第63話 村の変化
◇ある行商人の視点
今回の商売はこのまま無事に帝国に帰れれば成功といえるだろう。持ち出した荷台の商品はほぼ売り切り、王国の大きな街での買い付けも予定より安く済ませることが出来た。後はこの行商の旅で一番の難所に向けて、いつもの小さな村でしっかり休息をとり帝国に帰るだけである。あの村での商売は物々交換が多く、毎回、大した利益がでないので期待はしていない。どちらかというとあの村での商売は、泊まる場所をかしてくれるお礼程度に考えていた。
「何回も行ったけど本当にあの村は何もないよな、俺が商人になったら絶対によらないけどな」
大声でそう話すこの男が、妹の結婚相手であることが最近の一番の悩みである。
「おい、そんな大きな声で喋ったら周りの冒険者に聞こえるだろう。それに村の中でそんな事を絶対に口にするなよ」
「なんだよ、兄貴もそう思ってるんだろ」
「たとえ思っていても言うべきじゃない。村の人たちに失礼だし、魔物に怯えながら毎回、野宿をしなくていいのは、いつも教会に泊めてもらっているからだぞ」
「へ~~い……」
「それより、次は本当に商業ギルドの試験は大丈夫なんだろうな? 勉強はしているのか?」
「大丈夫だよ、前回も、もう少しで受かる所だったんだから」
「まったく……」
親父はこいつが商業ギルドに登録できたら、行商ルートをひとつ任せるつもりらしい。ここ何カ月も親父が開拓したルートを一緒に回っているが、こいつが商売に向いているとは思えない。まず相手を見下した物言いをするし、計算も間違える事がしょっちゅうだった。どこに商人の要素があると言うのか……? それでも俺の教え方が悪いと叱られるのだろう。親父には悪いが出来るだけ早めに独立をしようと思う。
♦ ♦ ♦ ♦
モレト村に着くと何か違和感を感じる。
「これはスゲーな、どこの畑の作物も元気一杯じゃね~か」
そんな冒険者の声で作物に目をやると、確かに他の地域の野菜より一回り以上大きく、瑞々しくみえた。急いで馬車を止め作物を見に行く。
「これは凄い……違う種か苗木を手に入れた? いや、肥料か……?」
俺の存在に気付き、畑の持ち主の男が近寄って来る。
「ん? あんたら俺の畑に何か用か?」
「いや、素晴らしい出来だったので見させてもらっていました」
「そうだろう、そうだろう、これも全て聖女さまのおかげだ」
「聖女さま……?」
「よく見たらあんたらいつもの行商人か……詳しい事は神父さまに聞いてくれ、俺から聞いたことは黙っといてくれよ」
男はそう言うと畑仕事に戻っていた。仕方がないので馬車に戻り教会に向かう。
「一体、何があったんだ……なっ! 馬車を止めてくれ」
また少し進むとカゴを背負った女性がこちらに歩いて来ていた。カゴに肩ひもをつける発想がまず素晴らしいが、鮮やかな何種類もの色が使われている肩ひも自体もまた素晴らしい。急いで馬車を降りてその女性のもとに向かう。
「きゃっ!」
「驚かせてすみません! 決して怪しい者ではありません。よく行商で立ち寄らせていただいていますが、見覚えないですかね?」
何も言わない彼女をジッとみつめていると口説いてると思われたのか、『よ、用がないなら失礼させていただきます』と彼女は立ち去ろうとする。
「ま、待ってください。そのカゴを少し見せて欲しいだけです。少しでいいんです。お願いします」
必死に頼んだ結果、『少しなら……』と言って彼女はカゴをおろしてくれた。見させてもらったのだがカゴの素材は蔓ではなく木のようだ。肩ひもは麻縄のようなものをカラフルに染めて編んで作った物らしい。正確な素材は分からないが、かなり丈夫な素材で両方とも編まれていた。
「これはあなたが?」
「とんでもありません。素晴らしいお方にいただいた物です。重い物を持っても両手が使えるので、とても便利で畑仕事が楽になりました」
「そのお方は、今もこの村にいらっしゃるのですか?」
残念ながらそのお方はもうこの村にはいないらしい。聖女さまの名前を出すとさっきの男と同様に、『神父さまにお聞きください』と言って逃げるように去ってしまった。とりあえず、教会に行くしかないか……。
「兄貴はあんな女が好みなんだな、どうやらフラれたみたいだが……ククッ」
馬車に戻るとまた義理の弟が、見下した笑いを浮かべながら話しかけてくる。
「おまえにはそう見えたのならそれでいい」
やはり、この村の変化には気付いていないようだ。これは経験がどうとかではなくて、ただ単純にこいつが愚鈍なだけだろう。しかし、行きに立ち寄った時は何も変わりがなかったと思うが、戻ってくる間に一体何があったというのか? もちろん、それには聖女さまと呼ばれる人物が関わっているのは、まず間違いないだろう。
♦ ♦ ♦ ♦
いつもの広場に馬車を止め教会に挨拶に向かう。
「おお、これはポールさん、御無事のようで何よりです。そろそろ来る頃かと思って部屋を用意してありますので、いつでもお使いください」
「いつもすみません。神父さま、こちらはつまらないものですが」
とりあえず、いつものやり取りをして土産を渡し、まずは聖女さまの事には触れず探りを入れてみる。
「少し見ない間に村に何かあったようですね」
「それは、どういった?」
やはり、そう簡単には教えてくれないようだ。
「作物の育ちが良かったり、便利そうなカゴを背負っている人たちも何人かみかけました」
「ああ~あれですか、つい最近ある商人の方がいらっしゃって、一人が貰って他の人間が真似して肩ひもをつけ出したんです」
「何故、貰えたんです?」
「道に迷っていた所を助けられたお礼だとおっしゃっていました」
「なるほど……その商人の方たちは今どちらに?」
「王都の方に向かったようですが、今どこにいるかまでは……」
「…………その中の一人が聖女さまって事ですか?」
そう聞くと神父さまは笑い出した。
「余りにも美しい女性だったので子供たちがそう呼んでいたんです。それにつられて大人も呼んでいるだけでしょう。もしも本物の聖女さまだったら教会本部も動き出して、大変な騒ぎになっている所です」
確かに……。しかし余りにも用意されていたかのように、よどみなく話すのが少し気になるが……。でも普通に考えてみると、聖女さまは物語の中だけの存在であり、そんな身近にいるわけがない。変わった事がありすぎて、疑わしく感じてしまっただけかもしれない。
「では最後にその聖女さまと呼ばれていた女性のお名前を、教えていただいてもよろしいですか?」
「みんなさんが聖女さまと呼んでいたので、忘れてしまいました。年は取りたくないものですな」
「そうですか……それでは商売の時にでも村の人たちに聞いてみますね」
やはり釈然としないものがあるが、神父さまにお礼を言い教会から出る。
「子供や口が軽い者も何人かはいるだろうし、名前ぐらい聞けるだろう」
「兄貴、何か言ったか?」
「いや、何でもない。それじゃあ、村人を集めてくれ」
村には大きな角笛の音が鳴り響いた。
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