第68話 目を覚ました妖精

 シン村の夜は家畜を襲っていた熊を倒したこともあり、広場での盛大な宴となった。倒した熊の肉や素材は村人に運んでもらったので、かなり安い値段で売る事になってしまった。しかし何度も往復して運んだり、持てない分を捨てたりする事を考えれば結果的には良かったのかもしれない。




「計算や接客もほとんどケイ様にやらせちゃったわね……」




 あたしたち冒険者パーティーは、村人に振舞われたエールを飲みながら今日の出来事について話していた。




「実際、ケイ様は商人だし俺たちがやるより、はるかに速いからな……しかし、報酬は多めに渡した方がいいかもな」




「――熊もあの人が倒したようなもんだし、取り分が多くても俺は文句はないかな……」「同じく」




 ジョーはともかくお金にがめついエドが、珍しく他の人間に多くの報酬を渡すことに同意した。




「ん~っ! そうだよな……それがいいか…………そういえば気になったんだが、普通はあんなにデカい熊をファイアボール一発で倒せるもんなのか?」




「それはあたしも気になってケイ様に聞いてみたんだけど、口元を燃やすと息が出来なくなって大抵の生き物は倒せるんだって。中毒とか言ってたかな?」




「はぁ? 毒の火なのか? 火の魔法が最強と言っていた奴がいたが、あながち間違えじゃなかったって事か……」




「でもよ、土で壁作ったり光の球を作ったりもしてたよな! 一体いくつの魔法が使えるんだ?」




 エドの言葉に全員の視線がケイ様に向かう。しかし、当の本人は怪我をした山猫を大事に抱えて座り、村の子供たちに囲まれていた。そして、エドを救った防御魔法の事も思い出した。




「エド……」




「ん? なんだ?」




「あ、あの……きょ、今日は助けてくれてありがとう」




「あっ? 仲間なんだから当たり前だろ」




「えっ! あっ…………うん、でもありがとう」




「まあ、あの人の魔法がミリスにもかかってたから、助けなくても平気だったかもだけどな。咄嗟だったからそんな事忘れてたしな……」




 後半は声がどんどん小さくなっていたが、辛うじて全部聞き取ることが出来た。あたしはエドを誤解していたのかもしれない。お金にがめつく自分勝手な奴だと思っていたが、お金は寄付の為だったし一人で先行して怪我をいつもするのは、味方の為に率先して危険な所を受け持っていたからかもしれない。




「次はあたしがエドを助けるね」




「何言ってんだ? おまえの魔法でいつも助かってるぞ」




「…………」




「何だ? ミリス、凄く顔が赤いぞ。具合が悪いのか?」




「う、うるさいわね! す、少し酔ってきただけよ。エド、おかわり取ってきて」




 文句を言うエドに無理やりエールを取りに行かせる。




「ミリス、『次は助ける』っていうのは、この依頼が終わってもこのパーティーで続けるって意味でいいのか?」




 エドが離れた場所にいるのを確認しながらアルクが質問をしてきた。しかし、聞かれていたと思うと急激に恥ずかしくなり、ぶっきらぼうに答えてしまう。




「そ、そうね。それでいいわ……」




「そ、そうか……」




 アルクはそれ以上何も言わなかった。もちろんジョーも……。










 ♦ ♦ ♦ ♦










「ねえねえ、なんでその山猫は変な色なの?」




「変な色じゃないよ! 神様が授けてくれた素敵な色じゃん!」




 折角、熊の販売も終えてゆっくりしていたのに子供たちに囲まれて、なんでなんで攻撃に苦しめられていた。やはりこの子供たちもそうだが熊肉を買いに来た村人たちも、この子の正体に気付いている人はいないようだった。余計な面倒ごとに巻きこまれたら嫌なので、あえて言う必要はないだろう。




