てあわせてげてよ。後はもしも何かあった時は、ニャンニャンの判断に任せるよ! もちろん、ニャンニャンとみんなの安全が最優先でお願いね!」


「わかったのです! がんばるのです」


「うん! よろしくね! 後は教材や荷物を持って行ってもらえば問題ないかな? じゃあ、ちょっと早いけど朝ごはんにしようか?」 


「あい!」





 ♦ ♦ ♦ ♦ 





 朝ごはんをゆっくり取った後は、ニャンニャンと一緒にお風呂に入り身なりを整える。


「ケイさまは毎日お風呂に入るのです?」

 

「ん~っ! そうだね! 出来れば毎日入りたいとは思ってるね! 大抵はその日の夜か次の日の朝には入るかな……。自分が汗臭くて他の人に嫌な思いをさせたら嫌だし、何より清潔にしていると自分が気持ち良いからね!」


「汗臭いのはダメなのです? でもケイさま以外は、みんな汗か何か変な香料と汗の臭いが混じった臭いがするのです……」


「それは多分、汗や体臭をごまかすために付けてる香水とか、匂い袋のニオイじゃないかな?」


 ニャンニャンは汗臭いのは平気みたい。そういえば人間と動物は好みのニオイが違うっていうもんな……。あっ! 妖精か……。


「もしかして、ニャンニャンって石鹸とか、シャンプーの匂いとかって苦手だったりする?」


「そんな事ないのです。ケイさまと同じ匂いになるのは嬉しいのです。それに昨日、ロージーにニャンニャンは良い匂いって言われたのです」


 どちらかというと匂いの好みというよりは、仲間としての絆的なとらえ方なのかな……? まあ、匂いが嫌いってわけじゃないならいいか……。


「匂いはいくらでも変えれるから……そうだ! ニャンニャンは好きな匂いの花とかってある?」


「…………バラとかスミレの匂いは好きなのです」


「なるほど、バラとスミレね! バラはいいかもね! 今度、作ってみよう!」


 スミレの匂いって、あんまりイメージがわかないけどおぼえておこう。そんな話をしながら、バスタオルで濡れているニャンニャンを拭いてあげる。


「ドライヤ―があると、ニャンニャンの毛もすぐ乾かせるし、オレもあると楽かもな……今度、魔導具として作ってみようかな」


「どらいやーです?」


「うん! 筒みたいな道具から温かい風がでて、濡れた髪とかニャンニャンの毛を乾かすのに使うと便利だと思うんだよね。火と風を組み合わせれば出来そうだよね?」 


「面白そうなのです!」


 試しに温風が作りだせるか左手に火、右手に小さな風の渦を発現させる。


「え~と、これを……どうすればいいんだ?」


 とりあえず火と風を合わせてみると、風が火を巻き込み炎の渦が立ち昇る。あれ? 想像と違う……火の熱だけ取り出すのって難しくないか? 


「あれ? 意外と難しいかも……このままだと燃えるだけだし……」


 何か火炎放射器みたいになってしまった。


「ケイさま! 複合魔法ではなくて魔法円を使ったら良いのではないです? ソルとヴェントゥスの組み合わせなら、上手くいくかもしれないのです」


 ちょっと待って! 知らない言葉が沢山出てきたんだけど……。説明されなくても何となくわかるのは複合魔法ぐらいで、魔法円とかソルやら何やらはちょっと想像も出来なかった。正直に知らない事をニャンニャンに伝える。


「本当にケイさまは変わっているのです。色々なことを知っているかと思えば、魔術の初歩を知らなっかたりするのです」


 ニャンニャンをバスタオルで拭きながら説明をしてもらったが、魔法円は魔法陣のようなもので、ソルとか何やらはそこに刻む文字の事らしい。聞いてもすぐに出来るものでもなさそうなので、今度改めて教えて貰う事にした。温風ぐらいなら簡単に出せると思っていたのに、魔法は意外と複雑なようだ……。





 ♦ ♦ ♦ ♦


 



