第111話 猫のようなお友達
メイド長や貴族出身のメイドがいる緊張の採寸が終わり、屋根裏の狭い自室に戻ると私のベッドでニャンニャンが寝ていた。猫みたいで可愛い……でも決して本人の前では言ってはいけない。彼女は猫じゃなくてケット・シーという妖精だから……。私はなでなでしたいのを我慢して、ニャンニャンに声を掛ける。
「ニャンニャン起きて起きて! よかった~まだいてくれて! なんかね! ケイさまのお陰で新しい仕事着が貰えるんだって! あと靴も! 私には一番小さいサイズも大きかったんだけど、ちゃんと採寸してくれたから、体に合った仕事着を作ってくれるんだって! 凄いでしょ!」
「ケイさまが凄くて優しいのは、ロージーに言われなくても知っているのです」
大きなあくびをした後、少し自慢げにニャンニャンがそう答える。
「そ、そうだよね! ケイさまはニャンニャンのお友達だもんね! あっ! そうだ! 同じ所で働いている人にどんな遊びがあるか聞いたら、一緒にお店を見て回ったり、貯めたお駄賃でお菓子と紅茶を飲んだりするんだって!」
「えっ! ケイさまの話と大分違うのです……」
「どんなのだったの?」
「ケイさまの国では、おママゴトやお花で冠を作ったりするみたいです」
「ままごと?」
「役になりきって演じる演劇みたいなものなのです。ロージー! ちょっとあっち向いて目をつぶっていて欲しいのです」
「えっ! うん! わかった」
ニャンニャンに言われるがままに、座った状態で壁に顔を向け目をつぶり、さらに手で顔を覆う。
「みてないです?」
「みてないよ~」
このやり取りを何度か繰り返したのち、やっと準備が整ったようだ。
「ロージー! もうこっちに向いていいのです」
「いいの? 目も開けるよ」
「いいのです!」
目を開けて振り返ると頭に大きなリボンをつけ、淡いピンク色のドレスを纏ったニャンニャンがもじもじしながら立っていた。
「きゃ~~かわいい~!」
「本当に可愛いです? ケイさまが作ってくれたのです。あとこれもロージーなら特別に持ってみていいのです」
「ホントにいいの? 凄~い! これって魔法の杖を毛糸を編んで作ってあるの? かわいい~!」
「あとこれが魔王でこれが剣なのです! こういうのを使って演じるのです…………あと、あと……これ良かったらあげるのです」
手渡されたのはニャンニャンとそっくりな人形だった。
「えっ! 本当に? 本当にいいの?」
「な、なんで泣いてるです? あたちの人形が嫌なら他の――」
「――違うの嬉しいの……こんな素敵なプレゼント貰ったことなかったし……ありがとう! 一生大事にするね!」
涙が止まらずに困っていると、小さな手にギュッと抱きしめられる。
「あたちもケイさまにこうされると、落ち着くのです」
私もニャンニャンの背中に手をまわして、しばらく黙って抱きしめ合う。
「…………ニャンニャンって良い匂いだよね」
「にゃ、きゅ、急に何を言っているのです」
「あはは、だって本当なんだもん」
「これもケイさまが作った石鹸で洗ったからなのです」
「ケイさまって本当に凄いんだね」
「凄いのです! 人族にしておくのが勿体ないのです」
「あはは、何それ!」
「あっ! ケイさまで思い出したのです! ロージー! クッキー食べるです?」
「……えっ! 悪いよ! 採寸に行く前もソーセージ入りのパンもらったし……」
「全然悪くないのです! それにちゃんとケイさまの許可は取っているのです」
「……そ、それじゃあ! 少しだけ……」
それを聞くとニャンニャンは壁から皿にのったクッキーを取り出す。
「えっ! 何それ? 魔法? ニャンニャン魔法使えたの?」
「今更何を言っているのです? 魔法が使えない妖精族の方が珍しいのです」
疑問にも思っていなかったが、よく考えたらパンや人形もいつの間にかニャンニャンが持っていたし、それにドレスだって……どうやら私のお友達は魔法が使えるみたい。凄い……。
♦ ♦ ♦ ♦
ほぼ全員のメイドさんの採寸を終え、アメリアさんに案内され部屋に戻る。
「アメリアさん、この後、仕事とかまだあります? 良かったら少しお話しませんか?」
「はい! 喜んで! もう今日はお部屋に戻って寝るだけなので」
部屋に入るとニャンニャンはまだ戻ってきていないようだ。
「あら? まだ遊びに行ってるのかな……」
「あっ! ネコちゃんですか? 人を呼んで捜させましょうか?」
「大丈夫です! そのうち勝手に帰ってくると思います。果実水で良いですか?」
遠慮するアメリアさんに果実水とクッキーを出して、メイド服に対するみんなの反応を聞いてみる。どうやらアメリアさんが話をした人たちには好評だったようだ。でも新品の服を着たことがない者がほとんどだったので、何か裏があるのではないかとか、綺麗すぎて汚すような仕事には着たくないとかの話は出たそうだ。
