第52話 ギルド長とやさしい職員

「それでは行ってまいります」




 御使い様にいなり寿司と日本酒をお供えして手を合わせ、【秘密の部屋】から宿の部屋に出る。昨日は食事の後に色々と面白い話を聞くことが出来た。その中でも興味深かったのが戦争の話とダンジョンの話だった。




 みんなの話を聞くと戦争は数年に一度ぐらいの頻度で起きているらしい。想像よりは多くないようだが、この国の周辺諸国は帝国をのぞくと費用のかかる常備軍を持たない国がほとんどで、いざ戦争という時に決まった指揮官がおらず、身分が高いだけで知識のない貴族が指揮をとる事も多いらしい。もちろん、高度な戦術を使えるはずもなく、騎兵や歩兵による単純な戦いになる事が多いそうだ。これを聞いただけでも絶対に戦争には行きたくない。




 しかし、こんな戦いでも意外と貴族や騎士は死なないらしい。理由は金属の鎧で身を固めているので致命傷を受けにくいという事と、身代金を要求できるので殺されずに捕えられてしまう事が多いからだそうだ。結局、貴族や騎士だけが助かり、徴兵された人間が犠牲になる。もちろん傭兵もいるが、お金が目的なので命の危険を感じたら迷わず逃げるのだそうだ。




 流石にこのままではまずいと思ったのか、各国がこぞって常備軍をもつ帝国を参考に軍の立て直しに着手し始めたそうだ。その結果、この国が目指したものは魔術師団の設立である。そこ? う~ん……悪くはないけど、逆に何で今までなかったんだろう? せめて戦術や指揮官の育成が先じゃないのかな? 多分、帝国の戦場で目立っていたんだろうな~。確かに派手なものには目が行きがちだけど……。


 


 まさかとは思うが、ここの領主さまは魔術師団を勧めてきたりしないよな……。客人として来て欲しいと言われたから向かっているわけだし、余りにしつこいようなら逃げよう。でも、そうなると王都にあるというダンジョンに行けなくなっちゃうんだよね。いかにもファンタジーっぽくて、面白そうだから是非とも行ってみたいんだけど。あっ! 変身魔法を使えばいいか……。




 ダンジョンの事は自分の目で確かめたかったので、王都の中心にあること意外は詳しく聞いていない。領主さまの所にしばらくお世話になった後に行く予定だが、大体、何日ぐらいお世話になるのが普通なんだろう?




 二階の食堂に着くとノア様が朝食を食べていた。




「ケイ様、おはようございます。昨夜はゆっくりお休みになられましたか」




「おはようございます。おかげさまでよく眠れました。今日は私のわがままで時間を作ってもらってすみません」




「いえいえ、次に泊まる村は何もないので、その分、楽しんできて下さい」




「はい、ありがとうございます。では行ってまいります」




 ノア様に軽く頭を下げて入口に向かう。そこで待っていたハンナさんとも挨拶をかわし、一緒に外に出る。




「本当に朝食はよろしいのですか?」




「はい、朝は余り食べないので、それよりも商業ギルドに案内してもらって、本当によかったんですか?」




「ええ、わたくしも行く予定がありましたので問題ありません」




 ハンナさんが商業ギルドへの案内をかって出てくれたので、アルクさんとミリスさんは試験が終わる頃に合流する予定だ。お礼を言っていて気付いたのだが、ハンナさんからほのかに石鹸の香りがする。どうやら使ってくれたようだ。


 


「石鹸の使い心地はどうでしたか?」




「ケイ様のおっしゃる通りに使ってみた所、余りにも汚れが取れて自分がいかに汚れていたかを知って恥ずかしくなりました。使った後の香りとすっきりとした爽快感を知ってしまうと、使わない生活には戻れそうにありません。髪にも使ってみましたが、ケイ様がおっしゃるほど悪くはなかったですよ」




「髪を洗う為の商品も作ろうと思っているんですが、それを使ったら私の言っていた意味が分かると思いますよ」




「そんなものまで……欲しいです……欲しいです。ケイ様、譲って下さい。欲しいです」




 欲しいが溢れすぎてハンナさんが駄々っ子みたいになってしまった。昨日までの毅然とした所が微塵もなくなる。これはこれで可愛いけどね。




「商品が完成したら帝国で売り出すかもしれませんが、この国は帝国と交易とかしてるんですかね?」




「しておりますが…………ケイ様、この街に支店をだしませんか? もちろん資金やすべての面で協力させて頂きます」




 本店がまだなのに支店とはこれ如何に……。しかし、歩きながらする話ではない気がするが、いい話であることは確かだ。




「え~と、少し考えさせて頂けますか? とてもありがたい提案だと思うので、前向きに検討させて頂きます」


 