 準備も早い段階で済んでしまい、ニャンニャンのブラッシングをしているとドアがノックされる。


「おっ! 来たみたい! じゃあ、行こうか! 四人の事はよろしくね!」


「あい! では行ってくるのです!」


 ドアを開けるとアメリアさんに朝の挨拶をされ、その横をニャンニャンがすり抜けていく。


「あっ! ネコちゃんが部屋から出てしまいましたけど、よろしいのですか?」


「大丈夫ですよ! しばらく散歩に行ったら帰ってきますから……」


「そ、そうなんですね……。それではパトリシアさまがお待ちになっておりますので、ご一緒にお願いします」


 執務室に案内され中に入ると挨拶もそこそこに、パトリシアさまの指示で執事のリオスさんがオレにお盆を差し出す。


「ケイさま、こちらをお納め下さい」


「遠慮はいらないわ! それは約束の鏡の代金よ」


「えっ!」


 見たことのない硬貨だったので鑑定してみた所、白金貨らしい……。それが三枚だから三千万円! これだけの金額を平然と出せるんだから、やっぱり金は持ってるんだな……。男爵って下級貴族なんだよね? それでこれだけ金持ちだったら、上級貴族といわれる貴族はどれだけ金持ちなんだよ……。


「王家への献上品なのだから、それぐらいが妥当だと思ったのだけれど、足りなかったかしら?」


「いえいえ! 全然足ります。足りてます……えっ! 王家…………ですか?」


 あの鏡は王家に献上する為のものだったのか……。


「その辺はケイに迷惑が掛からないように、上手くやるつもりだから安心して頂戴!」


 まだ会って数日だし安心も何もないけどね……そう思いながらも納得したふりをしておく。


「それとカミラに聞いたのだけど、月経は病気でも不浄なものでもないとか……? その辺の話を女性使用人を集めてしてくれるそうね? その話は私も是非聞きたいのだけれど、良いかしら?」


「……も、もちろんです! という事はそういう場を作るのは問題ないんでしょうか?」


「ええ、こちらからもお願いするわ。女性が自分の体で起きていることを正しく知る事は、地位向上の助けになるはずよ」


 なるのか……? むしろ理由も知らずに、不浄とか働かないとか騒いでいる男性が知った方が良い気もするが……。


「私もそこまでは詳しくはないのですが、明らかに間違った解釈を正す程度の話をさせて頂こうと思います。それとですね……読み書きと簡単な計算も使用人のみなさんの仕事の後に、希望者する人には教えたいと思っているのですが、そちらもよろしいでしょうか?」


「…………もちろん! 構わないけれどあなたが大変なのではなくて?」


「毎日ではなくて出来そうな日の朝に募集をして、参加希望者がいれば授業を行う感じですかね?」


「それなら大丈夫かしらね……。とりあえず、あなたのやりたいようにやってみて頂戴!」

 

 こうして無事に許可をもらえ、アメリアさんとの約束もはたせそうなので胸をなでおろす。その後、オレが白金貨を受け取ると娘たちを紹介してくれるという事で、パトリシアさまたちと共に別棟にある子供部屋へと向かう。貴族の子供は七歳ぐらいまでは食卓をともにする事は出来ず、乳母によって育てられるのだという。だからいつも食事の時にいなかったんだ……マナーを覚えないと一緒に食事が出来ないとか、貴族も貴族の苦労があるようだ。


 部屋につくとかなりの大人数に出迎えを受ける。多分、真ん中に立っている娘たちの、世話係や教師たちも一緒にいるのだろう。


「二人ともいらっしゃい!」


 パトリシアさまに呼ばれ、娘たちがオレの前に集まる。


「それでは新しい先生にご挨拶なさい!」


 その言葉にお姉さんの方が先に挨拶を始める。


「は、初めましてレンドール男爵家長女、ローラと申します。どうぞ、よろしくお願いします」


 その後、次の順番のはずなのに微動だにしない妹に、お姉ちゃんが耳打ちをして妹がやっと動き出す。


「ア、アシュレイです…………」


 忘れてしまったのか、ここまでしか練習していなかったかは定かではないが、続きの言葉はもう出てこなそうなので挨拶を返す。


「二人とも初めまして! しばらくの間、二人の教師をする事になりましたケイ・フェネックと申します。楽しく勉強していきましょう」


「よろしくお願いします」「…………お願いします」


「はい! よろしくね!」


 お互いの自己紹介が終わったのを見て、パトリシアさまから話しかけられる。


「もう、すぐに授業かしら?」


「そうですね……場所はこの部屋でよろしいのでしょうか?」


「はい! 先生! いつもこの部屋で授業を受けています」


「そうなんだ! 教えてくれてありがとう」


 凄い近くまで来て、代わりに答えてくれたお姉ちゃんの頭をポンポンしてお礼を言う。するとお姉ちゃんは『えへへ』と笑うと頭を撫でた手を両手で抱え、オレとパトリシアさまの話を聞き始めた。妹は妹でパトリシアさまに抱き着いて甘えている。


「二人とも甘えん坊で困るわね! そうそう! 今日は他の教師が見学したいそうだからよろしくね!」


 うん! なんとなく分かってた。授業がないのにいる必要ないもんね……。

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