第65話 かわいい子
ベールの街を出発し、また変わらない景色の中を馬車は進む。出発前に話せたことでセレスさんともわだかまりが無くなり、逆に少し仲良くなれたようにも思えた。おかげで気まずいまま、馬車の旅をしなくてすみそうだ。
「セレスさん、ハンド……その塗り薬は水仕事などの水に触れた後と寝る前が効果がありますが、手が乾燥してきたと感じたらどんどん塗っちゃって下さい」
「ケイ様、手荒れにはいつも悩まされていたので、みんなも喜んでいました。本当にありがとうございます」
「ちょっと手を見せて貰ってもいいですか? わっ! 結構、痛そうですね」
セレスさんの白く細い手や指はひびやあかぎれで痛々しかった。
「聖なる癒しを、ヒール!」
セレスさんの手が輝き、傷が綺麗に治っていく。
「きゃっ! 傷が……」「こ、これがヒール…………こんなにもすぐさま治るとは……」
ヒールって初歩の魔法だよね? 結構、ノア様って偉いんじゃないの? それでも見たことないってどういう事なんだろう?
「ケ、ケイ様、ありがとうございます」
「いえいえ、それより二人とも驚いていましたけど、もしかしてヒールを見たの初めてですか?」
「王国では長年、魔法を軽視してきたツケなのでしょう。詠唱が終わる前に斬りつければいいのだから、魔術師は騎士にかなうわけがないと未だに言う者もいるぐらいです。その当時いた魔術師は待遇も良くなかったので、そのほとんどは帝国に流れて行ったと言われています。もちろん、今は魔術師の価値に気付き、待遇は良くなっていますよ」
魔術師の待遇が良くなってるというのは取ってつけたよう話だが、ただヒールを見たのは初めてか聞いただけだったんですが……。要するに居心地の悪い王国には魔術師はほとんどいないので、魔法を見る機会もないという事であってるんでしょうか? となると魔術師が軽視される王国と人種差別の帝国の二択って事ですか……まあ、オレは魔術師っていうより商人だけどね。帝国は現在進行形で王国は現在、一部ではあるが改善しつつあると……う~ん……どっちもやめて諸国漫遊でもする?
♦ ♦ ♦ ♦
次に着いた場所はモレト村と大して変わらない感じの村だった。一応、木の柵があるだけマシかもしれない。ここには教会も宿屋もないので、村の広場の一角で天幕を張って寝る事になるらしい。
「ようこそおいでになられました。シン村の村長をしておりますモーリーと申します。なにぶん貧しい村なので何のおもてなしも出来ませんがご容赦ください」
オレとの挨拶を終えると村長はノア様と話し始めた。
「領主さまにはすでにご報告しているのですが、最近、夜中に獣だと思われる何かに家畜が襲われる事件が度々ございまして、必要であれば私どもの家でよろしければ、二部屋しかご用意出来ませんがお使い下さい」
「それではその部屋は私とケイ様が泊まらせてもらおう。今夜、その獣が出るようだったら冒険者に退治させるので心配するな。いつものように広場の一角を借りるが問題ないな」
「ノア様、いつもありがとうございます。広場はお好きな様にお使いください」
「問題ない。領民を守るのが我々の仕事だ」
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
何かカッコいい事言ってるけど自分は部屋で寝る気かよ……でも意外と領民に寄り添った領主さまなのかもしれない。これが普通なら結構いい領地なのではないだろか。その後、村長は挨拶を済ませると戻っていった。
「あの~……私の部屋は女性陣に使って貰って下さい。私なら獣が来ても魔法で何とかなるので外でいいです」
「しかし……それでは……」
「冒険者の方たちに聞きたい事もありますし」
「ノア様、ケイ様の側にはあたしがいるようにいたしますので……」
結局、そのミリスさんの一言でオレの申し出は受け入れられ、メイドさんたちには恐縮されそしてもの凄く感謝された。その純粋な目で感謝され見つめられると、決して村長の家で食事がしたくなかったとは言えなかった。