「ありがとうございます。良い返事をお待ちしております」




 何か凄い急だけど確かに昼過ぎぐらいまでしか時間がないし、ここでお別れしたら最後かもしれないもんな。


 


「あっ!」




 ハンナさんが突然大きな声を出す。




「えっ! どうしたんですか?」




「申し訳ありません、話に夢中でギルドへの曲がり角を通り過ぎてしまいました」




 この人、意外とポンコツで面白い。








 ♦ ♦ ♦ ♦








「「「ギルド長、おはようございます」」」




 ハンナさんについていき、商業ギルドの大きな正面玄関から中に入ると職員が立ち上がり挨拶をする。まだ職員以外は来ていないらしいが、それよりギルド長? このポンコツが? 




「面接の時に驚かせようと思っていたんですが……正確にはギルド長代理ですが、改めましてよろしくお願い致します」




「ええっ! そうだったんですね。こちらこそよろしくお願い致します」




 その後、ギルド長自ら試験を受ける部屋まで案内してくれた。




「それでは、わたくしはこれで」




「ありがとがざいました」




 お礼を言うとハンナさんは軽く頭を下げて部屋から出て行った。それからしばらくすると、他の受験者も続々と現れ、思い思いの席に座っていく。どうやら若い人はいないようだ。なぜか職員がオレにだけ飲み物を持ってきてくれたので、他の受験者がざわつく。そして、席が半分くらいうまった所で、二人の職員が部屋に現れ説明が始まった。



「それでは、全員揃ったようなので少し早いですが、試験を始めていきます。まず受験料の大銀貨一枚の支払いをお願いします」




 そう言うと、袋を持った職員が席をまわる。職員が自分の前に来たので、大銀貨を手渡すと笑顔で『ありがとうございます』と言って両手で受け取ってくれた。それを見て、また他の受験者がざわつく。ハンナさんに、『失礼が無いように』とか言われたのかもしれないが、少し過剰な気がする。裏口を疑われるじゃん……。




 受験料を支払った人には、もう一人の職員が問題用紙を伏せて配っていく。オレに配られた用紙は明らかに他の人と用紙の質が違い、完全に依怙贔屓されていると実感する。他の受験者もすでに反応しなくなってきていた。




「全員に問題用紙が配られたと思います。確認をしますので、筆記用具と計算機を机の上に置いて下さい」




 確認? 算数でカンニングってあるんだっけ? 数学だったら公式とかあるから分かるけど……。オレの前に確認にきた職員が声を上げる。




「きゃ~~~」




 えっ? 全員の目がこちらに向く。




「どうしたの?」




 もう一人の職員が駆け寄ってくる。




「す、すみません。余りに綺麗で驚いてしまって……」「えっ? わっ、凄いこんなの見た事ない」




 びっくりした~。昨夜、寝る前に作ったガラスペンと、ガラスのインクツボに感動しただけらしい。他の受験者も席を立ち、こちらに集まって来る。




「おお凄いな」「どこの御令嬢なんだ?」「職員の対応が変わっても仕方が無いな」




 どさくさに紛れて職員に皮肉を言っているやつがいるが、聞かなかったことにする。その後、職員に謝罪され、他の受験者たちも席に戻される。




「え~~っ、ゴホン、お騒がせしてしまい失礼いたしました。外部との連絡を取る魔導具等は見つからなかったので、試験を始めたいと思います。終わられた方から、用紙を渡して頂いて退室して下さい。結果は直ぐに出ますので合格者のみが、二次試験の面接になります。他に質問がある方はいますか? …………いないようなので、それでは始めて下さい」




 ほ~、通信とかをする魔導具があるのか、それを調べたってわけね。早速、問題用紙を裏返して問題を見てみる。元の世界の小学生でも解けるような問題ばかりだった。すぐ終わり、何回か確認して席を立つ。




「終わりました」




 問題用紙を渡すと、入口付近に立っていた職員が慌てて止めに来る。




「まだ、試験は始まったばかりなので、あきらめないで下さい。計算機を忘れたのなら、私の計算機をお貸ししますのでお待ちください」




 渡した用紙をみていた職員が青ざめて、今度はその職員を止めに来る。




「やめなさい」「でも、だって」




「違うのよ、全部解いてあるの! すみませんでした。採点しますので部屋を出てお待ちください」




 唖然とする二人に、ペコリと頭を下げて荷物を持って部屋を出る。後ろから、計算機を貸してくれようとした女性が、小声だが叱られているのが聞こえる。可哀想な事しちゃったな。優しい気持ちで言ってくれただけなんだし、帰りにお詫びじゃないんだけど何かあげようかな。部屋を出るとそこにいた職員たちが、またざわつき始めた。


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