第53話 面接試験
商業ギルドの登録試験の採点を待ちながら、受付カウンターが並ぶフロアを見て回る。まだ早朝だからか利用者はほとんどいない。暇なので壁に貼ってある掲示板を見に行くと、求人の募集などが貼られてあった。ここに貼られている求人は文字が読める人向けなのか、使用人や頭を使う仕事の募集がほとんどだった。
この世界はまだ紙を作る製法が確立されていないのだろう。黄ばんだような色合いだし指でつまんでみると表面がざらざらしている。紙のさわり心地を確かめていると、突然、横に女性職員があらわれて話しかけてきた。
「そちらの求人にご興味がおありですか? よろしければ受付で説明させていただきますが」
どうやら求人で迷っている様にみえたらしい。
「いえ、見ていただけなので大丈夫です」
「そうですか、それでは何かございましたらお気軽にお声がけください」
お礼を言ってその場をはなれ、大きな窓の方に歩いて行く。半透明の格子窓で一見おしゃれっぽいのだけれど、紙と同じで透明なガラスもまだ技術的に作れないだけなのかもしれない。……でも、そういえば馬車の窓は透明だったから作れないわけでもないのか……? 透明なガラスは売れそうだけど、買うのは多分、貴族かお金持ちだろうな……。一応、メモの売れそうリストに書きとめているとまた声をかけられる。
「ケイ・フェネック様、採点結果が出ましたので受付までお越しくださいませ」
何でオレってわかったんだろうと思ったら答えは簡単だった。フロアにはオレしかいなかった。職員に案内され席に着くと、興奮気味の女性職員が用紙を持ってあらわれた。
「ケイ・フェネック様、おめでとうございます。本当に凄いです、全問正解で合格です。全問正解でこんなに短時間で問題を解かれた方は初めてです。計算機の扱いに私たちとは比べ物にならないぐらい慣れていらっしゃるのでしょうね」
計算機なんて使っていないが、否定するのも面倒なので笑って誤魔化す。
「こちらが、一次試験の合格証です。もしも二次試験で不合格になってしまった場合に、こちらの合格証を提示していただくと、半年の間ですが再受験時に一次試験が免除になります。なくされてしまうと免除できない場合がございますので、大切に保管しておいて下さい」
面接にだけ落ちるって理由が想像つかないんだけど……態度が悪いとか? 最悪のパターンを想像しながら羊皮紙で出来た免許証サイズの合格証を受け取る。どうやら普通の羊皮紙を作る時の余り部分で作ってあるので、料金が押さえられているそうだ。この値段が上がると受験料も上がるらしい。
「大丈夫ですよ、滅多に二次試験で落ちる方はいませんから」
不安そうに見えたのか勇気づけられてしまった。でも滅多にって事はゼロではないって事ですよね……。
「面接の準備ができたようです。ご案内いたしますので、面接を行う部屋に向かって下さい。神の御加護を」
受付の職員に挨拶をして、案内係にしたがい面接に向かう。奥の部屋の扉の前に辿り着くと、案内係がノックして声をかける。
「一次試験を合格した方をお連れしました」
中から返事が聞こえ、案内係が扉を開けてくれる。部屋に入るとハンナさんと男性が一人座っていた。オレの顔を見ると笑顔のハンナさんが立ち上がり、椅子の所まで案内してくれた。
「ケイ様、おめでとうございます。さあ、どうぞ、お座り下さい。余りに早いので驚きましたが全問正解と聞いてさらに、もう一度、驚かされてしまいました。やはり計算機も自分の手に合わせて特注品を使っているのですか?」
また適当に笑って誤魔化して男性職員と挨拶をかわす。この恐縮しっぱなしの男性は副ギルド長候補なのだという。何故こんなに恐縮している? 一体、彼は何を聞いたんだ……。
「彼にも、今後の為に来てもらいました」
ほ~有望なんだ……そんな事よりも面接は?
「え~と、面接はどうなったんでしょうか?」
「も、もちろん、やります。では、カイン」
「はい……ゴホン! 今回は一次試験合格おめでとうございます。面接官のカインと申します」
え~と、全く同じ挨拶をさっき聞いたけど……。
「で、では、質問させて頂きます。今後、商人になったとして、どのような商売を始めていこうと思っているか、将来的にはどのような商売をしていきたいか教えて下さい」
「はい、わかりました。まず最初に始めようと思っていたのは、露店で片手で気軽に食べられる料理の販売です。ですが最近資金の目処がついたので、店舗を借りるのもいいかと思います」
ハンナさんの方を見ると笑顔で頷いている。ハンナさんが鏡をとんでもない値段で買ってくれたおかげだし、困ったら鏡を売れば何とかなりそうだしね。
「その店舗も、その片手で食べられる料理を出すのですか?」
「そうですね。店舗でしたら、それを持ち帰りで買える窓口を併設したレストランが良いかもしれません。持ち帰って気軽に食べたい人たちと、じっくり仲間と話をしながら食事をしたい人たちの両方に対応できる店にしたいです。貴族向けの料理のレシピも持っているので、適した物件が確保できたら、貴族向けに会員制の特別感のある店を開いても面白いかもしれません」
「……あなた本人が料理をするという事ですか?」
「ええ、問題ありますか?」
「いや、ありませんが、そうですかご自分で……」
「そこで従業員や料理人が育てば、すべて任せて新たな店も手掛けていきたいです」
「新しい店もまたレストランですか?」
「レストランも店舗を増やしていきたいですが、他にも売り出したい物が沢山あるので、その都度何の店を開くかは世の中の流れを見て決めていきたいと思います」
「そんなに、うまくいきますかね?」
そう言われ、カバンからタマゴサンドとカツサンドを取り出しテーブルの上に置く。
「実際の料理を食べたり商品を見てもらった方が早いと思うので、これは私が作った物ですがよろしかったら食べてみますか?」
「よろしいのですか、これはどちらからどうやって食べればいいのでしょうか?」
「手づかみで大丈夫です。どっちから? う~ん……私だったらタマゴからですかね」
「ほ~これはタマゴなのですね、では、失礼して」
「ケ、ケイ様、私もいただいてよろしいですか?」
「どうぞどうぞ」
「なっ! これは……これはあなたが本当に作られたのですか?」
「はい」
「ケイ様、この細かく切ったタマゴについている調味料とこれほど柔らかいパンを、私は食べた事がありません。これも、まさかケイ様が……」
「そうです。調味料からパンまで全て私が作りました」
二人が夢中で食べている所に、今度は飲み物を取り出し空のグラスを二人の前に置く。
「ケイ様! これはガラス……何て美しい」
「お二人とも仕事中ですからお酒はまずいですよね? 果実水にしますね」
二人の前のグラスに果実水を注いでいく。
「何て美しい容器なんだ……」
「この容器もレストランが落ち着いたら、新たな店で売りたい商品の一つです」
「はあはあ……そ、そうですか……こちらのパンも食べてみて、よろしいですか?」
どうしたカイン! 何故、肩で息をしている?
「どうぞどうぞ」
「ぴゃあああ~~、うまい、うますぎる~」
やばい、カツサンドを食べたカインがおかしくなってしまった。ハンナさんは黙々と試食しているし……。何かこの人たちはオレを見ていないというか、眼中にない感じで面接に受かる手応えがまったくないのだが……まさか、こんなに美味しそうに食べているのに不合格とかはないよね……?
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