第74話 最強の盾
次々に部屋に入って来るメイドさんたちに、自己紹介をしてしばらくこちらにお世話になる事を伝え、お土産を渡すという作業をひたすら繰り返す。最初は何事かと青ざめた顔で部屋に入って来る彼女たちが、お土産を渡されるだけだと知ると例外なく安堵の表情を浮かべていた。オレとしては、代表にまとめて渡すだけで良かったんだけど……。メイドさんたちからすれば突然、主人の奥様に呼び出されるのだから、何事かと不安になるのは当たり前である。
さすが城に住んでる貴族だけあって使用人が五十人近くいるようだ。それでも手が離せない人と男性の使用人は来ていないので、実際はもっといるという事になる。すごいよ男爵! 雇用を生んでいるじゃん! と感動する。しかし、メイドさんの中にはつぎはぎだらけの服を着ている娘もいたので、それほど仕事環境はよろしくないようだ。白っぽい色の服の人は午前中の担当で、黒っぽい人は午後の担当らしい。一応、シフト的なものはあるみたいで少しホッとした。
「ほとんどの使用人が来たようだし、一旦休憩にしましょう。ケイも長旅で疲れているでしょうから、部屋に案内させるので食事まで休むといいわ! リオス! 案内をしてあげてちょうだい」
その言葉は到着してすぐに聞きたかった……。
「かしこまりました。ケイ様、こちらでございます」
『ニャンニャンいくよ!』
『あい』
「あっ!」
ニャンニャンが自分の膝からオレの足元に素早く移動したのを、パトリシア様は悲しそうに見つめていた。
「それでは少し休ませていただきます」
「食事の準備が出来たら誰かを呼びに行かせます。主人もその頃には戻ると思うわ」
「ありがとうございます! 了解しました。それでは一旦、失礼いたします」
他の人たちも軽く頭を下げて部屋を出ると、執事のリオスさんに案内され部屋に向かった。
♦ ♦ ♦ ♦
ケイが部屋に休憩に行ったのを確認して、領土管理担当の家令のノアに話を聞く。
「ノア、旅でケイについて分かったことを話してくれるかしら」
「はい、まず本人は否定していますが身なりや言葉遣い、教養から考えましても貴族もしくは元貴族でほぼ間違いないと思います。話によると帝国に自分の店を開く為に一人旅をしながら向かっていたそうです。その途中で我が領のモレト村に辿り着いたのではないかと思われます」
「平民ではなく貴族なのではないかという疑念は私も感じました。それにしても一体どこから来たのかしら?」
はたして本当に一人で魔物や盗賊が跋扈するこの世を、旅する事は出来るものなのかしら……?
「我が国よりも教育の水準や魔法の技術が高い国から来たとしか……」
「帝国……? でも帝国に行きたいという発言と食い違うわね……。あの標高の高い雪山を越えて来れるとも思えないし」
「彼女……いえ、彼は魔法が使えますし、不可能ではないかもしれません。それにあの山の先は地図にものっていない未開の地ですから、どんな国があるか分からないわけですし、可能性がないとは言えないのではないでしょうか」
「結局は分からないって事ね……」
「……申し訳ありません」
「とりあえず、どこから来たのかは一旦置いておいて、他には何かわかった事はあるかしら?」
そしてまた話を聞いていくと理解不能な話になっていく。なんでも代官を使って集めた情報では村人の多くが怪我や病気を治してもらい、誰からともなく聖女と呼びはじめ、ほとんどの者があっという間にケイに魅了されていったという。この話は明らかにおかしいのである。
「おかしいじゃないオークを倒したのに、使える魔法が攻撃する術のない神聖魔法だというの? それに神聖魔法では病気は治せないのではなかったかしら……?」
「それについては魔術師に確認した方がいいかと思います」
「そうね、高い給金を支払っているのだから、こんな時ぐらいは役に立ってもらわないと雇っている意味がないわね。誰か呼んで来なさい」
使用人の一人が部屋から出ていく。
「彼女が……ゴホン! 彼が魔法を使うのは私や他の同行者も見ています。魔狼に襲撃された際に馬車に守りの魔法をかけてくれましたし、その時にはぐれてしまったメイドたちは彼によって救われ、傷も魔法により癒されたそうです。このセレスも道中で手のあかぎれを魔法によって癒されいますし、それを私もみています。そして――」「――まだあるというの……?」
「は、はい……はぐれたメイドを馬車に避難させた後、護衛騎士と御者に加勢して指揮を執り、御者が魔狼に襲われる寸前で爆発する魔法により救い、もう一頭は魔法により真っ二つにしたそうです」
「爆発……?」
そんな魔法は聞いた事が無い。本当にこの王国の魔法の知識の遅れは大きな問題だと思う。
「はい、彼が何かの魔法を唱えた途端に魔狼の頭が吹き飛んだそうです。そして、もう一頭は水の刃をとばして倒したようです」
「ど、どういう事なの……? 使えるのは水の魔法って事なのかしら……?」
「いえ、複数の魔法が使えると考えた方がすべての説明がつきます」
まさか勇者伝説や聖女伝説に出てくるような存在が本当にいるとでもいうの……?
「パトリシア様、話しにはまだ続きがあります」
「今度は何を言いだすつもり? ケイが勇者だとでも言うんじゃないでしょうね」
「もしかしたら、本当にそうなのかもしれません……。同行した冒険者の話ではシン村の家畜を襲っていた熊を倒す際に光、土、火、そして神聖魔法を使ったそうです」
勇者伝説の勇者でもそこまでは使えなかったわよ……。それに聞けば聞くほど、この領に貢献する活躍をしていることが分かる。
「情報をまとめると複数の魔法が使えるかもしれないという事と、我が領の使用人や護衛を救い、熊退治も手伝ったというのね。これは褒賞を考え直す必要があるわね」
「パロリシアさま……どちらかというと手伝ったのは冒険者の方で、熊はほぼ彼一人で倒したそうです。その際に助けたのがあの山猫で、子供と酔っ払いの証言ですがあの猫が人語を喋ったという噂もありました」
「はぁ? そ、そんな魔法もあるというの?」
思わず貴族にふさわしくない大きな声を出してしまったが、平静を装い誤魔化す。
「わかりません……しかし、あくまで子供と酔っ払いの証言ですので信憑性は低いかと……」
「それにしても、護衛や冒険者が役割をはたしていないように思えるのだけれど」
「彼が異質なだけで、護衛や冒険者は普段とそれほど変わらないかと思いますが、これからは魔物との戦闘訓練は必要かもしれません」
「そうね、今までは盗賊に対抗する為に対人を想定した護衛をつけていたけれど、魔物が増えている現状を考えると、今後の旅の護衛は魔物の討伐を得意とする第二騎士団から選抜するか、今までの人間を連れて行くなら第二騎士団で研修を受けさせた方が良さそうね」
この護衛についての話は後日、騎士団長と話すという事でとりあえず終了した。
「それでまだ何かあるのかしら?」
正直、もう話が出てこない事を願ったのだが、まだまだケイに関する話は尽きないらしい。なんと、商業ギルドの試験において計算機を使わなかったにもかかわらず、商業ギルド史上最速でしかも満点で合格したという。更にワインの知識、調味料の知識があり、作る料理も絶品だという。そして、扱う商品からも分かる商人としての才。どう考えても我が領に欲しい素晴らしい人材である。
「どうすれば、我が領に引き入れられるかしら……」
思わず考えていた事を言葉にして漏らしてしまった。それにノアが答える。
「一緒に旅をしていてわかった事なのですが……彼の性格はとても温和で、身分に関係なく誰とでも気軽に接します。そして弱い者を率先して助けるなどのやさしさと行動力があります。ベールの街では路上で花を売る子供を見かねて、すべて買い取ったそうです。しかし、その優しさを利用しようとすれば、気付くぐらいの賢明さも持っていますのでそれも得策ではないです。それに他者に対して貴族を名乗らない時点で、権力を必要としないだけの確固たる力を持っていると考えて間違えないです。そんな相手に権力を振りかざすのも最悪の結果を生むことになるでしょう」
「随分とケイの評価が高いようね。ではどうすれば我が領に引き入れられるというの?」
「簡単です。本人も言っていたではないですか! 戦争には行かせないと約束するだけでいいのです。それにもしもこの領内に仲の良い仲間や愛するものが出来たのなら、この領を守るぐらいはしてくれるかもしれません」
なるほど……それで我が領は最強の盾を手に入れられるというわけね……。
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