♦ ♦ ♦ ♦
天幕を張り終わり、みんなで雑談をしていると村長があらわれた。
「休憩している所、申し訳ありません。ケイ様は商人という事だったので、何か食料などを交換もしくは売っていただけないかと思いまして」
「食料ですか?」
あるにはあるけど全部【秘密の部屋】だな……。いきなりみんなの前から消えて、食料を抱えてきたら流石におかしいか……。
「はい、出来れば肉などを売っていただけたら助かるのですが……」
「なるほど……それでは今から狩りに行って何か捕って来ますよ」
「よ、よろしいので?」
「ケイ様、例の獣もいるかもしれないので、私たちもご一緒いたします」
アルクさんたちのパーティーも全員来るらしい。
「あっ! はい……お願いします」
「そんな顔しないで下さい。私たちも冒険者の端くれです。足手まといにはなりません」
いや、【秘密の部屋】に行きたかっただけです。
「いえ、そんな事は思っていません。では行ってきますのでノア様にもお伝えください」
「かしこまりました。よろしくお願いいたします」
村長にノアさまへの伝言を頼み、近くの森へ五人で向かって行く。
♦ ♦ ♦ ♦
「ミリス、獲物を探してくれ」
森に入るとアルクさんの指示でミリスさんが何やら詠唱を始める。
「大気を流れし風を司る精霊シルフよ、我の祈りを聞き届け全てを見通す力を我が手に『ディテクト ライフ』」
ミリスさんを中心に魔力の波紋が広がるのを感じ、風が体を吹き抜ける。これがこの世界の人の魔法か……。あれ? 御使い様は詠唱はいらないってい言ってたよな……。ミリスさんもオレと一緒で言いたいだけ? 確かに何か言った方が気持ちがいいし、ストレス解消になる気はするが……。何となくオレとは理由が違う気がする。
「向こうに反応があるわね多分、動物だと思う」
試しにオレも探索魔法をこっそり使ってみる。確かにミリスさんが指さした方向に鹿のシルエットがみえた。それよりそこの木の裏に何かいる! 小動物?
「ケイ様、では行ってみましょう! ケイ様?」
「そこに何か小さな生き物がいるので、ちょっと見てみます」
「えっ? そこには何も反応はなかったけど……」
「ケイ様、小さくても魔物の場合は危険です。私が――」「――大丈夫です。防御魔法をかけているので」
アルクさんの申し出をかぶせ気味に断り、木の裏に回る。振り返るとみんなもこちらに来てくれるようだ。
「えっ? 凄い血、怪我してるみたいです」
「手負いの動物は狂暴ですから……なるほど瀕死でしたか、それにしても変わった毛色ですな。それなら高く売れるかもしれません」
「何を言ってるんですか。こんなかわいい子、治すに決まってるじゃないですか」
そう言ってその生き物にヒールをかけてあげると、みるみる傷が治り冒険者たちからは驚きの声があがる。しかし、血を流しすぎたのかその生き物は目を覚まさない。
「でも、その山猫どうするんだ? 皮を売らないなら逃がすのか?」
「エド! 口の利き方に気を付けろ!」
「…………」
「そうですね……。治るまでは面倒を見てあげようと思います」
その生き物を抱き上げてじっくり見てみる。面白い事に、この生き物は顔の真ん中に縦に線が入った様に左右の毛色が違う。顔の右側は全て灰色で顔の左側と体は黒い。そして胸元だけ白と中々個性的な毛色をしている。この生き物が普通の猫だったら飼いたかった……。
「さっきの背中の傷の大きさだとかなりデカい相手に襲われたみたいだし、みんなも周辺を警戒してくれ」
看病するために村に戻りたいけど、自分から狩りに行くと言った手前それも難しい。カバンから布を出して抱っこ紐を作り、その生き物を抱っこしたまま狩りへと向かう事にした。どうやらアルクさんたちは、この生き物の正体に気付いてないようだ。これってばれたらどうなるんだろう……。
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