第106話 コルセットと瀉血
「ケイさまはご冗談がお上手ですわ」
「ええ、そ、そうね……私も一瞬、信じてしまいそうになりましたわ」
先程まで静まり返っていた部屋は、今はお上品な笑い声に包まれていた。どうやらパトリシアさまの肌艶が良くなった理由を正直に神聖魔法を使ったと伝えたのだが、冗談だと受け取られてしまったようだ。みんながそう受け取るなら、それはそれで別に構わないのだが……。
「ケイさま、それでは本当は何をしたのですか? 教えて下さいませ!」「私も教えて頂きたいですわ」
みんなに囲まれ返答に困っているとパトリシアさまから助け船がでる。
「これがケイが話していたあなたの国の美容法なのね」
それを聞き、みんなから感心の声が漏れる。もちろん、そんな話はしていないのだが、パトリシアさまの話に乗っかる事にする。
「はい、様々な方法で皮膚や筋肉に刺激を与え、血の巡りを良くする事で健康状態を向上させる美容法です」
今、思いついたのだが、多分、神聖魔法とマッサージを併用すれば最強の美容法になる気がする。もの凄くやって欲しそうにみんながみてくるが、今日はパトリシアさまのドレスと、メイド服を披露する予定なので気付かないふりをする。
「という事は血の巡りが良くなると、肌艶にも良いという事なのでしょうか……? なら、明日にでも瀉血をしに行ってこようかしら?」「なるほど! 私も、ご一緒させて頂こうかしら?」
「しゃけつ? それって血を抜くやつですよね?」
頷く女性たちの話では、瀉血は血を抜く事で大抵の病は治るとされる万能な治療法らしい。ひどい話なのだが熱が出たら瀉血、下痢をしたら瀉血、頭痛も瀉血とどんな症状でも、とりあえず血を抜いておけば良くなると思われているようだ。
「え~と……決してこの地域の医学を馬鹿にするわけではないのですが、私の故郷の国ではこの地域と比べるとかなり医学が進んでいました。その故郷ではすでに瀉血は治療効果が疑わしいという事で、今はほとんど行われていません。確か一部の病や症状には効果があるそうですが、それでも頻繁におこなうものではないです。ですので健康どころか健康を害する可能性の方が高いので、今後は違った治療法をお試しになった方がよろしいかと思います」
衝撃的な話を聞いた女性陣は、一様に青ざめ真剣に話を聞いている。
「怖がらせるつもりはなかったのですが、みなさんが間違った治療を受けている事を知ったのに、黙っている事は出来ませんでした。どうかお許しください」
「……ケイさま、お聞きしたいのですが、違った治療法とはどのようなものがございますか?」
「ん~っ……そうですね……症状にもよりますので一概には言えませんが、信頼できる薬師に頼る方が今の医療水準からすれば、まだ安全ではないでしょうか……あとは神聖魔法も信頼できると思います。とりあえず、瀉血だけはやめた方が良いのは確かですね」
それを聞いた女性たちが、お勧めの薬師や神聖魔法について話し合いはじめたのだが、その中で気になったのが神聖魔法は高額だとか、病気には効果がないという話だった。高額なのは効果を考えるとある程度理解ができたのだが、病気は治らないっていう部分に関しては間違った知識が広がっているようだ。もしかしたら、それがこの世界の共通認識かもしれないので黙っておく事にする。この街の周辺には、病気を治せるほどの神聖魔法の使い手がいないからみんな知らないとか……?
「ケイ! あなたがそこまで、瀉血だけはやめた方が良いと言う理由を、聞かせてくれるかしら?」
パトリシアさまの質問で、また部屋に静寂が戻り、全員の視線がオレに向けられる。
「……そうですね。経験がある方もいると思うのですが、血を抜く事で起こる問題点としては貧血を起こしたり、体力の低下ですね。まあ、貧血の理由はコルセットのせいでもありますが……」
やはり経験があったのか、みんながショックを受けているのが分かる。
「コルセットが健康に悪影響を及ぼすと、何年も前から『神の家』より指摘がされていましたが、それを知ってもほとんどの人間が外していないのが現状です。瀉血も同じで果たしてやめれる人間が何人いるのか……」
話によると神の家というのは、司祭、修道士、修道女によって構成されたこの世界の病院にあたる施設らしい。しかしここで一つ疑問なのだが、コルセットはおしゃれの為に外せないというのは何となくわかるのだが、瀉血は健康が損なわれるだけなのに、止めれない理由が浮かばなかった。
「え~と、何故やめれないのでしょうか?」
聞いてみると理由は意外と深刻なようで、今、女性たちはかつてないほどの結婚難に直面しているそうだ。それで男性の心をつかむ為に、細いウエストと色白の肌を競うように求めるのだという。そしてその方法がコルセットと瀉血なのだそうだ。驚いたことに、血を抜くと肌が白くなるので瀉血をするのだという。それは貧血で顔色が悪くなっているだけじゃん……。
「……なるほどその様な理由があったのですね。ん~っ! それでもせめて瀉血だけでも、本当にやめたほうが良いと私は思います。感染症…………え~と病にかかる恐れもありますし……」
まあ、いくら言ってもやる人はやるだろうな……何か代替案があれば……。
「ケイさま! 本当に瀉血は病になる恐れがあるのですか?」
不安そうな女性の質問にどこまで話していいか少し迷ったのだが、危険性を知ってもらう為にも分かる範囲で答える事にする。
「はい、血を抜く際にできた傷から様々な病になる可能性が高いです。誰かに使った器具をしっかり洗浄しないで使われた場合、前の人の病がうつる可能性があります。あとは清潔ではない器具や手で施術をされたり、傷口を触られてもかかる可能性があります。みなさんが施術を受けた人間はそこまで気を使ってくれていましたか?」
多分、この領の衛生環境を見るかぎり、そこまで気を使っている者はほとんど期待できないだろう。
「あ、あの私はつい先日、理容所で瀉血をしたのですが大丈夫でしょうか?」
「えっ……? りようしょ? それはどんな所なんでしょうか?」
「……髪を切ったり外科的な施術をしてくれる所です。あっ! あと歯を抜いたりも……」
えっ! 髪を切る? 要するに理容店とか床屋ってこと? 床屋が血を抜いたり、歯を抜いたりするって凄いな。でも大丈夫かと聞かれてもね……まずそこがどんな場所かは知らないんだよね。でも知らなくても言える事は大丈夫ではないという事だろう。
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