「ムニャムニャ! お肉……」




「あっ! ネコがしゃべった!」




「馬鹿だな~ネコが喋るわけないだろう」




「え~~でも~~」




 小さな女の子とその兄らしき男の子の会話が聞こえて少し焦ったが、子供たちに妖精の言葉が分かるわけないし、そこまで気にする必要はないかもしれない。その時、『フワァ~~』っと大きなあくびをしたかと思うとネコネコが目を覚ました。薄く開けられた瞳の色は綺麗な水色で体の色と相まって、とても上品に思えた。




「あっ! おねえちゃん! ネコ起きた?」




「そうだね、目を覚ましたみたい」




 しかし、ネコネコはその後、目を見開き固まってしまった。確かに目を覚まして他の生き物に囲まれていたらそうなるか。




「大丈夫だよ。ここは安全だから安心してね」




「えっ? おねえちゃん、ネコの言葉が話せるの?」




 もちろん妖精の言葉で話しかけているので、子供たちには通じない。もしかしたら、やばい人にみえているのかもしれない。




「ここは……? あたちはたしか、森熊に襲われて……」




「あ~~やっぱり何かしゃべてる~」




 あたち……ネコネコの一人称も気になる所だが、騒ぎが大きくなるのも困るので、大勢の前では喋らない方が良い事を伝える。すると、分かってくれたのかコクコクと頷いてくれた。




「お腹減ったでしょ? 多分、あなたを襲った熊の肉だけど食べる?」




 少し間があったが、ネコネコはまたコクコクと頷く。どうやら食欲はあるようなので、立ち上がりアルクさんたちの元に向かう。もちろん、興味津々な子供もその後に続く。




「アルクさん、この子が目を覚ましたみたいなので、肉を焼く場所をかりていいですか?」




 『どうぞ、どうぞ』とアルクさんは飲んでるだけのエドを、他の場所に移動させてくれた。




「エドさん、すみません」




 エドさんは右手をあげると、木のジョッキを持って移動していってくれた。




「大人しいわね! やっぱり子猫だったのかしら」




 ミリスさんもネコネコを見に近くまで来て興味津々で観察する。




「無礼な! あんな動物と一緒にしないで欲しいのです! それに体は小さいけどあたちは立派な大人なのです!」




 この子は人間の言葉がわかるし喋れるらしい! ミリスさんの言葉に色々ひっかかって、黙っていられなかったようだ。子供たちからは歓声があがり、エドさんやジョーさんも何事かと子供たちの後ろから必死に見ていた。




「こ、これもケイ様の魔法ですか?」




「いえ、違います……」




 どう話すか困っていると、ネコネコにお願いされて抱っこ紐から地面におろしてあげる。すると二本足で立ちあがると自分の体を確認し始める。また子供たちから歓声があがる。




「背中を切り裂かれたはずなのです…………もしや治療をしてくれたのは、あなた様なのです?」




 今度は妖精の言葉でネコネコが話し出したので、こちらも自然と妖精の言葉を使っていた。




「そ、そうだね……一応、全部治したと思うんだけど、どこか痛い所とかないかな?」




「ありません。あたちなんかの為に高価な魔法薬を使っていただいて、申し訳ございません。あなた様はあたちの命の恩人なのです。なんとお礼をいったらよいのか……訳あってあたちは名乗ることが出来ないのです。命の恩人に名乗らぬ無礼をお許しくださいなのです」




「高価な魔法薬とかは使ってないし、名乗らないのも訳があるんだから気にしなくていいよ」




「ちょ、ちょっと待ってください。ケイ様、もしかして従魔契約をされたのですか?」




「本当にあなたは無礼なのです! あたちは魔物じゃないのです。誇り高き妖精族のケット・シーなのです」




「えっ? 妖精!」




 ミリスさんはどうやらケット・シーを知らなかったらしい。いつの間にか騒ぎを聞きつけた酔っぱらった村人も集まり始めていて、隠そうとしたことを思いっきりケット・シー本人に大々的ばらされてしまった。幸いにもこの場は子供と酔っ払いしかいないので、後で何とでも出来るだろう。




「ミリスさん、アルクさん、子供たちがついてこないようにお願いします」




 オレは返事をまたず、素早くネコネコを抱えると夜の森に走り出した。

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