第62話 メイドのセレスさん
買い物を終えて宿に戻ると、馬車に荷物を積み込んで出発の準備をしている真っ最中だった。アルクさんとミリスさんには案内のお礼を言って、ここからは自分の出発の準備をしてもらう。
「ノア様、ただ今戻りました。おかげさまで楽しめました。ありがとうございます」
「それは良かった。まだ少し時間がかかると思いますので、部屋ででもゆっくりしてお待ちください。準備が出来ましたらお呼びいたします」
その時、メイドのセレスさんとも目が合い挨拶を交わしたが、少し気まずい……。昨夜、ノア様に『今後、お世話係は付けていただかなくて結構です』と遠回しにいらないと言ったのが原因なのだが、部屋にまでついて来られると気が休まらないし、【秘密の部屋】が出せないので仕方がないんです。だから、そんなに落ち込んだ顔をしないで……。後でセレスさんの能力や対応には、問題がなかった事は伝えなくては……。
宿の建物に入ると受付の女性に呼び止められる。ほどなくしてハンナさんが現れた。ハンナさんも商業ギルドから戻って来ていたらしい。
「ケイ様、お戻りになられたのですね。お疲れのところ申し訳ないのですが、少々お時間よろしいでしょうか?」
オレも話したい事があったので承諾すると、豪華な応接室に案内される。
「早速ですが、商業ギルドの職員がケイ様に失礼を働いたそうで、気付くのが遅れたこともそうですが、全ての責任は職員の教育を疎かにしていた私の責任です。まことに申し訳ありませんでした」
えっ? そんなことあったっけ?
「……もしかして、計算機の話ですか?」
どうやらそうだったようなので、逆に気を使ってくれて感謝している事を伝えておいた。
「寛大なお心遣いありがとうございます。こちらは心ばかりのものですが、どうぞお持ちください」
魔石やワイン、レースのハンカチなど色々な物が、テーブルの上のトレーの上に置かれていた。最初から置いてあったから少し気になってたんだよね。魔石を鑑定してみたら神聖属性だったし……。
「じゃ、じゃあ、この魔石をいただいてもいいですか?」
一つだけ選ぶのかと思ったら全部くれるつもりだったらしい。ハンナさんに慌てて『全部、お持ちください』と言われ、自分の貧乏くさい感覚に恥ずかしくなった。
「あ、ありがとうございます。今度、お土産持ってきますね」
「お土産……? こちらに戻って来るご予定があるのですか?」
道具屋の師匠の話をして、しばらくこの街にも滞在する予定がある事を伝えると、ハンナさんは想像以上に喜んでくれた。
「それと色々と考えたのですが、滞在している間だけでもこの街で商売がしたいと思いまして、まあ、露店でもいいんですが、もし、いい物件があったらお借りしたいと思っているんですが、探してもらう事は可能ですか? もちろん、手数料や仲介料はお支払いいたします」
ハンナさんは、もの凄く乗り気で物件探しを引き受けてくれた。大体の物件のイメージをはなすと、近日中に見つけておくと約束してくれた。
「あの~……戻って来る時期が決まっていないので、急がなくて大丈夫ですよ」
「いえ、私が探したいんです」
「そ、そうですか、ではお願いしますね」
これ以上言っても意味がない事を悟り、次の話をする事にする。
「あと、これなんですが一度見て貰っていいですか?」
「これは…………草? 雑草で作ったカゴですか? ケイ様がこれを?」
ニコが作ったカゴを見てもらい、子供や立場の弱い者を助ける活動をしたいとハンナさんに話した。
「なるほど……教会と協力しながら教育を受けられる子供を増やしていきたいと…………とても素晴らしいお考えだとは思いますが、他の貴族や特権を持つ者は平民が知識を付けることを決して良しとしないでしょう」
…………確かに目障りに思う人間も現れそうだな。貴族たちは食べ物などの施しはある程度しているようだが、知識は駄目らしい。すぐに効果が出ないから? それとも知識を付けられたら都合が悪いからか?
