第107話 レースの小物

 今は最近、瀉血をしたという女性を診察をしている。最初は断ったのだが女性に懇願され、さらにはパトリシアさまの後押しがあった為、診察する事になってしまったのだ。でも明らかに見た目が子供のオレに診察をされても、安心できるとは思えないんだけどいいのかな……? とりあえず、実体験やドラマのなどの薄い記憶をたどり、見よう見まねで手首の脈をはかりながらそれっぽく振る舞う。当然ながら脈をはかった所で何もわからないので鑑定をする。


 鑑定をした結果、名前と瀉血が原因の傷以外にもさまざまな疾患が判明する。治すこと自体は簡単だが先程、神聖魔法が使えるという事は冗談で片づけてしまったし、どうしたものか……。


「え~とですね……ライナさまの右ひじの内側の瀉血時に生じた傷に関しては、軽い炎症のみので感染症などの心配は今の所なさそうです。傷に巻いている物は何かはわかりませんが、毎日きれいな物に変えることをおすすめします」


「わかりました! 毎日、きれいな布に変えるようにいたします。ありがとうございました!」


 『良かった~』という感じで胸に手を当て、自分が座っていた席に戻ろうとする所を引き留める。


「あっ! ごめんなさい! まだ続きがありますのでお待ち下さい」


 少し不安そうなライナさまに、もう一度、座るように促す。


「多分、これはここにいる皆さま全員にも言えと思うのですが、内臓のずれと骨格のゆがみがみられます。これはコルセットで締め付けている事が原因で、症状としては頭痛、背中の痛み、消化不良、食欲不振、呼吸困難、手足の冷え、他にもありますが、この様な症状に悩まされている方は多いのではないでしょうか?」


 『私も背中の痛みに悩んでおりました』『私も手足の冷えに困っておりました』とみんなが手を挙げる。


「あとは……筋肉の低下も起きている可能性もあるので、コルセットを外すと下腹がたるんでいる人も多いのではないでしょうか?」


 これに対しては流石に『私も』『私も』とは言えなかったようで、全員があからさまに赤面し黙ってしまう。


「と、という事で、コルセットはさまざまな体調不良の原因になっているので、外す時間を増やすのは間違いなく必要です。ですが皆さんが外せない事情がある事も先程、聞いて知っております。そこでパトリシアさまにご提案なのですが、今後このようなパトリシアさま主催の女性だけのお茶会の場だけでも、コルセット外すといのはいかがでしょうか? もちろん、その際の楽なドレスも私がお作りしますし、あとは着脱が簡単で体への負担の少ない伸縮性のあるコルセットも早急にお作りしたいと思います。是非、皆さまにもその効果をお試しになって頂きたいのですが、いかがでしょうか?」


「素晴らしい考えね! ケイ! そのドレスやコルセットの製作をお願いできるかしら? それとあなたたちもケイの提案を受けてみたらいかがかしら?」


「もちろんですわ! こちらからお願いしたかったぐらいですわ」「私もお願いいたします」


 パトリシアさまのそのセリフを待っていたかのように、一気に女性陣からお願いされる。まあ、少し面倒だけど新商品のアイデアが貰えたと思えばいいか……。


「それではライナさまの診察は、これで終わらせていただきますね! あと皆さまにはコルセットの問題点の方が、印象に残ってしまったかもしれませんが、瀉血の危険性も忘れないようにお願いいたします」


 ライナさんは丁寧にお礼をいった後、最初に座っていた席へと戻って行った。


「無事に診察は終わったようね! ケイ! それでは先程の続きをお願いできるかしら?」


 結果的にパトリシアさまのお披露目の邪魔をした事になるライナさまに、嫌悪感を見せる所か何もなかったかのように振る舞うパトリシアさまに少し驚かされる。普通に優しいだけとは思えないし、貴族だから本心を隠すが上手いのか? それともライナさまが意外と身分の高い人だからなのだろうか? 


