第61話 ベールの教会

「今日はおねえちゃんのおかげで早い時間でお花が全部売れたから、パンをお家に置いてきたら教会に行こうかな」




 ニコもどうやらオレを女の子だと思っているらしい。折角、打ち解けてきたのであえて否定はしないでおこう。 




「ほ~偉いね、教会は近いの?」




「あの尖った高い屋根がそうだよ」




 ニコの指差した方向をみると確かに高い建物が見えた。




「へ~丁度帰り道の方向だからよって行こうかな」




「えっ? ほんと? じゃあパン置いてくる」




 多分、一緒に行くから待っててという事だろう。ニコは駆け出して少し先の路地に消えて行った。




「少し教会によるぐらいの時間は大丈夫ですよね?」




 アルクさんとミリスさんも問題ないという事だったので、ニコが戻るのを待つ事にした。




「それにしても、あんなに小さな子も働いているんですね」




 二人の話では貧しい家庭では割と幼い頃から働くのは普通だが、一人で売り歩いているのは珍しいという。誘拐されたり犯罪に巻き込まれなければいいがとも言っていたが、よく考えれば確かにそうである。でも、食べていく為に必要だからやっているわけだし、やめろと言ってやめれるものでもない。何か安全で子供でも出来る事はないものか……? 手に持っているカゴに入った花を見つめてふと考える。




 


 




 ♦ ♦ ♦ ♦










 しばらくして、ニコが戻ってきたので手を繋いで教会に案内してもらう。ニコが手を繋ぎたそうだったので、花はアルクさんに持ってもらった。




「そういえば、お腹空いてなかったの? 食べてからでもよかったのに」




「ううん、いいの、お母さんと一緒に食べたいから」




 か~っ! いい子、本当にいい子……。 




「じゃあ、これ食べていいよ、あっ、カバンに入れてたから少し潰れちゃったけど……」




 カバンから小さめのロールパンを取り出してニコに渡してあげる。




「えっ! ホントにいいの! ありがとう……ございます」




 それを見ていた二人からも熱い視線を感じる。




「え~と……二人も食べます?」




「「はい」」




 即答の二人にもパンを渡す。この世界の食事が合わなくて自分用に作った物なんですけど……まあ、多めに作ったから別にいいんだけどね……。




「おねえちゃん、わたし、こんなの初めて食べた……すごく柔らかくて美味しかった」




 小さめのパンだったけど食べるの早っ! ニコはもう食べ終わったらしい。




「本当? それなら良かった。もう一個食べる?」




 ニコにはもう一つ同じパンと果実水もコップに入れて渡して上げた。




「わ~っ! この飲み物も美味しい。お貴族さまみたい」




 ニコのお貴族さまのイメージがどんなものかは分からないが、本物の貴族は食べ歩きはしないだろう。もちろん、オレ達は貴族ではないので、食べ歩きをしながら教会に向かう。その際にニコが飲む時にだけコップを渡してあげて、それ以外はオレが持ってあげてサポートしてあげる。既視感を覚え思い出すと、元の世界でも妹に同じことをした記憶があった。今更ながら、家主のオレがいなくなって妹はどうしているのだろう。




 よく小さい頃は姉妹に間違えられ似てるともよく言われたが、実際は血も繋がっていない連れ子同士の兄妹だった。それでもオレの一人暮らしのマンションに転がり込んできても、受け入れるくらいには仲のいい兄妹だったのだが…………。まあ、モデルも始めたって言ってたからどの道一人暮らしは考えていただろうし、妹には甘い両親が何とかしてくれるだろう。




「――えちゃん、そっちじゃないよ」




 ニコに手を引かれ、現実に引き戻される。




「あっ、ごめんごめん」




「ここだよ、わたしは勉強してくるね。おねえちゃん、明日も来る?」




「ん~しばらく来れないけど、来たら声を掛けるよ! 勉強頑張ってね」




「そうなんだ……。わかった。絶対だよ」




 少し話をして残念そうなニコの頭をポンポンした後、門の前でお別れをする。ニコは隣の建物に入る直前で振り返り、大きく手を振って中に入って行った。アルクさんの話だとここの教会は孤児院が併設されていて、孤児院の方で勉強を教えているらしい。




「お祈りの方ですか?」




 教会の中に入るとシスターに声を掛けられる。




「はい、それと少しお話を聞かせて頂きたいのですが……」




「はい、わたしの答えられる事でしたら」




 この世界の神様には興味がないが、一応、祈りを捧げ、先ほどニコから買った花をカゴから取り出して供える。




「まあ、可愛らしいお花ですね。神もきっと喜んでくれているでしょう」




 一瞬、可愛らしいお花と言われ、皮肉かとも思ったが本気で言っているらしい。




「先ほど、可愛らしい女の子から買わせて貰いました」




「まあ、ニコかしら? 肩ぐらいの髪の長さで赤髪の子供でしたか?」




「そうです、そうです」




 どうやら、ニコが花を売っているのは周知されているらしい。  




「それでお聞きしたい事とはどのような事でしょう?」




 子供たちの教育とその支援に興味があると告げると、神父さまを呼んで来てくれることになった。シスターがいなくなると、アルクさんとミリスさんは『本当に支援する気ですか?』と言い、何故か唖然としていた。えっ? 何かマズかった……?










