第43話 おはらい箱
モレト村を出発した馬車は、この領の兵士と臨時で雇った冒険者に警護されて進んで行く。馬車の中はというと結構揺れるし椅子も硬い。さらに窓はいわゆるハメ殺しというやつで、開けることができないので、空気の入れ替えもできない。乗り物酔いしやすい人には、かなり辛いのではないかと思う。向かい合わせの座席の後ろ側に座らせてもらえたのが唯一の救いだろう。進行方向に背中を向けると酔いそうだし。
この辺の改善点も商売になるかもしれないと、メモ帳を出して書き留めておく。窓と座席はもっといい物はこの世界でもありそうだが、サスペンションは多分ないだろう。
「ケイ様、それは……」
「えっ? あっ、これですか? 気になった事を書き留めておこうと思いまして……」
「いえ、そうではなくて、それは紙と……インクは使ってないようですが……」
「ああ、こっちの事か」
何をしてるいるのかではなくて、使っていた鉛筆とメモ帳に興味があったらしい。
「よかったら、見てみます?」
メモ帳も日本語で書いてあるから読めないだろうし、鉛筆とメモ帳を両方とも渡して見せてあげた。
「ほほ~……羊皮紙ではない紙を作っている国があると聞いたことがありますが、これがそうなのでしょうか? そして、木の中に黒い……? 素材も作り方も想像ができないが、これで書くとこのようになると……ふむふむ」
ノア様は感心しながら色んな角度から鉛筆をみている。その横の女性の使用人も気になるのか、チラチラ見ている。一緒に盛り上がって見ればいいのにとも思ったが、立場上、無理なのだろう。そういえば名前もまだ知らないし挨拶することにする。
「そういえば、出発のバタバタで挨拶がまだでしたね。遅れて申し訳ありません。ケイ・フェネックと申します。移動の間、御一緒するとの事でどうぞよろしくお願いいたします」
女性の使用人に向かって挨拶するとひどく驚かれてしまった。ノア様の話では普通は使用人には挨拶はしないものらしい。
「ご丁寧にありがとうございます。ノア様の専属のメイドをしております、セレスと申します。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
まあ、驚かれはしたが対応が柔らかくなった気もするし、結果的には良かったんじゃないだろうか? 移動の間のお世話をしてくれるらしいし。
「セレスさんも見てみます?」
そう言って予備の鉛筆とメモ帳を渡す。最初は遠慮をしていたものの、最終的には好奇心に負けてしまったらしい。
「紙は植物から作った物で、書くものは鉛筆といって鉱石を加工した物を木ではさんだのかな? 多分ですが……」
「材料は植物と鉱石か……」「エンピツ……」
二人とも感心しながら話を聞いていたが試し書きをすすめると、そんな高価な紙を無駄にはできないと断られてしまい、メモ帳と鉛筆を返されてしまった。無理にやらせることでもないので、それらを受け取るとカバンにしまった。紙も高価なら売りたいけど買うのはどうせ貴族とかだよな……。結局は関わらなくてはいけないのか……?
「そういえば、到着までどのぐらいかかるんですか?」
「天候にもよりますが、通常であれば三日ぐらいでしょうか」
はぁ~~~っ! 遠いんだけど……。軽い気持ちで了承してしまった事を今更ながら後悔した。予定通りなら今夜はベールという街に宿泊するそうだ。なるほど、夜は移動をしないらしい。そう考えるとそこまで遠くはないのか……? いや、遠いか……。溜息が出そうになるのを必死にこらえる。観光とか出来ればいいんだけどな。しかし、窓の外を見ると木しか見えなかった。
♦ ♦ ♦ ♦
次の街の話を聞いた所、冒険者ギルドや商業ギルドがあり、それに加えて商店が立ち並ぶ通りもあるそうだ。是非とも見て回りたい所だが、到着の時間次第ということだった。そんな急ぐ気持ちに反して馬車が止まる。
「一旦、馬を休ませる為、この場所で休憩になります。各自、用を足したり休んだりの時間になります」
「わかりました」
外に出て体を伸ばす。どうにかこの乗り心地が最悪な馬車を改造したいと思い観察していると、後ろにセレスさんが立っていた。
「どうしました?」
「いえ、移動中のお世話をさせていただきますので、何かございましたら、おっしゃって下さい」
えっと、ずっとついてくる感じ?
「ノア様はいいんですか?」
一応、そう聞いてみたが、他にも専属のメイドがいるらしく大丈夫なのだそうだ。
「なるほど、それでは色々見て回りたいんですがいいですか?」
「かしこまりました」
まずは馬のエサやりを見に行く。多分、御者の人が馬の世話をしているようだ。
「お疲れ様です。少しみていていいですか?」
御者の男はかなり驚いていたが見学を許可してくれた。少し見ていると生唾を飲む音が聞こえ、緊張した面持ちの男が振り返る。
「よ、よ、よろしければ、う、馬にエサをやってみますか?」
「あっ、いいんですか? やってみたいです」
男にエサをもらうと馬に食べさせてみる。
「おお、モグモグじゃん、美味しい? この後もよろしくね」
首を撫でながら軽くヒールをかけておく。
「なっ! 今、お嬢さまの手が光ったような……」
人差し指で内緒のポーズをすると、男は自分の口を手でふさぎ何回も頷いた。他の三頭にもエサをあげながらヒールをかけてあげる。
「これで、少しは元気になるかな?」
なんか馬がオレの周りに集まって来てるんだけど、もっとやれって事? まとめて祈りを発動してあげると、満足したのかエサを食べに戻って行った。
「ヒドッ! 用が済んだら、おはらい箱ってことね……」
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