第73話 主人とメイドの関係
「あなたたち二人も知らなかったという事なのね……」
「申し訳ありません、てっきり女性かと……」「申し訳ありません」
「別に責めているわけではありません。ケイも騙そうとしていたワケではないようですが、このケイの容姿では勘違いするのも致し方ないでしょう」
こちらの世界に来てから初めて、妖精以外にはっきり男だと言った気がする。さすがレンドール男爵夫人というべきか、パトリシア様はそれほど驚いてはいなかった。しかし、『でも、困ったわね……』とぼそりと呟いていたのが、とても不穏に思えた。
「ケイ、あなたは早急に貴族の庇護下に入る必要があります。本当に商人だという事ならですけど……」
庇護下? 貴族に仕えるって事……? 利用されるだけだろうし、当然、自由も無くなるだろう。悩んでいるとパトリシア様がさらに続ける。
「権力のある貴族の中には美しい少年を好む者もいて、過去には去勢して女装させたという話まであります」
余りに胸糞の悪い話に身の毛がよだつ、これが現実にあったというのだから恐ろしい。庇護下に入らないと権力に逆らえずに、そうなるという事だろう。でも最悪は貴族を敵に回してでも拒否するけどね……。
「そこでレンドール男爵に仕えてはどうかしら? 我が領に出没したオークの討伐だけでも、十分この領の騎士爵に値する働きをあなたはしました。領主代行として心から感謝しています。よくやってくれました。もちろん、それに伴った義務は発生しますが、将来的には働きによって封土も与えられ、高い地位につく事も可能でしょう。あなたにとってもこの話は悪い話ではないと思うのだけれど……」
「義務ですか……?」
「領主に忠誠を誓い、有事には主君の指示に従い武器を取り戦うという事です」
確か騎士爵って貴族ではないんだよね。どちらかというと資格の免許に近いもので、あれば悪い事はないけど、オークを倒したぐらいで手に入るなら焦ってとびつかなくても良いかもしれない。魔物と戦うとかならまだいいんだけど、戦争とかはやっぱり抵抗があるんだよな~。ニャンニャンと楽しく暮らしながら商売したり、レベルを上げたり出来ればいいだけなのに中々上手くいかないもんだ。
「…………」
「すぐに答えは出ないでしょうから、滞在中によく考えて返事をしてくれればいいわ」
「わかりました。滞在させていただく間に、自分の将来についてよく考えたいと思います。あと遅くなってしまったのですが、パトリシア様にお土産をお持ちしたのですがお渡ししてもよろしいですか?」
「あら、なにかしら」
事前に作っておいた物をカバンから取り出す。
「まあ、それは鏡……? 王宮でもここまで綺麗に写す鏡はないわ……」
後ろに控えるメイドたちも驚きの顔で覗き込んでいる。
「それとこちらが石鹸で、瓶の方は髪用の石鹸のようなものでシャンプーといいます」
「しゃんぷー? なるほどいい香りね。あなたの美しい髪はこれが理由かしら?」
「はい、シャンプーは髪の汚れを落として潤いを与えますので、私も毎日使っています。これらは私が代表をしていますフェネック商会の商品なのですが、貴族さまにお渡しするのはこれが初めてなので、パトリシア様のご意見をいただければと思っています」
「これらはあなたの商会で作っている物なのですね。それでフェネック商会はどこの街にあるのです?」
「本店は落ち着く先が見つかってからと考えていますが、支店候補はベールに予定しています。当初は帝国に移り住んで店を開きたいと思っていたのですが、現在はもう少し帝国の情報を調べてからと考えています」
「帝国……? それはなぜです?」
「戦争に行きたくないからです」
「なるほど……でも、あなたは魔法が使えるのですよね? それなら帝国でも戦争にかり出されるのではなくて?」
「帝国には戦争で戦う為の軍隊があると聞いたので、私のような商人は出る幕がないと思ったからです」
「それは只の商人だったらの話で、一人でオークを倒したような魔術師を、軍がほっとくわけがないと思うのだけれど……」
「言わなければ誰にも気付かれないと思います」
「確かにその容姿からは想像がつかないわね……」
