第58話 大金貨二枚と師匠

「ケイ様、本当に申し訳ありませんでした。この街のスパイス店はこの店しかなかったものでご案内したのですが、まさかあんな事をしている店だったとは……」




 先程、案内された店でぼったくられそうになったのだが、店を出た途端にアルクさんに謝罪される。




「そ、そうですね、凄い値段を吹っ掛けられたので驚きました。でもアルクさんは別に悪くはないので気にしないで下さい。でも実際この店でしかスパイスを買えないとなると、今後も同じことが起きそうですけどね」




「あの店主の慣れた感じだと表に出ていないだけで、常習的にやっていそうですね。まあ、騙される方も悪いんですけど……」




「そうだな、しかし今回は欲をかきすぎた上に相手が悪かったな。ケイ様のギルドバッジを見た時のあの店主の青ざめた顔は、思い出しただけでも笑いがこみあげてくる」




 相手をみて多少の値引きをするならわかるけど、ぼったくりだもんな……何度も上手くいって味をしめているとしたら、商業ギルドが機能していないような気がするのだが……。




「この事は後で私の方から商業ギルドに伝えておきます。それでは次の店に行きましょう」


 


 文句や言いたい事は山ほどあったが二人に言っても仕方がないので、二人の案内に従って次の店へと向かった。










 ♦ ♦ ♦ ♦










「ここは私たちがよく来る道具屋なんで、さっきみたいな事はないのでご安心して下さい。店主のばあさんの性格に若干、難がありますが物はいいので……」




 しばらく歩き二人の馴染みの道具屋に連れてきてもらった。ミリスさんを先頭に中に入ると棚がいくつも並べられていて、そこには使い道のわからない物が所狭しと置かれていた。何といえばいいのだろう? 元の世界でいうと狭い場所にある汚らしい雑貨屋だろうか?




「いらっしゃ……なんだあんたらかい」




 奥に座っていたおばあさんが二人を見て態度を変える。




「ばあさん! 今日はお貴族さまをお連れしたから失礼のないようにな」




「あ~大丈夫です。貴族ではないですし、魔術関連のものを見たいだけなので気にしないで下さい」




「フンッ! なんだい見るだけかい? ミリス、案内してあげな」




 まさしく想像していた魔女と言う見た目だが、魔法はほとんど使えないらしい。




「ケイ様、すみません。おばあちゃんは足が悪いんで私がご案内しますね。こちらがまずポーションです。いわゆる魔法薬で、赤が体力、青が魔力、緑がスタミナですね。全部あのおばあちゃんが作っているんですよ」




「へ~凄いですね。他にも色々な効果の薬があるみたいだし、すごい品揃えですね」




「あたしは薬師なんだから当たり前だろ!」




 意外と耳がいいのか遠くから話に入ってくる。




「珍しい材料なのにどうやって集めてるんですか?」




「…………」




 こっちの質問は聞こえないらしい。




「ケイ様、気にしなくていいですよ、自分の悪口と都合のいい事しか聞こえないんですから」




「ミリス、何言ってるんだい! ホントに年寄りに優しくないね」




 まさしくミリスの言う通りだったので、ばれないように笑うのが大変だった。その後も、おばあちゃんに横槍を入れられながら商品を見させてもらったが、魔石とポーション以外は目ぼしい物がなかった。




「う~ん、魔導書とか本はないんですかね」




「そんな高価なもの、店の中に置くわけないだろ」




 ああ~確かに……。




「買うのかい?」




「えっ? あるの? 聞いたことないわよ」




 オレが聞くよりも早くミリスさんが質問をしたのだが、それにおばあちゃんが冷静に答える。




「あんたは本があるかなんて聞いた事なかったじゃないか! それに買えない貧乏人に見せてもね……。ちょっと待ってな」




 そう言うとおばあちゃんは奥の部屋に入って行った。なんか買わなきゃいけない流れというか雰囲気なんですが……。しばらくすると奥の部屋からミリスさんを呼ぶ声が聞こえる。




「ケイ様、ちょっと手伝ってきますね」




 そう言うとミリスさんも奥の部屋に消えていった。しばらくして大きなトレーに色々のせて二人が戻って来た。




「ミリス、カウンターに置いておくれ」




 カウンターに置かれたトレーには本の他に丸められた分厚い紙、指輪、短い杖が並べられていた。




「スクロールはそれぞれ浄化と探索で、指輪と短杖は魔法の触媒用で効果は発動が少し早くなる程度だから生活魔法用だね。本は今の所この二冊だけで一冊は初級魔術の本、これは写本されたもので魔石が埋め込まれていないから金貨五枚ってところかね」




 筒状に丸められた紙はスクロールといって使い捨てで一回しか使えないが、自分の使える魔法以外でも発動できるらしい。本のほうは一応、羊皮紙らしいが一冊五十万円って……。




「もう一冊は大金貨五枚……」




 はぁ? ご、ご、五百万円……思わず絶句する。




「まあ、読めればそのぐらい価値があるって代物だよ」




「へ~! 凄い価値があるんですね。何々、上級魔法薬とその効果……」




「「「「えっ?」」」」




「えっ?」




「ちょっと、あんた、読めるのかい?」 




 えっ? そういう事……? おばあちゃんも読めていなかったって事……? 




「そ、そうですね。読めますけど流石に大金貨五枚は出せないですよ」




「…………あんた、名前は何て言うんだい? ケイ? じゃあ、ケイ、あんた、あたしの弟子になりな! 最高の薬師にしてあげるよ」




「「「え~~~~っ!」」」




「ちょっと待て、ばあさん。それは無理だ! ケイ様は帝国で商売をされる予定だし、今から領主さまのもとに行かなくてはならないんだ」




 ちょっと待ってはこっちのセリフだよ。個人情報だだ漏れじゃないか。


 


「何でわざわざ帝国なんかに行くんだい? あんたも獣人や亜人嫌いの人族至上主義者ってわけでもないんだろう?」




「へっ? 帝国って人族至上主義なの……? わたしは出来るだけ戦争にかり出されない国に行きたいと思って……」




「あんたのような小娘が戦争にかり出されるわけないだろう。強力な魔法が使えるならまだしも…………あ~なるほど……そいう事かい……どっちにしろ薬師の知識はあって困るもんでもないだろう。おとなしく弟子になりな!」




「待て待て、ばあさんがその上級魔法薬の本の内容を知りたいだけだろう」




「それの何がいけないっていうんだい! 薬師だったら死ぬ前に上級魔法薬を作りたいと思うのは当たり前だろ! それに強い魔法が使えるならより効果のある魔法薬が作れるじゃないか、尚更、あたしの弟子にはもってこいだよ」




 アルクさんの言葉におばあちゃんは本音を隠そうともしない。でも正直、弟子にはなりたくないけど魔法薬の作り方は知りたい。う~~ん……。




「わ、わかりました。領主様の用事が終わったら一旦、戻ってくるのでその時に教えて下さい」




「ケイ様、そんな約束をしてよろしいのですか?」




「あんたは黙っておきな、本当は今からでも始めたい所だけど……領主様が関わっているなら仕方ないね……その本は貸しておくからよく読んでおくんだよ!」




「ええ~っ! そんな高価な本を持ち歩くの嫌ですよ」




「いいから持っていきな! 戻てくるまでに翻訳と写本を終わらせるのが、弟子としての最初の仕事だよ! ほら、紙もこれを使いな!」




 すでに弟子扱いされているのだが……。




「この本を私が持ち逃げしたらどうするんですか?」




「なんだい? 持ち逃げする気かい?」




「いや、しないですけど……」




「なら問題ないじゃないか……もしも持ち逃げされたら、あたしの見る目がなかったと思って諦めるよ」




 よくわからないけど、何故か信用を勝ち取れているらしい。




「ん~~じゃあ、お借りしますね。あっ、そうだ。ここって買取りとかってしてますか?」




 そう言って本と紙束をカバンにしまい、例の自分で作ったナイフを取りだした。




「そんなのものは武器屋に……ちょ、ちょっと待ちな、見せてみな」 




 それを見てまたアルクさんの知ったかぶりが炸裂する。




「ばあさん、それは多分、ダンジョンや遺跡から稀に見つかる儀式用のナイフだぞ。あとナイフの柄の部分を見てみろ、木と髑髏の彫刻が溶けて一つになったみたいだろう。ドワーフでも再現は無理なん――」「――ちょっと、あんたは黙ってな!」


 


 おばあちゃんはアルクさんの話を遮って、ナイフをいろんな角度から眺めている。




「大金貨二枚までだね、大金貨二枚までなら出してもいい」




「えっ! 本当に……?」




 その辺の石ころと木で作ったナイフが二百万円……もう三本あるけど流石に出さない方がいいかな? 希少性が薄れるだろうし。




「わかったよ、大金貨二枚と大銀貨五枚だ。これ以上は出せないよ」




 残りの三本を出そうか悩んでいると、売るのを渋っていると思われたのか値段がつり上がった。




「う、売ります売ります。じゃあ、魔法薬を三種類とハチミツを買いたいので差し引いて貰えますか? あっ、あとその短い杖も」




「急に金貨袋の紐が緩んだね。ん~~少しおまけして大銀貨五枚でいいよ」




 ん? ああ、財布の紐が緩むってやつね。大金貨を二枚と買った商品を受け取りお礼を言う。




「それより、わかってるんだろうね。翻訳をしっかりやるんだよ」




「わ、わかりました。それじゃ、おばあちゃん、また来ますね」




「師匠とお呼び!」




「あっ、はい……お師匠さま、どうかお元気で」




「あんたも気を付けるんだよ」




 『師匠』と呼ばれ、まんざらでもないおばあちゃんに別れを告げ店を出た。そして、大金貨二枚と師匠を手に入れたのだった。 




♦ ♦ ♦ ♦




〇お金


銅貨  10円

大銅貨 100円

銀貨  1000円

大銀貨 10000円

金貨  100000円

大金貨 1000000円

白金貨 10000000円

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