「ケイ?」


「はい、では……ドレスに合わせて作ったレースの小物を見ていきましょう!」


 疑問は残るが理由を聞ける訳もなく、お披露目を再開させる事となった。





 ♦ ♦ ♦ ♦





 お披露目は進んで行き、パトリシアさまは既に次のドレスに袖を通していた。


「緑色も素敵ですわ! ケイさまの商会は相当、優秀な染色工房をお持ちなのですね」


 まだこちらの世界は染色の技術が発展途上で出せない色もまだまだ多く、その中でもより貴重な紫と緑のドレスが、一か所に揃っている事に皆が驚いていた。


「ケイ、そういえば最近、王都ではブーツが流行ているそうよ! あなたの商会でも扱っているのかしら?」


「はい、もちろん扱っております。明日にでも商会に、持ってきてくれるように頼んでおきますね」


 確かに自分の好みや考えを押し付けるだけじゃ駄目だったな。その場所の流行や本人の好みも取り入れていくのも大事だし……。それにドレスは裾が長いものが好まれているようで、足を見せる事があまり一般的ではないらしい。それを考えるとパンプスはまだ早かったかな? 


「楽しみにしておくわ! それと私ばかりがあなたを独占していると、後でみんなに恨まてしまうし、人脈を広げる為にも他の人とも話していらっしゃい」


 そう言うとパトリシアさまはこちらに背を向け、侍女やご婦人で話し始めてしまった。これは……? 向こうに行けってことでいいのかな? とりあえず頭を下げてその場を離れることにする。ドレスや小物類を見ている人たちの方に歩いていくと、確か話した時に同い年だと言っていた二人組が何やら話していた。

  

「これって何に使うものかしら? リボン?」


「あなた聞いていなかったの? 首に巻くっておしゃっていたじゃない! あっ! ケイさま! パトリシアさまとのお話はもうよろしいのですか?」


「はい、大体の説明が終わったので良いそうです! そちらの商品が気になりましたか? 良かったら付けてみますか?」


「えっ! でもこちらはパトリシアさまの為の物ですよね? 恐れ多くて……」


「流石に紫と緑は貴重なのでそれ以外は手に入らなかったのですが、色違いでよろしかったら幾つか在庫がありますので大丈夫ですよ!」


 実際は御使い様からもらった反物でいくらでも作れるが、希少性を出しておかないとね。


「じゃあ、お願いしてもよろしいですか?」


「ええ、構いません」


 箱からいくつかの商品を取り出し女性たちの元に戻る。


「黒と白があるのですがどちらが良いですか?」


「あの……私も付けてみてよろしいですか?」


 話していなかった方の女性からも遠慮気味に尋ねられる。


「えっ? もちろんです! 最初からそのつもりでしたよ! お好きな色をお取り下さい」


 かなり迷ったようだが、二人とも白を選んだようだ。お手本でオレ自身が黒の方を首に巻いて見せてあげる。


「あの……ケイさま、やっぱり私も黒にしてよろしいでしょうか?」「あ、あの私も……」


「あはは、すぐ取り外しできますし、両方付けてみていいですよ!」


 一応、この世界でよく使われているフック型の留め具にしたのだが、普段は自分でやったことがないのか、上手く付けられず二人とも戸惑っているようだ。

 

「手伝いましょうか?」


「あっ! 大丈夫です。自分でやってみます! それよりも申し訳ないのですがもう一度、この首飾りの名前を教えて頂けないでしょうか?」


「名前ですか? え~とレースチョーカーですね」


「れーすちょーかーですね! 覚えました。可愛いので今度、お父さまにお手紙でおねだりしてみようと思います」


「気に入っていただけたなら良かったです。でもそちらでよろしければ差し上げますよ。もちろん、お二人に……」


「えっ! よろしいのですか? でも私たち二人だけ貰ってしまっては……」


 なるほど、周りの人に悪いという事ね……意外と自分本位じゃないんだな。貴族女性への偏見を改めなきゃいけないかもしれない。


「それもそうですね! じゃあ、ここにいる全員にあげちゃいましょう」


「「えっ!」」


 驚く二人をよそに全員に声をかける。


「皆さま! お話し中に申し訳ありません。ここにあるレースの商品を皆さまに是非使って頂きたいのですが、受け取っては頂けないでしょうか?」


「もちろんですわ!」「何を頂けるのかしら」


 この部屋にいた全員が箱の周りに集まる。


「先ほど説明したこちらの三点ですね! レースの首飾りとレースの扇子、それとレースの日傘ですね。こちらの白か黒のどちらかを選んで頂いてお持ち帰りください。もしも、どちらのお色も欲しいという方は……」


 何かを期待するまなざしをひしひしと感じるが、そこまで甘くする必要はないだろう。


「もう片方はお色は是非、お買い求め下さい」


 期待を外された女性たちの反応は、予想に反して大爆笑だった。

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