第64話 儲け話
◇ある行商人の視点
いつもの商売開始の角笛の音を聞きつけ村人たちが集まり始める。これはいつもと変わらないように感じる。
「ポール、いつも挨拶を任せちまってすまんな」
「本当だよ、次の行商はおまえが隊長やってみろよ」
「神父さまとか偉い人が苦手なんだから、それだけは勘弁してくれよ。それに今夜はまた俺が酒を奢るからさ……な?」
「スコットさ~ん」
「悪い、呼ばれた! じゃあ、また後でな」
スコットとはお互いの親たちが同じ行商ルートを回っていた縁で、よく小さい頃から顔を合わせていた。まだその頃は仲良くはなく顔見知り程度の関係だったが、算術の私塾が一緒になったのがきっかけで、よく遊ぶようになり今では一番の親友だ。お互いが行商を任されるような年齢になると、どちらからともなく、自然と一緒に回るようになっていた。
俺が独立したら元の商会の行商ルートは使う事は出来なくなる。という事はスコットと回れなくなるという事だ。独立はまだすぐには無理だが、早めにスコットには伝えた方がいいよな……。
♦ ♦ ♦ ♦
「お、奥様、今日は何かお探しでしょうか? もしよろしければ翡翠の首飾りが手に入りまして……」
「そんなもんいいから、新しい苗を見せておくれよ。ん? 奥様?」
「ガハハハッ! 行商人さん、それはマイラばあさんだぞ」
村人たちから笑いが起きる。服装を見てどこかの金持ちの奥様かと思ったが、よく考えたらこんな田舎の小さな村に、金持ちの奥様が従者も付けずに一人でふらふら来るわけがない。まさか、いつも苗や種を買ってくれるばあさんだったとは……。
「その服はどこで――」「――今回はかわった苗や種はないのかい? またいくつか欲しいんだけど」
「あ~そうそう、聖女さまも人気が出るって言ってたから、赤い実は俺もいくつか欲しいな」
また聖女さま? 赤い実が人気が出る? あの苗を売ってくれた商人は鑑賞用と言っていたから、貴族の目にでも留まったか?
「残念ながら今回は仕入れて来ていないです。次回は仕入れてきますね。その聖女さまについて少し聞かせ――」「――あんたらは串焼きはやってくれないのかい」
「ああ~あれはうまかったな」
「俺はサンドなんとかがうまかったな! サンドなんとかは売ってないのかい?」
次から次へとその聖女さまが売っていたものはないのかと、聞いてくる者が後を絶たなかった。村人が言った商品は、ほとんど知らないもので商人としてのプライドが傷つけられていく。ここまででどうにか聞き出せた事は、その聖女さまというのは自称商人見習いで、領主さまに招待されて護衛付きでこの村から出発したという事だ。
普通、商人見習いが領主さまに招待されるものか? 商品自体は良い物の様だから……どこかの大店の娘? 貴族の娘のお遊びに親が大金を出しているとかか? そんな事を考えていると子供たちが荷馬車の商品をのぞきに現れた。
「やあ、君たち少し聞きたい…………ちょ、ちょっと、履いてるものを見せてくれるかい?」
サンダルのようだが今までの革で編んだ物ではなく、なんとも単純な作りでありながら、足の裏を守るという大事な役割をしっかりはたしている。
「フェネック商会……」
丁度、踵をのせる部分にそれはかかれていた。どうやらこの商会がその聖女さまに大きく関わっているようだ。
「おい、グレッグ! ちょっと早いけど先に護衛の冒険者のみなさんと一緒に酒場に行っててくれ」
「おっ! いいのか? じゃあ、悪いな。 よ~し、みんな行くぞ。兄貴のおごりだ!」
邪魔な義弟にはこの大事な情報の価値が分かるとは思わないが、一応、念のため先に酒場に行かせる。これは絶対売れる! これなら簡単に作れそうだし布の部分の鮮やかで細かい染め方は無理でも、普通の布や革にすれば安く作れるだろう。これは使用権の権利者に料金を支払っても作る価値がある。これがうまくいったら独立もそれほど先の話ではないだろう。
「見せてくれてありがとう。君たち、これは聖女さまに貰ったんだろう?」
確証はないが多分、聖女さまから貰ったもので間違いないだろう。子供たちの口が軽くなる様に果物を一つずつ渡し行く。
「えっ! 魔女さまを知ってるの?」
「魔女さま……?」
「うん! お話の魔女さまと同じで大きい帽子をかぶってて、大きな杖を持ってたから魔女さま」
「な、なるほど……その魔女さまは村の人が言っている聖女さまと同じ人なんだよね?」
「うん――」「――おい、みんな、向こう行くぞ。おじさんリンゴありがとう」
「ああ、うん、みんなも聞かせてくれてありがとう」
一番年上の男の子に邪魔されてしまったが、大分、わかった気がする。会えなかったのは残念だが、あのサンダルと背負いカゴだけでもいい商売になる。帝国に着いたら商業ギルドでフェネック商会の事と登録している使用権や商品について調べてみよう。他にも素晴らしい商品があれば儲けものだ。
♦ ♦ ♦ ♦
俺とスコットはみんなから離れて二人で飲んでいた。
「ポール、おまえ、それ本気なのか? 独立したら一緒に回れなくなるんだぞ」
「声がでかい。あいつに聞こえるだろう」
「大丈夫、あの間抜けはもう寝てるよ」
振り返るとグレッグはテーブルの上の皿に顔をうずめていた。
「あいつが嫌なら親父さんにちゃんと言えよ! よく考えろよ、お前が独立したらあいつが親父さんの商会を継ぐことになるんだぞ! 絶対潰れるぞ」
「その前に登録試験に受からないだろ」
それを聞いてスコットが、飲んでいたエールを豪快に吹き出し思いっ切りむせる。
「ゴホッゴホッ! 笑わせるなよ! こっちはこれでも真剣に話してるんだぞ」
確かにあいつと争うような面倒な事になるぐらいなら家を出た方がましだと思ったのだが、よくよく考えるとあいつから逃げて家を乗っ取られる方が、何倍も馬鹿げている事に気付かされる。妹には悪いが、あいつには商人を諦めて貰った方がすべてうまくいく気がする。親父も妹の為にグレッグに色々教えろと言っているだけだし……あいつの事は好きでも嫌いでもないからな。
「スコット、ありがとう。帰ったら一度、親父と話してみるよ。そこでどれだけあいつが無能かを話して、儲かりそうな商売の話もしてみるよ! うまくいきそうだったら親父も反対とは言わないと思うんだ」
「もちろん、その儲け話には俺も人数に入っているんだろうな?」
「当たり前だろ。でも本当に一緒にやるかは、話を最後まで聞いてから自分で決めろよ! 後から文句は言わせないぞ」
俺は聖女さまの話と見てきたサンダルや背負いカゴの話をスコットに話した。
「……そんないい話、やるに決まってるだろ。俺もお前に見せたい物があったんだ」
そう言ったスコットは足元から壺を出した。
「開けて見ろ」
言葉に従い蓋を開けてみる。
「バターじゃないか、どうしたんだ?」
「村人が売りに来たから買い取った。それで定期的にも買う事にもなった。おまえの話を聞いて思ったんだが多分、これもその聖女さまが作り方を教えたんじゃないか?」
「一体、何者なんだ、その聖女さまは……?」
二人で話し合ってはみたものの、その答えが出る事はなかった。
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