第66話 爪痕の主
「目を覚ましたら襲ってくるかもしれません。小さいとはいえ野生の生き物ですから、十分にお気を付け下さい」
抱っこひもから頭だけを出しているこのかわいい生き物は妖精のようだし、そんな事は無いと願いたい。もしかしたら話が出来たりするのかもと思うと、目を覚ますのが待ち遠しい。思わず必要以上に頭をナデナデしてしまう。
「それにしても小さいわね。親とはぐれたのかしら?」
普通の家猫よりは少し小さい気もするけど、みんなはジャガーのような大型のネコ科動物を基準にしているのだろうか? みんなからこのケット・シーという妖精の名前が出てこないという事は、この中に知っている人はいないようだ。みんなはただの山猫の子供と思っているらしい。
「それでは狩りに戻りましょう」
アルクさんの一言で狩りが再開され、ジョーさんを先頭に森の中に進んで行く。ジョーさんはどうやらスカウトやレンジャー的な役割のようだ。無口だが大事な事はちゃんと喋るようで時折、毒草の注意や獲物の方向を教えてくれた。なるほど、最初の大まかな位置をミリスさんの魔法で探り当てて、その後ジョーさんの追跡能力で追っていくわけね。しばらく進むとまた止まれの合図が出される。
「熊だ」
ジョーさんの指さした木にはかなり高い位置に爪痕がついていた。これがマーキングってやつ? それにしてもデカくないか……? 少なくともジョーさんの身長は百八十センチはある。それから爪痕の高さを推測すると三メートル近くになるのではないだろうか……化け物です、怖いです。
「それにしても臭えな」
エドが鼻をつまんで顔をしかめている。確かに凄い臭いだとは思っていたが、あの山盛りの泥に見えるものが熊の糞で臭いのもとだったのか。
「ケイ様、これだけ糞が臭うという事は、この熊は肉を喰っているという事です。それにこの糞の量からして、食欲も旺盛だとおもわれます。遭遇時に即座に襲い掛かって来る事も考えられ、かなり危険かと……。爪痕の位置からかなりの巨体と思われますし、熊に対する準備をしていない我々だけでは難しいかもしれません」
「動物の熊なんですよね?」
「村から近いので魔物ではないと思いますが……」
どうやらアルクさんの話では動物の可能性が高いようだ。元の世界でも熊は脅威だったが、この世界でも変わらないらしい。冒険者でも倒せないの? 確かにかなり硬い体毛と分厚い皮と脂肪で、刃物や弓は厳しと聞いたことがある。魔法ならいけそうな気もするが……。
「あれ? でも、何で村から近いと魔物じゃないんですか?」
「これはルーファスさまの説なのですが、ほとんどの魔物が魔力を感じることができるそうです。ですが大半の魔物の感知能力は大雑把なもので、人が多い場所の魔力を感知した場合、大きな魔力と誤認して魔物はその場所を避ける傾向にあるようです。まあ、例外もあるそうですが……」
へぇー! どこにでも頭がいい人はいるもんなんだね。小魚が集まって大きな魚に見えるようにして、外敵から身を守る方法を自然と人間もやってたって事か。まあ、実際は魚の群れる理由は大きく見せるのが目的ではなくて、多く集まることによって捕食者に攻撃対象を絞り込ませない混乱効果が目的というような他の説もいくつかあるが……。
「ん? という事は魔法が使えない人も魔力を持っているって事か……」
「はい、ルーファスさまの説ではそういう事らしいです」
「なるほど……教えていただいてありがとうございます」
恐ろしいほどのルーファス押し……試しにミリスさん以外を鑑定してみると、確かに魔力自体は持っているようだ。もしかしたら、この説はかなりいい線を行っているのかもしれない。魔法適性がないのだがアルクさんは他の二人よりも倍近く魔力を持っているようだ。こういう人は魔導具とか付与された武器とか使えば、折角持っている魔力をいかせるんじゃないだろうか。魔力適性がないけど魔力がある人は、新たな商売のターゲットとしては面白いかもしれない。
我に返るとみんながオレの反応を待っているようだ。今は肉の確保と熊の対処が先か、もう一度探索魔法を使って周辺を調べてみると、少し先の洞窟の奥に開けた場所があり、そこに丸まった大きなシルエットが浮かび上がる。多分、爪痕の主なのだろう。鹿を獲って帰りたかったけど、近いな……う~ん。
「ケイ様、どうかされましたか?」
「鹿を獲って帰りたかったんですが、この先の洞窟に熊が寝ているのでどうしたものかなと……」
「熊が寝てる?」「何でわかるんだ?」
「もしかして、ケイ様は探知や探索系の魔法も使えるのですか?」
ミリスさんの質問に答えていいものか迷ったが、ややこしくなりそうだったので使えると正直に答える事にした。
「神聖魔法にも探索系の魔法があったんですね。初めて知りました」
それは風魔法なんだけど、これも言わなくていいか。色々な人に余りにも勝手な勘違いをされる事が多いので、今後は勝手な勘違いはさせておく事にしよう。そうしよう! という事でミリスさんの発言は聞き流すことにした。
「相手の居場所が分かっていて、さらに寝ているのであれば先制攻撃ができるし有利に戦闘が運べる。戦ってもいいかもしれないな」
「そうね、ノア様の依頼で夜に家畜を襲いに来たら、戦わなきゃいけないわけだし……有利な状況なら戦った方がいいかもね」
「俺もそう思う」「同じく」
そして、全員の目がオレに向けられる。ここで怖いからやめたいとは冗談でも言えない雰囲気だった。普通に戦ったら全員吹き飛ばされそうだけど、大丈夫なんだろうか? まだ目覚めないネコネコの仇かもしれないから、いっちょやってやるか……!
「分かりました。やりましょう」
オレたちは覚悟を決め、熊が寝ている洞窟へと向かった。
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