第42話 お見送り
アンの家に戻ると両親は出掛けずに待っていた。
「お父さん、お母さんできるようになったよ~」
アンは勢いよく家に駆けこむと、魔法の練習の成果を擬音とジェスチャー多めで伝えている。
「あのね、魔女さまの言った通りにしたら手がポワーってなってね、それでね、足がキラキラってなって傷がシュワ―って無くなったの」
多分、両親には伝わっていないが、成功したのは分かったのだろう。部屋に入ると二人ともアンを褒めて抱きしめた。
「遅くなりました。まだ、少し練習がいりますが、神聖魔法を使う下地は出来たと思います。これから毎日練習していけば、軽い外傷ぐらいはすぐに治せるようになると思います」
二人は立ち上がり頭を下げる。
「「本当にありがとうございます」」
「いえいえ、簡単な事しか教えていませんし……それより今後の事ですが心の優しいアンのことですから、目の前に怪我人がいたら周りを気にせずに、治してしまいそうですし……遅かれ早かれ誰かに知られてしまうとは思います。その時に備えてご家族でよく話し合っておいて下さい」
「そのこと、なんですが……」
そこまで言って父親は黙ってしまった。
「そのこと?」
アンの父親は奥さんと視線を交わし、頷き合うと喋り出した。
「はい、私たちもその事について話していたのですが、才能があるなら娘には広い世界を見てもらいたいと思っています……」
オレたちを待ってる間に話し合ったのかな? え~~っ! 意外、一緒に暮らす事を選ぶと思ったから、魔法を教えたんだけどな……。
「聖女さま、どうか、どうか娘を連れて行っては頂けませんでしょうか……?」
「へっ!」
アンの両親の言い分としては、この小さい村で魔法を使えばすぐに広まってしまうのは目に見えているし、結果的に娘とは離ればなれになってしまう。それならば、せめて信頼できる相手に預けたいという事だった。いや~無理でしょ……責任が重すぎるよ……っていうか、よくこんな子供に娘を預けようと思ったな。見た目、中学生なんですが……。
「この村の人たちは、領主さまの許可がないと村を出れないと聞いていますが……」
「そ、それは……」
「それにアンの気持ちもありますし、ねえ、アンもお父さんとお母さんと一緒にいたいよね?」
「わ、わたし、魔女さまについて行って、もっと魔法を習いたい!」
アンの予想外の言葉に驚いたが、魔法が使えたことで他の事は考えられず盲目的になっているのだろう。大事な部分を教えてあげる。
「ついてくるって事はもう一生お父さんとお母さんに、会えなくなるかもしれないってことだよ」
多少大げさではあるが、乗り物もない世界で簡単には戻っては来れないので、間違いではないだろう。それを聞いてアンは黙ってしまった。
「わたしもまだ自分の事で精一杯ですし、今はちょっと難しいです。申し訳ありません」
「…………いえ、こちらこそ無理を言ってしまい、申し訳ありませんでした」
どうやら、納得してはくれたようだ。
「う~ん……そうですね~。もしも誰かに知られてしまった時に、私から貰った魔導具を使った事にするというのはどうでしょうか?」
カバンから元の世界の硬貨で作った指輪を取り出しそれをアンに渡す。ミドリンは確か金属や鉱石、木の杖などは魔法の触媒に使えると言っていたから、魔法の効果も上がるだろう。
「これは……?」
両親もアンに指輪を見せてもらっている。
「ただの金属の指輪なんですが、魔導具と言ったら誤魔化せないですかね?」
「なるほど、見られた時に聖女さまからいただいた魔法の指輪のおかげと言えばいいんですね」
「そうですね、魔法が知られた後の事を話し合って決めるまでは、そうした方がいいかもしれないですね。有名になってその指輪を取ろうとする輩が現れたら、それはそれで困るんですが……その時は素直に渡しちゃって下さい。一応、魔法の効果は上がるんですがただの指輪なので……」
「魔法の効果が上がるの?」
驚いているアンにも魔法の触媒の話をしてあげる。
「じゃあ、落ちてる石とかでも効果があるの?」
「う~ん……どうだろうね? 少しはあるんじゃないかな? それは自分で試してみて、いつか結果を教えてよ」
「うん、わかった」
元気に返事をするアンの頭をナデナデする。
「それではそろそろ出発する時間なので、行きますね」
「えっ! 魔女さま、どこかに行っちゃうの?」
「領主さまにご招待されちゃったからね……。多分、会いに行くのが、事を荒立てない一番の良い方法なんだと思う。だからアンも元気でね」
「…………」
何も言わず両手を握りしめて立ち尽くし、ぽろぽろと涙をながすアンをしゃがんで抱きしめる。
「近くに来ることがあったら、絶対にこの村によらせてもらうから、その時はどのぐらい魔法が上達したか見せてね」
それを聞き、アンは泣くのを必死にこらえながら『絶対だよ』と答えた。
♦ ♦ ♦ ♦
アン親子と別れて教会に戻ると、すでに馬車が2台止まっていて、その周りに村人も集まっていた。
「おお、聖女さまが来たぞ」「「聖女さま~」」
えっ! 何事?