「まだ、先の話ですし、そういう計画があると商業ギルドにも知っておいて欲しいと思ったので、お話させていただきました」
「…………もしも、そのような事が水面下で行われ、商業ギルドだけ知らなかったとなった場合、多くの信用や権威を失うところでした。お話しいただきありがとうございます」
そこまで聞かないとまずい事だったかな? でも一応、話しておいて良かった……。
「そこで、お願いなんですが……」
オレは大金貨を一枚渡しあるお願いをした。ハンナさんは驚きながらも、そのお願いを快諾してくれた。
♦ ♦ ♦ ♦
存在を忘れていた魔狼の黒い毛皮と、貰ったお土産を宿の部屋に運んでもらい、運んでくれた従業員にチップを渡して本来の仕事に戻ってもらう。とりあえずチップを渡しているが、この世界にチップのような文化があるかはまだわかっていない。貰って困るものでもないけど、あとで誰かに聞いておこう。
従業員がいなくなったのを確認して、それらを【秘密の部屋】に運び込む。部屋に入ったついでにカバンの中身も整理する事にする。スパイス類などの食材をキッチンに持っていき、カバンを軽くしていく。
「そうだ! 山積みのココナッツがあったな」
大きな実に穴を開けて、ココナッツジュースを氷を入れたコップに注いで試しに飲んでみる。
「う~ん、甘さ控えめって感じ……」
飲みやすいと言えば飲みやすいが甘さを期待していた分、少し物足りない気がする。でも、甘いものは高価なので貴族以外の人にはなじみも少ないだろうから、ここで働いている人たちには十分甘いのではないだろうか。お世話になったお礼に従業員さんの分も作っておくか……。
そろそろ呼びに来るかもしれないので、キッチンに入口を作り開けっ放しにして、声が聞こえるようにして作業を始める。まずはココナッツジュースを布でこしながら瓶に入れて冷蔵庫にしまう。その後は実を割って中の白い部分をミキサーにかけて粉々にした後、大きな鍋に入れて水と混ぜてひたすら絞るとミルクのような白い液体が出来上がった。
「ココナッツミルク完成~っと」
これも布でこしながら瓶に入れていく。
「ココナッツオイルは時間かかるし……今夜にするか……」
出来たココナッツミルクを使い、念願のシャンプーを作る。この辺の知識はオーガニック好きの母親によく手伝わされて覚えたものだ。まさか、役に立つ日が来ようとは……。その後もオーガニックのハンドクリームを作り方を思い出しながら作っていたが、余りにも呼びに来ないので少し心配になり用意をして向かうことにした。
♦ ♦ ♦ ♦
「ケイ様、出発の準備が整いました」
階段を降りていると、ちょうどセレスさんがこちらに向かってくる所だった。
「そ、そうですか、わかりました。ありがとうございます…………セレスさんあの~お世話係を外してもらったのはですね……セレスさんに問題があったわけではなくてですね……え~と…………私に問題があるんです。魔法関連の問題で一人の時間が必要でして、何と言いますか……気を悪くしていたなら申し訳ありません」
それを聞いてセレスさんは、とても驚いていた顔していたがその後すぐに笑顔になった。その笑顔は今までしていた固い笑顔より何倍も素敵で、こちらが素のセレスさんなのだろう。
「お気遣いありがとうございます。本当にケイ様は変わったお方ですね。身分に関係なく優しいお気遣いをしてくださり、最初にあった時も私ごとき使用人に挨拶までしてくれました。ああいった世話係を必要としない方はよくいらっしゃるので、私どもも慣れているのですがそう見えてしまったのなら、こちらに非がございます。申し訳ございませんでした」
「いえいえ、こちらが悪いんです――」「――いえ、私が……」
その後、しばらくお互いに自分が悪いと主張しあい、ループしていることに気付いて二人で笑い合った。もちろん、セレスさんはお上品にクスクスとだが……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます