第54話 試験後の商業ギルド

「それでは、こちらが商人ギルド登録の証明書とギルドバッジになります。商売時には必ず左胸にバッジをつけて、店舗を持つ場合は登録証を店の見える場所に飾って下さい。後ろに刻印されている番号がケイ・フェネック様の登録番号になります。犯罪者にその番号のバッジや登録証を使われてしまうと、ご本人も罪に問われる可能性がございますので、紛失時には必ずギルドに届け出るようにお願いいたします」




 どうにか面接試験にも合格をして、晴れて商人になることが出来た。バッジの裏を見てみると四桁の数字が刻印されていて、その数字の上には安全ピンの出来損ないのようなピンが付けられていた。これを見て、メモ帳に安全ピン、ピンバッジと書いておく。




「本当にその筆記用具も実に素晴らしいです。今回、見せて頂いた商品の数々は、本当に使用権の契約をされなくてよろしいのですか?」




「そうですね、すぐには誰も真似できないと思いますし、店を開く場所が決まったら、そこの場所に近い商業ギルドでお願いしようと思います」




「そうですか……。確かにすぐに真似は出来そうにはないですが、早めの契約をおすすめいたします。我々のギルドで担当できないのが実に残念でなりません」




 カインさんはそう言っているが、使用権の契約をすすめてくる本当の理由をオレは知っている。使用権というのは簡単に言うと、元の世界の特許のようなもので、商品や製法が契約によって登録されるとパクられなくなり、その商品や製法で商売をする場合は、儲けの何割かを登録した人間に支払わなければいけないそうだ。




 カインさんは異常にカツサンドを気に入っていたので、レシピを知る為に出来るだけ早く登録させたいのだろう しかし、契約によって商品や製法を登録する必要があるので、商業ギルドで調べればそれらが知られてしまう。どこまで、使用料金がちゃんと払われるかわからないし、パクられる心配もそれほどあるとは思えない。メリットが今は見えてこないので、もう少し後に契約をしても問題ない気がする。




「ありがとうございます。色々落ち着いたら出来るだけ早くしますね」




 残念そうなカインさんと話が終わりハンナさんの方を見ると、先程みせたガラスペンに夢中だった。




「レストランが落ち着くまで、これが売り出されないのは世界に大きな損失です……」




 大げさすぎる気がするが、ハンナさんはガラスペンを見ながらブツブツ言っている。気に入ってくれたのは嬉しいが、面接に受かる為に適当に言っていただけで、本当にレストランから始めるかは決めていない。しかし、その事を言えるわけもなく無難な答えを返しておく。




「そ、そうですね、出来るだけ早く売り出せるように頑張りますね」




 それを聞き、ハンナさんは立ち上がりオレの手を握りしめた。




「私共も出来る限りのお手伝い、資金面の援助をさせて頂きますので、いつでもご連絡下さい」




「ありがとうございます。困った時はご相談させて頂きます。その時はよろしくお願い致します」




「もちろんです」




 実際、お手伝いがいると自由に【秘密の部屋】に入れないから、かえって遅くなる気もする。誰も入れない部屋を作って、【秘密の部屋】に入りたい時はその部屋に行くとか、やり方次第で何とかなるか……。でも、いきなり大金を借りてまで、大きい店がやりたいかというと違う気がする。何はともあれ、こうして面接は終了となった。










 ♦ ♦ ♦ ♦










 ◇ギルド長代理、ハンナ・マリー視点




「ふぅ、ギルド長、凄い物を見ちゃいましたね。あのカツサンドってやつは今度いつ食べれるんだろう……」




 面接を終え、朝の活気に満ちた市場に向かっていくケイ様の背中を見送る。あの方の売り出そうとしているものは、すべての貴族、さらには王族さえも欲しがる様な品々だった。先ほど商人になったばかりだというのに、すでにいくつもの工房と契約を結んでいるようだ。しかも、料理の腕もさることながら、この地域にはない調味料の知識も豊富だ。これから先の事を想像するだけで、心が弾む。




「カイン、今すぐケイ様の言っていた赤い実の苗を、モレト村に行って、出来るだけ多く仕入れてきなさい」 




「はっ! かしこまりました。あっ! 頂いたお酒は取っておいて下さいよ」




 そうでした。先程、ケイ様から美しい瓶に入ったお酒を頂きました。あの美しい瓶を目の当たりにして、さらにケイ様に『気持ちなので受け取って欲しい』と懇願されて、断れる人間がいるだろうか? 『只より高いものはない』と偉そうに語った手前、気まずさはあったものの、嬉々として受け取ってしまいました。ケイ様には、お別れする前に何か贈り物を用意しなくては……。




 村に向かう準備に取り掛かるカインを見送った後、ギルド内に戻ると手の空いている職員たちが駆け寄って来る。




「ギルド長、今のお貴族さまは一体、どのようなお方なのですか?」




 それは、私も知りたい。かなり教育や技術の水準が高い国から来たのは明白だが、あの方が語らないという事は言いたくない、もしくは言う必要がないと考える何らかの事情があるのだろう。わざわざそれを聞き出そうとして不興買うのは避けなくてはならない。本人が切り出してくれるのを待つのが賢明だろう。




「あなたたち、ギルド利用者の詮索はしないように、いつも言ってあるはずですよ」




「「は~~~い」」「でもボナは上手くやったわよね! あんな高価な物を貰っちゃって」




「ホントうらやまし~」「いつも変な妄想ばっかりしてる癖に運だけはいいわね」




「えっ? 高価な物?」




 事の経緯を聞くとボナは計算機を忘れてしまったケイ様に同情して、ずっと気にして見ていたらしい。すると案の定、試験開始後すぐに諦めて席を立ったのを見て、自分の計算機をお貸しする事を提案したらしい。




「なるほど、そのおかげで全問正解が出来たってわけね。お手柄じゃない。それでお礼を頂いたって事ね?」




「違います」




「えっ!」




 実際はケイ様はボナが申し出た時点で問題を全て終わらせていて、ボナは部屋を出て行くのを邪魔しただけだった。しかし、ケイ様はボナの心遣いに心をうたれて、帰り際に装飾品をくれたらしい。う~ん……ボナのそそっかしさは後で注意するとして、という事はケイ様はあの短時間で計算機も使わず、すべての問題を解いたという事になる。しかも、全問正解で……。




 確かに見た目の年齢に囚われがちだが、会話をしていると度々、感心させられ高い教養をうかがわせる。流石に王国一の賢者と謳われるルーファスさまには敵わないとしても、将来有望な人材である事にはかわらないだろう。もう少し試験での様子を詳しく聞く為に、試験の担当だった二人に私の部屋に来るようにと言伝を頼み、部屋に戻る事にした。




 二人が来るのを待ちながらギルド長専用の高級な椅子に座り、机の上に置かれたケイ様から頂いた美しい贈り物を見つめる。そして、この出会いを最大限に生かそうと心に誓った。

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