「みなさん、どうしたんですか?」
「もちろん、聖女さまのお見送りに決まってるよ~」「これだけお世話になっておいて、見送りもしなかったら天罰で雷に打たれちまうわ!」
「えええ~そうなの~」
ちょっと感動というか泣きそう……。
「あれ、どこの御婦人かと思ったら、マイラさんじゃん」
一番前に陣取っていたのは、あのトマトのおばあちゃんだった。
「聖女さまのおかげで村が明るくなったよ、また何時でも来ておくれよ」
「この辺に用事があるから、またすぐ来るかもね」
それを聞いて周りから歓声が上がる。何か凄い歓迎ぶりだな、ビンゴ効果? そんなことを考えていると後ろから声を掛けられる。
「ケイ様、お迎えに参りました。今すぐにでも出発できますが」
振り返ると家令のノア様とこの村の代官のロイスが来ていた。ロイスは何故か子供たちが伝えに行かず、ビンゴ大会に呼んでいないので少し気まずい。
「お忙しいところ、大変おそれいります。お世話になった教会の方々に御挨拶をしてきますので、お待ちいただけますか?」
「もちろんです」
二人に頭を下げ、教会に入ると神父様とシスターが駆け寄って来る。
「「ケイ様」」
「人が一杯で何か凄い事になってるんですか……」
「ケイ様の人徳のなせる業です」
神父さまの言葉にシスターも頷いている。
「あっ、待たせているので急がないと、忘れ物がないか見てきますね」
急いで借りていた部屋に入り、【秘密の部屋】を出す。お礼用にガラスの瓶に調味料を詰めていく。こんな事ならさっき入れ替えておけばよかった。それらを持ち手のある木の箱に入れて、教会の部屋に戻る。その部屋を見回すと忘れ物はないようだ。あれ? そういえば、杖ってどこ置いたっけ? この部屋にないから【秘密の部屋】にしまったのかも……。まあ、すぐ作れるしいいか。確認を終え二人のもとに向かう。
「本当にお二人にはお世話になりました。これ気持ちなんで受け取って下さい」
「いえいえ、お世話になったのはこちらの方です。こんな物を頂いてかえって申し訳ありません。村人もケイ様のお陰で笑顔になりました。またいつでもいらして下さい」
「今度、ケイ様がいらっしゃる時には、食べて頂けるような料理が作れるように練習しておきます」
「楽しみにしておきますね」
三日後とかにすぐ来たら、滅茶苦茶気まずくなりそうなんですけど……。
「ケイ様、こちらを」
神父さまが赤い封蝋がしてある丸められた羊皮紙と、金属の星にヒモを通した物を渡してくれた。
「困った事がございましたら、そちらを持ってアズール教の教会に行けば、助けが得られるはずです」
「ありがとうございます。困った時は使わせていただきます。それでは待たせているので行きますね。お二人もどうか、お元気で」
挨拶を終え、教会をでるとまた大きな歓声が上がる。村の人たちの中には泣いている人もいて、今生の別れかのようだ。いやこの世界だとそうなるのかもしれない。
「お待たせしました」
「では、ケイ様は前の馬車に私とお乗り下さい。女性の使用人も一緒なのでご安心ください」
安心? ノア様に案内されて前の馬車に向かう。護衛らしき男性が数名と、お世話がかりなのか女性も何人かいるようだ。馬車の側面には、鳥らしき生き物をモチーフにした紋章が描かれていた。思わず立ち止まり眺めているとノア様が説明してくれた。
「そちらは我が領のシンボルの鷲です。昔から勇敢さ、強さ、不死の象徴などの意味を持っています」
「なるほど、そんな色々な意味があるんですね」
こいうの大好き、色んな国の紋章が見てみたくなるな。その後にすぐに馬車に乗り込むことになったのだが、ノア様が手を差し出してきた。『大丈夫です、自分で乗れます』と思いっ切り断り、乗り込むと唖然とされてしまったのだが、安心の意味が分かった。完全に女性だと思ってるね……。
「馬車に乗り込む前に、最後にみんなに挨拶したいのでお時間よろしいでしょうか?」
「もちろん、構いません」
ノアさまから了解をえて、神父さま、シスター、村人に感謝の気持ちを伝える。
「それでは最後にこの村の幸せが訪れるように、祈らせていただきます。よろしければ皆さんもご一緒にお願いします」
大勢の村人も一緒に祈り始めた所に、神聖魔法の祈りと加護、祝福を重ねていく。
「何だこれは……力が湧いてくる」「温かい何かに包れているみたい」「おお、神よ」
驚いている村人に『それでは皆さん、お元気で! また会いましょう』と叫び馬車に乗り込む。驚いて固まっていたが、我に返ったのかノアさまが御者に出発の指示を出す。
「聖女様~! お元気で~!」「魔女様~! 絶対また来てね~! 約束だよ~!」「聖女様~」「魔女さま~」
村人の何人かは手を振りながら、出発をした馬車をしばらく追いかけながら、別れを惜しんでくれた。そんな村人が小さくなって、そして見えなくなるまでオレは手を振り続けた。
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