 ♦ ♦ ♦ ♦










「初めまして、こちらを任されております、司祭のロベールと申します」




「初めまして、ケイ・フェネックと申します」




 神父さまが奥の部屋から現れ、挨拶を交わす。




「ケイ様は、子供の教育についてご興味があると伺いましたが……」




 こんな子供に子供の教育に興味があると言われ、へりくだった態度で接してくるのは、オレを貴族だと思っているからか、それともこの人が人格者だからなのか? 




「はい、定期的に来ている子供たちの人数や、貧困層の子供たちが来てるかなどをお聞きしたいです」




「理由をうかがってもよろしいですか?」




「え~と、貧困層の子供たちにも教育を受けさせる手助けをしたいと考えていますが、貧困層の子供たちが来ていないなら、支援の場所を考えなくてはいけなくなると思いまして……」




「なるほど……今、定期的に来ている子供たちは全部で二十人ぐらいでしょうか……その子供たちは商人の家の次男や三男、それと近所の子供が多いですね。貧困層の子供は働くことを優先しますから、一度も来れていない者がほとんどだと思います」




 商人の跡取りはさすがに私塾や学校に行くらしい。来ている子供たちも定期的とはいえ、かなり日数を空けて来るので、前回に習った事はおぼえてない者も多いそうだ。う~ん、改善点は多そうだ……。神父様にお礼を言って一旦話を終わらせると、アルクさんとミリスさんも神父さまと知り合いだったらしく話し始めた。




「神父さま、お久しぶりです」「お久しぶりです」




「お二人とも元気そうで安心いたしました。今日もエドが孤児院に寄付をしに来てくれたので、お二人もそろそろ来る頃かと思っていました。それでエドは本当に大丈夫なのでしょうか? 寄付は無理にするものではないので、自分に余裕がある時でいいと言いているのですが……」




 エド? ああ、アルクさんの仲間の人か、寄付をしているとか意外といいヤツだったんだな。




「エドが寄付?」




 ミリスさんも驚いているけど、仲間にも内緒とかかっこよすぎないか? 余計な事を言って、アルクさんに殴られているイメージしかないが……。




「あいつは、ここの孤児院出身なんだよ」




「嘘よ! だってあいつらの下働きみたいな事していたじゃない」




「ミリスさんは知らなかったのですな。エドは少し考えなしな所もあるのですが、心はとてもやさしい子なんです。体の大きな自分がいなくなれば、他の子供たちにより多くの食事が行き渡ると思ったのでしょう。これは大分、後で知ったんですが、そんな理由で孤児院から出て行ったんです。まさか路地裏で暮らしていたとは……」




「…………」 




 なっ! 急に重い話になったんですけど……。オレのような部外者の前でそんな話をしないで欲しい。




「え~と、私は聞かない方が良さそうなので、少し勉強を教えてるところを見にいってもよろしいでしょうか?」




 神父さまはオレの存在を思い出したのか慌てて謝罪をしてくる。




「…………関係のない方の前で余計な話をしてしまったようです。どうぞご容赦ください」




 その後、直ぐに神父さまが案内をしてくれようとしてくれたのだが、別に一人でも行けそうなので、その間にみんなで話をしていてと欲しいと伝えた。




「いえ、ケイ様、話は終わりました。みんなで向かいましょう」




 どうやらミリスさんはこれ以上、話す気はないらしい。重い空気の中、全員で勉強を教えている部屋へと向かう。


 部屋に入ると生徒はニコを含めて三人しかいなかった。生徒たちは何やらペンのようなものを持っている。ニコはオレに気付き手を振ってしまい、講師役のシスターに見付かり注意されてしまう。




「今は蝋板にシスターが先に書いたものを、手本にして書き写している所ですね」




 蝋板という木枠の中に蝋を流し込んで固めた物に、鉛筆のような形の先が尖った器具で蝋に傷を付けて文字を書き込んでいる。ヘラのような器具でこすると文字も消せるらしい。それらは授業中のみ貸し出されるそうだ。




「なるほど……蝋板も何度も書いて消して使う分にはいいけど、書き残すには向いてないのか……」




「そうですね。紙とインクは高価なのでこのような場所で使うのは難しいですね」




 まあ、そうだろうな。指導する側も黒板や教科書があると楽だろうな……。改善点はいくつも思いつくが、とりあえず今日は見学も出来たしこれぐらいにしよう。




「神父さま、とても参考になりました。ありがとうございます。また改めて来させていただきます」




 ニコに手を振ってお別れをして部屋を出る。門まで見送ってくれた神父さまに寄付を渡し教会を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る