ひとまず今の話は終わりのようなので残りの土産も渡していく。
「あとこちらなんですが、手や唇のひび割れやかさつきに効くクリームという塗り薬です。一応、足や他の部分にも効きますし、肌全体にお使いしてもらって問題ありません。こちらの塗り薬はメイドの皆さんの分もご用意致しましたので、あとで皆さんに渡してあげて下さい。パトリシア様に差し上げた物に比べると数段、質が落ちてしまうので申し訳ないのですが……」
権力のある人は特別扱いが大好きだから、使用人とは差を付けないとね。実際は入れ物が少し違うだけなんだけど……。
「何も問題ありません! 使用人の分の土産まで持ってきたのは、貴族も含めてあなたが初めてです。それだけでも、使用人たちからは感謝されるでしょう。リオス、今すぐ全員をこの部屋に呼んでちょうだい」
「かしこまりました」
返事をするとリオスさんは従者の男性に指示を出し、その男性は急いで部屋を出て行った。
「あの~私が言うのも何なんですが、毒物の検査とかしなくていいんですか?」
「この国の貴族は、陛下より毒を見分ける魔導具を下賜されています。それに反応がないので問題はないでしょう。そのくりーむはメイドたちにあなたの手で直接渡してあげなさい。メイドの中には貴族としての礼儀作法を見につける為に、社会勉強の一環で来ている貴族の子女たちも多くいます。新たな繋がりを持ついい機会や宣伝になるでしょう」
「ありがとうございます……」
多分、あの指輪辺りがそうなのだろうか? 毒での暗殺とかもありそうだし、貴族には必須アイテムなのだろう。
「パトリシアさま、私たちにもその鏡を見せていただいてよろしいですか?」
「仕方ないわね! 大事に扱うのですよ」
二人のメイドがはしゃぎながら鏡を見せてもらっている。大分、服装も小綺麗だし主人に馴れ馴れしい所をみると、この二人も貴族の娘なのかもしれない。
「ジャニス、ロディナ! あなたたちはケイに先に土産を貰ってしまいなさい」
「「わかりました。パトリシアさま」」
「初めまして、ジャニス・コリンズです。その年齢で商会の代表なのですね。素晴らしい事ですわ」
「初めまして、ロディナ・フリンクと申します。私は鏡もそうですが、髪に使う石鹸にも興味があります。お時間がありましたらお話を聞かせて下さいませ」
「ロディナ! ずるいわよ! 自分ばっかり」
「何よ!」
「あ、ありがとうございます。ケイ・フェネックと申します。こちらが先ほど話していた塗り薬です。よろしかったらお使い下さい」
「「ありがとうございます」」
「あの鏡もケイさまの商会で買えるのですか?」「ケイさまのお父様は、何をされているお方なのですか? やはり貴族なのでしょうか?」
その質問にパトリシア様も少し反応していた気がするが、気付かなかったフリをして答えていく。
「もちろん、私の商会で買えますが鏡は高価な物なので、徐々に広げていきたいと思います。それと私はすでに家を出た身なので、父が何者であってもすでに関係がありません」
ここはあえてはっきり言わずに、貴族かもしれないという疑念は残しておく。
「では、自分お一人の力で商会を……」
「二人ともその辺にいたしなさい。はしたないですよ」
「「は~~い」」
何なんだその返事は……。
「ケイ、近々お茶会を開きます。そこで貴族の御婦人を何人か紹介いたしましょう。鏡は何枚ぐらい用意できるかしら?」
「十枚はご用意できるかと思います。大きさも多少でしたら変更も可能です」
パトリシア様は一瞬ぎょっとしたが、すぐ冷静になりこう続けた。
「では、五人紹介いたしましょう。それとは別にこれよりも大きいものを二枚、私が買い取ります。日取りは決まり次第伝える事にします」
「かしこまりました。ありがとうございます」
「パトリシアさま! 私のお母さまも呼んでくださいませ」
「私のお母さまも……」
「わかっています。すでに人数に入っていますよ」
二人は笑顔でパトリシア様にお礼を言っていたが、主人とメイドの関係がこれが普通だとは思わない方が良さそうだ……。
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