第55話 心に沢山の元気

 ◇商人ギルド職員ボナ視点




 今日の試験は一人だけ若い女性? 女の子が混ざっている。見るからにお貴族様だが、下級貴族で商家にでも嫁ぐ事になってしまったのかと勝手に想像して同情する。しかし、筆記用具をみてみると下級貴族ではないのかもしれない。という事は上級貴族の妾の子供? 正室や腹違いの兄弟たちにいじめられ、実の父親に疎まれ、蔑ろにされながら育ち、結局、金持ちの商人の太った親父のもとに実家へのお金の援助が目的で嫁がされたのだろう。何て可哀想なんだ……。その瞬間、心の中で応援することが決定した。




 試験が開始されると彼女は計算機なしで試験に挑んでいた。多分、正室の取り巻きが嫌がらせで計算機を隠してしまったのだろう。時間をかければ解けない事はないが、かなり厳しいだろう。やはり諦めてしまい彼女は席を立つ。私は思わず止めに入り、自分の計算機を貸すことを提案する。




 したのだが……。彼女は計算機なしにすべてを解いていた。しかも、全問正解で……。もしかしたら、馬鹿にされたと思われて処分されていたかもしれないと、同じ試験担当の先輩にこっぴどく叱られてしまった。よく考えたら相手はお貴族さまである。一歩間違えていたらと思うと血の気が引いて行った。




 そのような失敗をしたものの、無事に今日の一回目の試験が終了した。次の試験までは時間があるので、休憩室で休んでいると二人の同僚が呼びに現れた。




「お貴族さまが試験で計算機を貸そうとしてきた職員を呼んで来いって、あんた何かした?」




 頭の中が真っ白になり、この場面を切り抜ける手段を思いつく事は出来なかった。




「ちょっと、そんな言い方してなかったじゃない。お礼が言いたいから呼んできて欲しいって言ってただけでしょ」




 そういえば、子供の頃に聞いた事があります。お貴族さまは気に入らない平民がいると難癖を付けて罪人に仕立て上げ、奴隷落ちさせたり最悪は極刑にしたりするらしい。どんなに無実を訴えてもお貴族さまの言葉は絶対で、お貴族さまが白だと言ったら黒いものでも、それは白になると……。そこで何故、黒いものが白くなるのかは今でも分からないのですが、お貴族さまの不興を買う事はどれだけまずいかは知っています。




「もしも、私が奴隷にされてしまったら、両親に買い戻してもらえるように伝えて下さい」




 同僚二人にそう告げ、引き止める二人の言葉を手のひらを向けて遮り笑顔で微笑む。深呼吸をした後、私は覚悟を決めてお貴族族さまのもとに向かいました。




「ちょっと待って」




「あ~あ、あんたが変な事言うから、また変な妄想したまま、行っちゃったじゃない」




 二人はまだ何かを言っていましたが、その時の私はそれどころではありませんでした。










 ♦ ♦ ♦ ♦










 待ち構えているお貴族さまを見つけ、どんな理不尽が待ち受けているかと内心は恐怖でいっぱいでした。それでも、精一杯の笑顔をお貴族さまのもとに向かう。お貴族さまは私に気付くと笑顔で話しかけてきました。




「あっ、休憩されている所、お呼び立てしてしまって申し訳ありません。先ほどはお気遣いありがとうございました。あなたの温かい気持ちに触れて、心に沢山の元気を貰えました。おかげさまで今日一日、気分よく過ごせそうです」




 予想に反してお褒めのお言葉を頂き、戸惑ってしまったが怒ってはいないようだ。それでも一応、先程の件の謝罪をしておく。


 


「…………と、とんでもございません。私の勘違いでご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございませんでした」




「いいえ、私の為に声をかけてくれたのですから、迷惑とは思っていません。それでこれは、ほんの気持ちなのですが、受け取ってもらえると嬉しいです」




 お貴族さまから渡された物は、高価な紙で出来た袋でした。その紙の袋にはフェネック商会と書かれています。この商会がこの方の嫁ぎ先なのでしょうか? 




「こ、こんな高価なものは受け取れません」




「えっ? それほど高くはないですよ。試しに開けてみて下さい」




 いえ、この紙の袋自体がもうすでに高価なのですが……。しかし、好奇心に負けてしまい、袋を開けて中を見てみる。すると、そこには金属と美しい石で作られた装飾品が入っていました。




「私の商会で売り出す予定のもので、髪留を何種類か入れておきました」




 こ、こ、こ、こんな高価な物を私に? 




「つ、付け方も、わかりませんし――」「――えっ? 簡単ですよ。じゃあ、付けてみますか? ちょっと椅子に座ってもらっていいですか?」




「そ、そんな、恐れ多いです」




 『いいからいいから』と、無理やり椅子に座らされ、何かを持たされました。それが何かわかると震える手に力が入ります。今まで見た事もない美しい鏡でした。落としてしまったら奴隷では済まされないでしょう。




「自分の顔が鏡に映るように持って下さいね。髪型をいじっちゃいますが大丈夫ですか?」




「ひゃい……はい」




「これは私の国ではヘアピンというんですが、例えばこんな感じで前髪を横に流してこのヘアピンで留めると、仕事の時に前髪が邪魔にならなくて便利です。これはヘアピンに飾りがついているので、仕事中だとまずいのであれば、飾りが付いてない黒いピンもいくつか入っているので、そちらを使えば目だたないのでいいかもしれないです」 




「多分大丈夫だと思います。金属でこんな小さな花の飾りが作れるのですね? かわいいです」




 私がそういうと『気に入ってくれたのならよかった』とお貴族さまは笑顔で言ってくれた。それにしてもこれは凄く便利です。髪を革ヒモでしばると直ぐにほどけて、なおすのが面倒なのですが、これなら簡単に外れない気がします。




「確かこっちの髪留めの名前は……マジェステだったかな? まあ呼び方は髪留めでいいと思います。これも試しに付けてみますね」




「よ、よろしくお願いします」




「一番簡単なのは髪を後ろで全部まとめて革ヒモでしばって、結び目やまとめた部分に板状のこれをかぶせて棒を挿して留める感じですね。もうちょっと、おしゃれにしたい場合はこんな感じで横の髪を編んで…………編まなくても、ねじるだけでも十分かわいいですけどね……そして、後ろでまとめてマジェステで留めるっと、はい、出来上がり。どうでしょう?」




「す、すごく素敵です」




「という事は気に入って貰えましたか?」 




「は、はい、もちろんです」




「なら良かった。じゃあ、渡したい物も渡せたし、私はそろそろ行きますね」




「こんな素晴らしい物を頂いてしまって、本当によろしいのでしょうか?」




「ええ、ほんの気持ちですが、よろしければ受け取って下さい」




「あ、ありがとうございます、大事に使わせていただきます」




「いえいえ、こちらこそお気遣いありがとうございました。それでは、また」


 


 お貴族さまがギルドを出ていくと、隠れて見ていた同僚たちが集まって来て質問攻めにあい、結局、嫉妬深い人たちには嫌味を言われてしまいました。でも、今日の私は大丈夫、心に沢山の元気を貰えたから。後で仲がいい同僚にはへあぴん? を分けてあげよう。

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