「あはは! 裏ですか? 裏はない事はないですね」
「そ、そうなのですか?」
「街やこの城で皆さんを見た人から評判になって、貴族のお屋敷から大量の注文が来たら私の商会としては嬉しいですよね」
「えっ! それが裏ですか?」
「そうですね! あとは綺麗な格好の女性に囲まれていた方が、みんな嬉しいんじゃないですかね?」
「…………ケイさまは本当に不思議な方ですね」
そう言ってアメリアさんはお上品に笑う。
「え~と、それで本題なんですが、アメリアさんには使用人の皆さんが困っていることを調べてもらって、紙に書きだして私に渡して欲しいんです。さっきの月経の血のように、解決出来るのに困っていることが沢山あると思うんですよね。もちろん、私の力では助けられない事もあるとは思いますが、助けられる事も少しはあると思うので聞かせて貰えたらなと……」
「紙に書きだす……」
「……もちろん、紙と書くものはお渡ししますよ」
「…………申し訳ありません。私は字が書けません。少しなら読むことが出来るのですが……」
「あっ! そうなんですね! それなら仕事が終わった後に、希望者に簡単な読み書きと計算を教えるのも良いかもしれませんね」
「ほ、本当によろしいのですか? あっ! 申し訳ありません」
興奮して椅子から立ち上がりオレの両手を握りしめた後、アメリアさんは我に返ったのか謝罪をして直ぐに手を放す。
「準備もあるので、直ぐには難しいとは思いますが、用意が出来たらお伝えしますね。それまでにアメリアさんは皆さんにこの事を伝えて、希望者がいれば集めておいて下さい。あと些細な事でも良いので、困った事がないか考えてもらえるようにも伝えて下さい」
「畏まりました。本当にありがとうございます」
「いえいえ、私もいつまで此処にいられるかはわかりませんが、みんなが幸せで笑える職場にしていきましょう! ……という事で私からの話はこんな感じですね! アメリアさんからも何か聞きたい事とか話したい事ってありますか? …………すぐには思いつかないですかね? じゃあ、今日はこの辺にしておきましょう。あっ! クッキー全部持っていっていいですよ! あとでお友達と食べて下さい。ちょっと待ってください! 紙に包みますね!」
恐縮するアメリアさんにクッキーを渡して、部屋の入口まで見送りお休みの挨拶をしてドアを閉める。
「さて、明日の準備でもするか……」
♦ ♦ ♦ ♦
ニャンニャンが帰ってこないので、一人で【秘密の部屋】に入り準備を進めていく。とりあえず、領主さまの子供たちに教える為の教材と、ニャンニャンに教えてもらう分の四人の為の教材を考える。領主さまの子供たちの年令が確か息子が十四才と十二才? で娘たちがまだ会ったことがないけど七才と五才だったかな……。娘二人と四人には読み書きと計算の教材で良いとして、息子たちは年令的に読み書きと計算は流石に覚えているだろうから……覚えているよね? 貴族だし……。とりあえず息子たちに関しては先生方や本人たちと相談して決めるか……。方針が決まり、黙々と女の子たちの教材を作り続けていると頭の中で声が響く。
『ケイさま! 今戻ったのです! あたちも入れて欲しいのです』
『おかえり~! 今、開けるね~! 待ってて』
『あい!』
急いで【秘密の部屋】のドアを開けて、ニャンニャンを部屋に招き入れる。
「驚いたよ! 念話って秘密の部屋の外とも通じるんだね! ニャンニャンには中にいるのもわかるの?」
「わからないのです! でも城の中にケイさまの魔力を感じなかったので、多分ケイさまのお部屋にいるのだと思って念話で話しかけてみたです」
念話が通じたのは試しにやったのが偶々上手くいっただけで、ニャンニャンもよくわからないそうだ。
「まあ、通じるのは便利だから細かいことは良いか……。そうそう、ニャンニャンのお友達にも会ったよ! 優しそうな子だね」
「あい、ロージーは優しいのです! それとそれと聞いて欲しいのです。ロージーにぬいぐるみをあげたら凄く喜んで、今日から一緒に寝るって言ってくれたのです。あとあと……パンもおいしいおいしいって言って、直ぐに全部食べちゃったのです」
「へぇ~! 喜んでくれたなら良かったね」
「あい! でもロージーの仕事仲間と、ケイさまの言っていた遊びが全然違ったのです」
「それはそうだよ~! 人や場所によって遊びなんて沢山あるんだから」
「そうなのです? でも、おママゴトは一緒にやってみたら凄く楽しかったのです。ロージーが剣士役をやってくれて魔王を倒す所までやってきたのです」
魔王退治ってほぼ物語終了じゃん! だから帰ってくるの遅かったのか……余程、楽しかったんだろうな!
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